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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第五章
95/140

前兆



「あのね、兄さま。具合が悪かったならもっと早く教えてほしいの。なにもできないかもしれないけど、でも、心配くらいはさせてよ。お互い、ここでは唯一の身内でしょう?」

 自分で行こうとするキースを「いいから病人は座っててください」といさめ、ラトカが注文してきてくれたきのこのチーズリゾットは、ほかほかと湯気が立っていてとても美味しそうだ。

「それから、勉強で難しいことがあったら私が教えるし……たぶん私がもう習った範囲だと思うから。一人で頑張ろうとしないで、少しはこっちにも頼ってちょうだい。私のために残ってくれるんだから、それくらいはしたいの」

 リゾットを少しずつ口に運んで、キースの顔色も少しましになってきたように見える。

「だが、おまえにもやらなければならないことがあるだろう」

「いいの。暗示のあれは、ずっと続けてはできないし。ほら、図書館で自習室が借りられるでしょう。あそこなら集中できると思うのよ。どう?」

「ねえねえ、残るってどーいうこと?」

 エルミニアが耳ざとく身を乗り出してきた。

「あ。ええと、キース兄さまは……」

「実践科へ編入するかもしれないのでな」

「え! そうなんですか!」

 エルミニアが驚きの声をあげたが、アーシェも静かに驚いていた。

(かもしれない? 決まりじゃないの?)


「キースさんて、騎士なんでしょ。なんの魔術をやるんですか?」

「防護術だ」

「ああー、なるほど。器用に使えるならアリかも」

 ラトカが納得したようにうなずく。

「でも、アーシェのために残るってなによ」

 エルミニアがさらに追及してくる。狙われるかもしれないなどと話すわけにもいかないので、アーシェは焦った。

「あ、それは、ええと、私が頼りないので……」

「俺がそうしたかっただけだ」

 これは二人して言い訳が下手すぎるというほかない。後でなにかそれらしい理由を考えて打ち合わせておくべきだろう。

「あー、ごめん、もういいわ。それよりさっきの地震! あれ大丈夫でしたか?」

 幸いなことにエルミニアは興味をなくしてくれたようだった。

「揺れたな。驚いた」

「もうアタシ怖くて! どうして突然揺れたんでしょうね?」


「くいがぐらついてるのかしら……」

「杭? なんの?」

「え」

 アーシェはエルミニアの怪訝な視線にはっとした。


「あ、ごめんなさい。少しぼうっとしていたみたい」

 今、自分はなにを口走ったのか。

「んもー、しっかりしてよね」

 エルミニアはストローの先をいじりながらぼやいた。


(なんだろう。なにか、変な……)

 胸がざわついて、アーシェは口元をおさえた。

「アーシェ。どうした?」

 キースがスプーンを持った手を止めて言った。


 頭痛がする前のような、耳鳴りがした。

 呼吸をととのえて、アーシェはすっかり冷めたココアをごくりと飲んだ。


「……大丈夫。少しめまいがして……私も怖かったのかも」

 なんとか笑顔を作ってみせたが、キースはますます渋面になった。

「ちょっと。アーシェまで体調悪いの?」

 ラトカが眉をひそめた。

「いえ。平気よ。飲み物がなくなったから、なにか買ってくる」

 アーシェは立ち上がって言った。

 あたたかいものを口にしたかった。なぜかとても寒く感じて。





 キースがリゾットとナッツタルトを完食した頃には、夕刻となっていた。

 門限までには少し間があるので、三人でキースを男子寮まで送っていこうという話になった。キースは別にいいと言ったがエルミニアが譲らなかった。

 なんでも姉が防護術を副科でとっていたらしく、ラトカは色々と詳しくて、どんな教授がいるかなど歩きながらキースに説明をしてくれた。


 後ろをついていくアーシェに、エルミニアがこそこそと話しかける。

「キース様、イメージとだいぶ違ったわ……」

「だから何度も言ったじゃないですか。やっとわかってくれましたか? 兄さまがとても優しい人だということが!」

「まあそう見えるだろーね」

 アーシェは喜んだが、エルミニアの感想は少しずれていた。

「見えるんじゃなくて、そうなんですって」

 さすがにこの時間になると少し肌寒かった。建物の合間をぬってくる秋の風に、アーシェは首をすくめた。

「熱がなくてもいつもああいう感じ?」

「ええと、そうですね。はじめ怒っていたのは久しぶりでしたけど……でもその後は、だいぶ調子も戻ったかと」

「ふーん。……苦労するねぇ」

 エルミニアがぼそりと付け足したのを、アーシェは聞き逃さなかった。

「そうでもないですよ。確かに口数は少ないですけど、よくわからない時は聞けば教えてくれますし」

「いや、けっこうわかりやすいかな。――あれ?」


 エルミニアが足を止めた。アーシェも、そして前にいるキースたちも気づいたようだ。

 赤いローブ姿の男たちが男子寮の門の前にたむろしている。なんだか重々しい雰囲気だ。

 彼らはこちらを認めるとばらばらと近づいてきた。


「キース・バルフォア様ですね」

 男の一人が言った。

「そうだが」

 キースが答えると、彼はあっという間に取り囲まれ拘束された。隣にいたラトカがはじかれるようにしてよろめく。それをエルミニアが支えた。

「もう! なんですか?」

 エルミニアがあげた声は無視された。アーシェは大勢の男性に近づけず、気分が悪くなって後ろにさがった。


 男たちはローブの胸に揃いのバッジをつけていた。太陽と時計の歯車が合わさったような意匠だ。

「我々は執行隊の者です。行政区への不正な立ち入りがあった件についてお名前があがっております。ご同行願えますね」

「心当たりがないが」


「ちょっと、なんで逮捕なんて」

 エルミニアが進み出て言った。

「重要参考人としてお話を伺うだけです。手荒なことはいたしませんよ」


(逮捕? どういうこと?)

 キースに近づきたかったが、アーシェは身動きすることすらできなかった。


「あの、彼は具合が悪くて」

 なんとか声をあげたが、かすれて弱い音にしかならなかった。

「そ、そうです! 話なら後で」

 エルミニアが加勢してくれたが、ラトカが小声で警告した。

「逆らっちゃダメ」


 男たちの群れが動いて、キースを囲んだままあっという間に遠ざかっていく。

「兄さまっ……!」

 追いかけようとしたが、残った一人がアーシェの前に近づいてきた。冷たいグレーの目に、禿げあがった頭の男だった。

「今まで彼と一緒にいたのかね? 君たちの名も聞いておこう」

 アーシェは胸をおさえて後ずさった。ラトカがそれを背にかばうようにして名乗る。

「ラトカ」

 男はわずかに眉をあげた。

「ククリークのツインのか」

「……そうですけど?」

 彼は手帳に書き込んで、アーシェたちの方に視線を向けた。

「そちらは」

「エルミニアです」

「ア、アーシェ……」

 男はうなずき、メモを終えると手帳を閉じた。

「調査の進行によってはお話をうかがうこともあります。またいずれ」

 そう言い残して男は背を向け、歩き出した。

 アーシェはエルミニアに寄りかかりながらなんとか立っていた。震えが止まらなかった。



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