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春季キャンプ

 2月1日春季キャンプ初日の朝


 ホテルの宿舎でユニフォームに袖を通した。


 真新しいユニフォームに身を包むのは、すごく新鮮で、気持ちの昂りを感じた。


 プロ野球選手の契約期間は2月から11月だ。


 つまり、今日が俺のプロ野球選手生活の初日だ。


 今日の予定は午前中、一軍のキャンプ地でセレモニーや写真の撮影に参加し、午後から三軍のキャンプ地に移動して練習が始まることになっている。


 一軍のキャンプ地でのセレモニーと写真の撮影を終えて、移動のバスに戻ろうとしたところで、女の人に「岬君頑張って!」と声をかけられた。


 その声の主は月間バドミントンの山本さんだった。


 なんでバドを取材する記者なのに、野球のキャンプ地に来ているのだろうかと疑問に思い、尋ねた。


 山本さんは「岬君の存在が面白すぎて、追いかけて取材したくなっちゃったから、野球雑誌の編集部に異動を申し出たのよ」と言っていた。


 俺を取材したくて部署を異動するなんて、なかなか思い切った人だな。



 昼ご飯をはさみ、午後の練習が始まる。


 練習を開始する前に、マネージャーから集合がかかり、選手が集められた。


 グラウンドにユニフォームを来た男の人が入ってきた。


 その人は、大きなサングラスを掛け、めちゃくちゃ厳つい顔をしていた。グラウンドに入るときに、一瞬帽子をとったら、頭はパンチパーマだった。

 指にはメリケンサックみたいなデカい指輪をしていて、首からは金のネックレスを垂らしていた。


 見た目は完全にその筋の人だった。


 男の人は俺達の輪の中心に入ってきて、どすの利いた声で話し始めた。


「お前らとは初対面だな。俺は今季からスパイダースの三軍監督に就任した西園寺剛だ。よろしく」


 と挨拶した。


 こんな怖い人が監督なのかと俺は内心ビビっていた。


「初めに言っておく。俺は独裁者だ。俺が気に入らない選手を起用することはない。俺に対する返事はイエスか、はいで答えろ。それ以外の選択肢はお前らにはない。俺に楯突くやつはすぐにクビにしてやるからな」と西園寺監督は続けた。


 普通は、はいかいいえとか、イエスかノーじゃないのか。イエスか、はいなんて、どちらも肯定じゃねえかよ。


 その後はマネージャーがそれぞれの選手の練習内容を発表した。


「岬は別メニューになるから、監督のところに来るように」と言われた。


 全体練習が始まったので、俺は監督のところに行った。


「監督、僕はなんのメニューをやればいいですか」

と、俺は聞いた。


 監督は「お前は左投げだよな。それで、バドミントンで左腕を怪我したそうだな」と聞いてきた。


 俺は「はい」と答えた。


 次の瞬間、監督が俺の胸ぐらを掴み、顔を俺との距離がゼロになるくらいまで近づけてきた。


 そして、人生で聞いたことがないほど低く、どすの利いた声で、「プロ野球舐めんじゃねえぞ」と言った。


 俺はその言葉に震え上がった。


 そして、恐怖で身動きが取れない俺に、監督は「俺がいいというまで走ってろ」と言い渡した。


 その日は結局練習が終わるまで走らされた。


 厳密には、スタミナがない俺は途中で何回も足を止めてしまった。


 そして、次の日も、また次の日も走らされた。

 

 結局キャンプ最終日まで、ランニング以外のことをさせてもらえなかった。

 

 キャンプの途中から、俺は陸上選手にでもなったのかという錯覚まで起きていた。


 毎日ひたすら走るだけだったので、スタミナが少しはついてきて、足を止める回数は減り、走る速度も上がった。


 キャンプが終わり、香川に帰る日の朝、俺はネットで衝撃的なニュースを見つけた。


 ニュースの見出しは、【スパイダース育成内田が支配下登録へ】だった。


 なんと、内田はプロ入りしてから1ヶ月足らずで支配下登録を勝ち取ったのだ。


 記事には理由として、スパイダースの内野手に怪我人が続出したためと書いてあった。


 けれども、実力も評価されない限り、支配下登録などされないはずだ。


 俺はすぐさま内田に電話した。


「お前、支配下登録されるんだってな。1ヶ月で支配下なんてマジですげえよ」と俺は言った。


 内田は「怪我人が続出したから、仕方なく登録されるだけだよ」と謙遜した。

 

 内田曰く、本人にも昨日の夜に伝えられたらしい。


 最後に内田は「お前も絶対に支配下を勝ち取れよ。待ってるぞ」と言ってくれた。

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