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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第五章
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お見舞い大作戦


 しばらくキースからの返信がなく気をもんだが、結局届いたのは「寝ていた」とかいう短すぎる一文のみだった。

 これではなにもわからない。アーシェはもう一度メッセージを送ったが、次の返事もなかなか届かなかった。

 ため息をついていた昼休み、エルミニアが通りすがりの属性付与コース生をつかまえてキースの欠席を確認した。やはり体調が悪いようだ。


 アーシェは午後の授業が終わってもまだエルミニアと一緒にいた。 

「大変なことになった! アタシのキース様が! アーシェちょっと付き合って!」

 同情かそれとも面白がっているのか、ラトカも当たり前のような顔をしてついてきた。


「もちろん私も心配ですけど、ここで話していてもどうにもならないのでは……」

 引っ張られてきた場所は結局、いつもの食堂だった。比較的空いている時間帯なので、ディルクと来た時のように端の方の四人掛けのテーブルを三人で占領している。

「もちろん作戦を立てるのよ、お見舞いの! キース様の好きな花ってなに?」

 お見舞いに作戦とか、必要なのだろうか。

「ええと、スミレやライラックだったかと」

「わ、かわいー! いやでも季節が違いすぎるんだけど」

 アーシェの向かいの席のエルミニアはいつものようにケーキタイムに突入している。柔らかそうなスポンジのケーキに生クリームとシロップ漬けの梨が乗っていて美味しそうだ。

「そもそもあたしら男子寮には入れないじゃん。どうやってお見舞いするのさ」

 ラトカが紅茶にミルクをたらし、スプーンでくるくると混ぜながら言った。

「それはだから、誰かに持っていってもらえばいいんだって。アーシェの手紙もつけとけば受け取ってもらえるでしょ」

「私、そのために呼ばれたのですか……」

 アーシェの前にはホットココアがある。冷たいミルクにするか、迷ったが、そろそろ温かい飲み物もいいだろうと思ったのだ。

「好きな食べ物は? これ前に聞いたっけ」

「聞かれましたね。野菜です。セロリとか」

「……もっとこう、お見舞いっぽいのない?」

「ナッツ類でしょうか……」

 あの時はぐれ飛竜に投げる胡桃があったのも、キースとおやつに食べようと思っていたからだ。

「それ! もっと早く言いなよ~今日ナッツタルトとどっち注文するか迷ったのにぃ」

「あんたが食べてどうすんの」

 ラトカがつっこんだその時、足元がぐらぐらと揺れた。


「え! きゃー!」

 エルミニアが頭を抱えた。アーシェは思わずココアのカップを両手でおさえたが、周囲では幾人かが宙に浮いたり外に駆け出したりしていた。

 幸い、揺れはそれほど大きくならなかった。しばらくしておさまると、食堂の中は騒がしくなった。慌てた者たちがあちこちで皿を割ったようだ。注意を促したり指示したりする声が行き交っている。

「びっ、くりしたー。あたし地震とかはじめてなんだけど」

 動けずにいたラトカがようやく声を出した。

「ほ、本当に地面が揺れるんですね」

「地震まで起きるなんて……キース様の身になにか……」

「いや関係ないでしょ」

「えー! だって体弱って心細い時に地震なんかあったら嫌じゃん!」

「それはまあそうかもだけど」


 そんな話をしているうち、アーシェは鞄の中で小さな光が明滅するのを見た。

「ちょっと、失礼するわ」

 アーシェはココアを置いたまま、鞄を肩にかけて席を外した。


 食堂を出ると並木道がまっすぐ続いていて、その両脇には研究棟と実習棟がそびえている。

 アーシェはテラス席から死角になる柱の陰に入って、そっと魔術信を取り出した。

 三番のランプ。キースからだ。ちょこっと魔術信改良版は、着信すると五分おきに点灯する仕組みになっているが、今回はすぐ気づけたようだ。


 ――すまん。少し風邪をひいて休んでいただけだ。救護師に診てもらったから心配ない。もう回復した


 アーシェはほっと息をついた。

 大騒ぎしていたエルミニアもこれで落ち着くだろう。


 ――それならいいけど、ちゃんと休んでね。私も、頼りすぎてごめんなさい


 アーシェはペンを走らせ、ツマミを回した。さて、急いで戻らなければ。エルミニアたちに不審に思われるし、ココアが冷めてしまう。

 そう思ったのに、また着信のランプがついた。


 ――今どこだ?


 珍しく、早い返信だった。


 ――食堂の前だけど


 少し待ってみたが、今度は返事がなかったので、アーシェは魔術信をしまって食堂の中に戻った。 



「キース兄さま、もう元気になったみたいですよ。今そこで知り合いの方に教えてもらったんです」

 席に戻ったアーシェはエルミニアにそう伝えた。梨のケーキはもう食べ終えたようで、追加注文したらしきジュースとタルトが彼女の前に並んでいた。

「えー、ほんと?」

「はい。安心してください」

 知り合いに聞いたというのは嘘だが。

「元気っていってもさぁ、そんなすぐ全快しないでしょー。お見舞いはしても」

「いやでもほんとに出歩けるくらい回復したみたいだけど」

 ラトカが見てきたように言った。アーシェは不思議に思って彼女を見、その視線の先に、まっすぐ歩いてくるキースを認めた。

「えっ。に、兄さま?」

「ひぇ?!」

 エルミニアが振り向いて硬直する。


「おまえは何を謝っているんだ。俺がもっと頼れと言ったのを覚えていないのか」

 開口一番がそれだった。キースはアーシェの正面に立ち、彼女を射抜くように見ていた。

「俺はそんなに頼りないか。まだ何の役にも立っていないというのに」

 キースは怒っていた。普段から怒っているように見られがちなキースだが、実際には温厚なので滅多に腹を立てたりはしない。しかし、キースが珍しく本当に怒っていると、アーシェにはすぐわかる。青い目が濃くなり、緑に近い色に変化するのだ。

 彼がなぜ怒っているのか、アーシェは即座に理解できずにおろおろと立ち上がった。謝るがどうとか。つまり、さっきの魔術信の話だ。

「え、そ、そんなわけないでしょ? 私はただ、兄さまに無理してほしくなくて」

「無理? 俺だっておまえを守ることくらい、それだけは」

「そうじゃなくて! 私が甘えすぎてるからいけないの」

「おまえがいつ甘えたんだ。もう何年もそんなことしていないだろう」

「し、してるの!」

 アーシェは赤くなりながら言った。

「ストップストップ! こんなとこで兄妹ゲンカしないのー。キースさんも、顔色悪いし、ほら座ってください」

 ラトカは紅茶のカップをソーサーごと持って立ち上がり、アーシェの隣の席をキースに譲った。

「っていうかこれ……なに? 甘ぁ……」

 エルミニアがジュースにさしたストローをくるくると回した。色からしてたぶん桃のジュースだ。確かに甘そうである。


 周囲の注目を浴びていることに気づいたアーシェは、席に座り直した。

 キースも諦めたように隣に座った。ため息をついて頭を抱えている。

「役に立ってないなんて、どうしてそんなこと思うの? 私はいつも兄さまに助けられてるのに」

 アーシェはキースにだけ聞こえるように、小さな声で言った。


「あの、これ、まだ口をつけてないのでよかったら……アタシのおかわりですけど……お見舞い代わりに」

 エルミニアがそろそろとキースの方に差し出したのはナッツタルトの載った皿だ。

「なにかもっと食べやすいものの方がいいんじゃないの」

「兄さま、食欲は」

「……朝からなにも……」

「ちょっと! やっぱりリゾットとかじゃない?」

 エルミニアの隣に着席したばかりのラトカがまた立ち上がった。




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