訪問者
クラウディオは自動人形との会話を詳細に伝えた。数日前のこととはいえ、ヘルムートはもうはっきりとは覚えていなかったが、たぶん、一言一句合っていた。相変わらず、便利な記憶力である。
「どこへ行ったのか、という僕の聞き方がまずかったんだろう。死んだのかと聞けば、はいと答えたのかもしれない。……会話に関する能力は最低限しか備わっていないと考えるべきだろうな。あれには命令を理解できる力さえあればいいんだから」
「もう一回行きたいなんて言うなよ」
ヘルムートは釘を刺した。さすがにわかっているだろうとは思うが、念のためだ。
「しばらくは無理だが。……いずれ機会はあるだろう」
クラウディオの答えには確信のようなものがあった。
ヘルムートは黙った。いずれの機会。堂々と彼が大公邸を訪れることがあるとすればそれは。
「少し話を戻すぞ。僕が三歳の時に祖父が亡くなり、遺言でセザールが指名されて大公位についた。僕が成人するまでの間の中継ぎとしてだ。結局、母と一緒に政務を行っていたあの男が一番、その時点でファルネーゼを支えるための魔術をうまく扱えていたということだろう。仲は悪かったが腕は認めていたということかな」
「ええ。マルツィア様が健康だった頃は、関係も良好でしたよ。まだマルツィア様の婚約者だった頃からお二人で魔術について意見を交換したりして。ドゥイリオ様はもちろん人柄も見た上で、マルツィア様との結婚をお決めになったはずですから」
「そうなのか……」
クラウディオが意外そうに呟く。
「前大公は確か、病死だったか」
キースが訊いた。
「マルツィア様が病となられてから体調を崩されることが多くなり、最後の一年は政務もほとんどセザール様が代行されていました。学生の頃に組んでいたという対の方を補佐に迎えてね」
「問題は祖父が死んだ後のことなんだが。大公邸はそこで閉鎖されたことになっているが、実際にはひそかにエルネスティーネが住み続けていたのだろう。だが彼女ひとりだったとは考えにくい。誰か出入りできる者が他にもいたはずだ。自動人形が世話をしていたとしても、食料などを運び込む必要があるわけだからな。そしてそれは、祖父が信頼していた近しい人間に違いない」
「彼女が自分で調達しに出ていた、ということは?」
アーシェがチョコレートに手を伸ばしながら言った。
「いや。エルネスティーネは多分、結界から出ることはできなかった。僕が閉鎖書庫で会っていた時、彼女の手を引いて扉の外に出ようとしたことがあったが、僕ひとりがはじき出された。あの閉鎖書庫自体が大公邸の一部で、結界の中だったと考えられる。祖父がそうしたんだろう。彼女を守るために」
セザールは大公邸に入れず、エルネスティーネは大公邸を出られない。つまりは大公亡き後も、二人が決して会わないようにしていたということだ。
ヘルムートはセザールがなにをやらかしたのかはなんとなく察しがついていた。というより、他には考えづらいではないか。
若くとびきり美しい、隠された女がいて。その邸に出入りできる若い男がいて。男の妻は産後間もなく、老いた家主は仕事で毎日家を空けるのだ。
セザールは、ヘルムートの印象では血色の悪い陰気な男だが、その頃はまだ若かったのだし。未来の大公の伴侶に選ばれたほどだ、健康でもあったのだろう。
エルネスティーネがセザールを恐れているというのも、それで説明がつく。ドゥイリオも激怒したことだろう。信頼して迎えた婿が娘と自分を裏切ったのだから。単純でわかりやすい話だ。
ただ、そうだとすれば彼が締め出される程度で許されて、離縁とならず大公代理にも指名されているのが不思議ではある。それだけ能力が高かったということなのか、他に適任者がいなかったのか。
「……気になるのだが、かつてセザールが有していた住人登録というのは、大公が不在でも出入りできる性質のものだったのか? 元は一緒に住んでいたのか?」
「ご成婚当初は同居していらっしゃいましたが、若い二人が気楽にやれた方がいいだろうと、近くに家を建てられて。ええ、住人として登録されているので、いつでも自由に訪問できる状態だったかと」
「つまり、絶縁前はセザール一人でもエルネスティーネに会えたということだな?」
キースも薄々気づいているようだった。ヘルムートは肯定した。
「まあそういうことだな」
「それなら……いや、そうだな……」
キースは苦々しく言って、隣に座ったアーシェを見やり、額をおさえた。
「大公邸に出入りする、ドゥイリオが信頼していた人物だったか。それを探しあてれば、生前のエルネスティーネについて聞けるかもしれないという話だな」
やがて顔をあげたキースはやや強引に話を変えた。
クラウディオが初めてディルクの格好をして出かけたあの日、意識を失って搬送室に運ばれたアーシェは、セザールのことを思い出そうとしていたのだとか。キースが慎重になるのも無理からぬことだ。
「そうだ。僕はクレーリアかラズハットくらいしか思い当たらないが、イメルダはどうだ?」
「クレーリアさんですか……。ドゥイリオ様がそこまで信頼していたかは私には……ただ、彼女はマルツィア様の師の一人でしたから、可能性はありますね」
「それは初耳だ」
「いや、クレーリアって誰だよ」
ヘルムートは聞いたことのない名だった。
「図書館の司書だったんだ。僕にその閉鎖書庫への行き方を教えてくれて、鍵もくれた」
「ああ、なるほど」
図書館は大公邸に近いし、出入りしやすかっただろう。確かに怪しい。
「ただ、彼女は死んでいるんだ。その、図書館の火災で」
「あー……」
ヘルムートがファルネーゼに来た頃にはもういない。道理で覚えがないわけだ。
「ならやっぱ結局ラズハットをつかまえて聞くのが確実か」
「ラズハット様なら少なからず情報を持っていらっしゃいますね。ええ、間違いないかと。ただ……」
問題は、その所在がさっぱりわからないということである。
「ここでこうやって噂してたら帰ってこねーかな? ほら、そういうところあるだろあいつ」
「そう都合よくいきますかしら……」
そう言いながらもイメルダは期待するようにちらりと扉に視線を向けた。
「おいクラウディオ、なにかラズハットの悪口を言ってみろよ」
「それになんの意味があるんだ?」
クラウディオは理解できないという顔をした。相変わらずノリの悪い男である。
「そういえば先日、ヴィエーロ先生の研究室でラズハット様が描いたという絵を見せていただきましたが、とても素晴らしかったです。光の描写が美しくて」
アーシェが紅茶のカップを片手に言った。
「いや褒める流れじゃないからな? まあ上手いけど……、そうやってなんでも器用にこなすのがあいつの嫌味なとこなんだよ」
その時、背後でノックの音がした。
ヘルムートは勢いよく振り返って扉を見た。
「え? まさかだよな」
ヘルムートはそわそわと立ち上がった。
「どうせアロルドだろう」
クラウディオはそう言いながらローブのフードをおろした。念のためといった感じだ。
「この顔ぶれ……、アロルドなら入れていいよな?」
「他なら取り込み中と言って断ってくれ」
ヘルムートはうなずいて扉に近づいた。ひとつ呼吸して声をあげる。
「どちらさん?」
訪問者は、ラズハットでもアロルドでもなかった。
「ヴィエーロです。クラウディオ様は?」
「……なんだよ! ったく紛らわしい」
ヘルムートは小さくぼやいた。
「ヴィエーロ先生……は入っていただいていいのでは?」
イメルダがクラウディオに問いかけ、クラウディオがうなずいた。
一人で来たか確認してから、ヘルムートはヴィエーロを部屋に招き入れた。
「あれ、もしかして間が悪かったですか。すいません、お邪魔して」
テーブルを囲んでいる彼らを見て、ヴィエーロは言った。
「構わないが、珍しいな。どうした?」
クラウディオはさっきかぶったフードを戻しながらヴィエーロに歩み寄った。
「すぐ帰りますよ。これを渡そうと思っただけなんで」
ヴィエーロはポケットから一枚の紙を取り出した。
「去年ラズハットから来た葉書です。彼を探しているんでしょう?」




