表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初めての恋とキミの話。  作者: みー
1/1

彼との出会い

よろしくお願いします。

久しぶりにあの人からLINEが来た。10年ぶりくらいだろうか?

「下北沢のタリーズで会いたい。」

たった一言だけ。あなたらしいなと素直に思った。愛娘を近所に住んでいる義母に預け、私は久しぶりに当時のお気に入りのワンピースを着た。あの頃よりもだいぶ痩せたが、やっぱり32歳では似合わなかった。私は苦笑しながら、お気に入りのフレアワンピースを着た。

120万の結婚指輪を外し、あの頃鎌倉で一緒に作った8000円のペアリングを右手の薬指にはめた。

「19時ね。」

それだけ連絡を返して、私は去年買った新築マンションに鍵をかけた。


17時36分、研究室を出てすぐの大きな窓ガラスから、未だオレンジになりきれていない白い夕陽が東京都の街並みを照らしていた。窓際に寄り添って作られた勉強用のカウンター席は、研究室に居場所が無い人間達の憩いの場所となっている。今日も私の同志であろう学生達が自分の両腕に顔を埋め、液体クロマトグラフィー使用時に必ず発生する待ち時間を潰しているのである。私は4年間で大学に居場所を作ることが出来なかった。言い訳があるとすれば、入学初年度に新型コロナウイルスが流行し、サークルや部活に入るタイミングが無かったことが挙げられる。中には歓迎会も無いのに図々しくサークルや部活に連絡して活動に参加する学生もいたが、私はそんな積極性も無ければ、チヤホヤされないままどこからしらの組織に属すことを良しとしなかったのである。それでも一年生の間には学校に通いはじめ、華の一女としてお姫様のように可愛がってもらえると楽観的に考えていた。しかし思ったより新型コロナウイルスは根強く、気付いた時には学内に大した思い出も無いまま四年生になり、そのまま就職活動に突入してしまった。中小企業の食品メーカー営業マンの父と、大手食品メーカーの営業に3年前に就職した兄からのプレッシャーもあり、合計で40社程エントリーしたが結果は散々であった。生まれも育ちも埼玉県なのに、来年から単身北海道の農業に従事することになった。考えてみれば、そこまで偏差値がよくない大学の文系卒だが顔がそこそこ良く、常にクラスの中心にいるような性格の父と、比較的根暗で小太りではあるが柔道で関東大会に出場している2人に勧められる企業はどこもそれなりの会社で、運動も偏差値もコミュニケーション能力も全部並以下の私が太刀打ち出来るような会社では無かった。私が在学中打ち込んだのはワクチンだけだし、英語どころか最近日本語も忘れてきている。就職活動が終わればすぐに研究室が本格化し、3年次にサボりつ続けていたせいで研究室にまともに話せる人がいない上に教授には嫌われている。研究室活動に参加しないことを、みんなの前でぐちぐち言われた時は、父に言われたまま理系大学に進学を決めた自分を恨んだ。私は何が楽しくて南国のフルーツを毎日育てなければならないのだろう。農業を良くしたいと意気込む周りを見て白けた目をしている私が最も白けているのには気付いているが、そう思わないと孤独で押し潰されそうだ。私は南国フルーツの果汁成分には一つも興味がなく、Twitterを見る方が数倍楽しい。とびきりの美人で無ければ、誇れるような特技も無い。朝起きれなくて毎日スッピンで通う友達がいないぼっち。週4くらいでアルバイトして、居場所がない研究室で興味も無い研究をする。こんな私に年間数十万も課金してくれてる両親には申し訳ないが、大学がこんなにつまらないものだとは思わなかった。大学のサークルで出会った父と母の話はいつだってキラキラしていたし、教授に嫌味を言われることもなければ実験が終わった瞬間誰とも話さず駅までの道を小走りで走ることも無かったのだろう。もう来年からは北海道の僻地で仕事をするのに、東京の大学生として一回もキラキラすることが無かった。私だってサークルの合宿、文化祭、彼氏、半同棲…そういう青春を経験してみたかった。昔は告白や手を繋ぐでキャーキャー騒いでいた高校の友達は、今ではワンナイトがどうだ、浮気がどうだ、2ヶ月に1回開催される飲み会では酒の肴は全部そういう類の話だ。未だ男女の飲み会すら経験していない私は、大体苦笑いするだけで話に入ることが出来ない。

「すいません、学校が長引き待ち合わせに少し遅れるかもしれません。」

YouTubeをつけ歩きスマホをしていた足を止めた。通知は最近始めたマッチングアプリからだ。21歳、大学生。顔が分からないけどなんとなく音楽とアニメの趣味が合うからメッセージを送ったら、当たり障りない返信が来て好感をもった。他の男の人は大体、下心を感じる返信ばかりだった。下北沢に住んでるらしく、勢いで今日飲む約束をしてしまっていたのを忘れていた。LINEも交換して無かったし、正直キャンセルしようか迷ったが、丁度経堂駅にいたのと昨日美容院に行ったばかりだったのを思い出し、私は小田急線の改札を通った。会うと決心したが、学校帰りでメイクは最小限だし服装に関してはスウェットだ。下北沢に着いた後、普段使わない分今日くらいはいいかと、古着だが体型を隠せるような黒色のフリルワンピースを買った。税込2300円。メイク道具は最低限揃っていたが、足りない分はDAISOで買った。服と違って100均もデパコスも相手には分からない。思いの外大荷物になってしまったが、まあそれなりの見た目にはなったと思う。待ち合わせの19時までには少し時間がある。下北沢駅の前で待っていようとも思ったが、夕方とて8月。近くのタリーズで涼むことにした。1番小さいアイスコーヒーを頼み、相手とのメッセージを振り返った。「最近はあの狼とウサギのアニメ観てますね」「えー私も観てます。あれは、あのトドの方は?」「あーそれも観てます。笑」「好きな音楽は?」「RADWIMPSが好きです。」「えー私もです。」「気合いますね。笑」「良かったら、来週の金曜日会いませんか?」「いいですよ。」よくこんな少ない会話で会うことを決めたもんだ。あの時は酔っていたし、幼馴染に彼氏が出来た祝いだったために、なんだかノリで送ってしまったのだ。深夜に約束をしないほうがいいというツイートが回ってきたのを思い出す。あまりに相手の情報が少なくて、会話の予習を断念した。軽くメイクを直し、近くの居酒屋を調べていたら連絡が来た。

「着きました。遅れなくてよかったです。もういらっしゃいますか?」小さいことだが、いらっしゃいますか?という言葉遣いが良いな、と思った。「駅前のタリーズにいます。今向かいますね。」「いえ、僕が行きます。少し喉も乾きましたし」「店を入って窓際の1番奥に座っています」「了解です。」

5分くらいして、入り口にいかにも大学生といった感じの人が来た。白いシャツに黒のスラックス、すぐに目が合って少し気まずかった。アイスコーヒーを注文し、真っ直ぐこっちに向かってきた。

「はるちゃんさんですか?」

近くで見ると思ったより可愛い顔をしていた。高い鼻に綺麗な奥二重、白い肌、ただ切りすぎたような眉毛が少し垢抜けないのと、黒髪で直毛な髪の毛が若干の幼さを醸し出している。

「あ、はい、そうです。」

かっこいいな、素直にそう思った。クラスにいたら3番目くらい。私なんかとは釣り合わないな、と思った。なんだか服を買ったりメイク直しした私が馬鹿らしくなってしまい、少しぶっきらぼうな返事になってしまった。

「初めまして、小鳥遊優希です。こういうアプリで会うの、初めてなんです。だから少し緊張してます。」「初めまして、はるです。私も実は初めてなんです。」「え、そうなんですか?意外です。相手から誘われるなんて初めてだったからもっと会ってるのかと。」

タリーズではいまいち盛り上がらなかった。軽めの自己紹介とアニメと漫画の話。あっちの頼んだアイスコーヒーが半分くらい減った時、流石にこれ以上はアルコールが欲しいと思い、近くの辛鍋屋さんに行くことを提案した。

「近くの辛鍋屋さん知ってます?」「あ、知ってます、行ったことはないですけど。」「辛いの大丈夫ですか?」「大丈夫です。」互いに残りのアイスコーヒーを飲み干し、店を出た。辺りが暗くなり、下北沢駅の前はお洒落で少し柄の悪い若者が屯している。「あんな感じの人、憧れるけど少し怖いんですよね。」「あ、凄いわかります。相手は見てないんでしょうけど、なんだが馬鹿にされそうで少し怖いです。」目を合わせなくていい分、さっきよりは少し話しやすくなった。多分、相手もそこまでコミュニケーションを取るのが得意では無いのだろう。お互いポツポツと話題をふりながら店までの道をゆっくり歩いた。店は思ったより混み合っていた。

「すいませーん、二名空いてますか?」「ごめんなさぁ〜ぃ。満席でぇす。」金髪のお姉さんが、両手にジョッキビールを持ちながら気だるそうに謝ってきた。その時点で少し悪い予感がしていた。コロナも明けた金曜日の下北沢、予約も無しに入れる店があるのだろうか。私達はその後、3軒回ったが見事に全店舗に断られた。頼みの綱の某焼き鳥チェーン店も満席ならもうどこも空いてないだろう。

「予約、しておけばよかったですね。」「すいません、何も考えてなかったです。」「いや私もです。」

謝り合戦になり、今日はこのまま解散する雰囲気になった。

「次回は予約します。またLINEします。」私がそう言って歩こうとした時、相手は迷った末に「僕の家、来ませんか?」と言った。

お読み頂き有難う御座いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 続きが気になる! [気になる点] 続きが気になる!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ