お見舞い大作戦
しばらくキースからの返信がなく気をもんだが、結局届いたのは「寝ていた」とかいう短すぎる一文のみだった。
これではなにもわからない。アーシェはもう一度メッセージを送ったが、次の返事もなかなか届かなかった。
ため息をついていた昼休み、エルミニアが通りすがりの属性付与コース生をつかまえてキースの欠席を確認した。やはり体調が悪いようだ。
アーシェは午後の授業が終わってもまだエルミニアと一緒にいた。
「大変なことになった! アタシのキース様が! アーシェちょっと付き合って!」
同情かそれとも面白がっているのか、ラトカも当たり前のような顔をしてついてきた。
「もちろん私も心配ですけど、ここで話していてもどうにもならないのでは……」
引っ張られてきた場所は結局、いつもの食堂だった。比較的空いている時間帯なので、ディルクと来た時のように端の方の四人掛けのテーブルを三人で占領している。
「もちろん作戦を立てるのよ、お見舞いの! キース様の好きな花ってなに?」
お見舞いに作戦とか、必要なのだろうか。
「ええと、スミレやライラックだったかと」
「わ、かわいー! いやでも季節が違いすぎるんだけど」
アーシェの向かいの席のエルミニアはいつものようにケーキタイムに突入している。柔らかそうなスポンジのケーキに生クリームとシロップ漬けの梨が乗っていて美味しそうだ。
「そもそもあたしら男子寮には入れないじゃん。どうやってお見舞いするのさ」
ラトカが紅茶にミルクをたらし、スプーンでくるくると混ぜながら言った。
「それはだから、誰かに持っていってもらえばいいんだって。アーシェの手紙もつけとけば受け取ってもらえるでしょ」
「私、そのために呼ばれたのですか……」
アーシェの前にはホットココアがある。冷たいミルクにするか、迷ったが、そろそろ温かい飲み物もいいだろうと思ったのだ。
「好きな食べ物は? これ前に聞いたっけ」
「聞かれましたね。野菜です。セロリとか」
「……もっとこう、お見舞いっぽいのない?」
「ナッツ類でしょうか……」
あの時はぐれ飛竜に投げる胡桃があったのも、キースとおやつに食べようと思っていたからだ。
「それ! もっと早く言いなよ~今日ナッツタルトとどっち注文するか迷ったのにぃ」
「あんたが食べてどうすんの」
ラトカがつっこんだその時、足元がぐらぐらと揺れた。
「え! きゃー!」
エルミニアが頭を抱えた。アーシェは思わずココアのカップを両手でおさえたが、周囲では幾人かが宙に浮いたり外に駆け出したりしていた。
幸い、揺れはそれほど大きくならなかった。しばらくしておさまると、食堂の中は騒がしくなった。慌てた者たちがあちこちで皿を割ったようだ。注意を促したり指示したりする声が行き交っている。
「びっ、くりしたー。あたし地震とかはじめてなんだけど」
動けずにいたラトカがようやく声を出した。
「ほ、本当に地面が揺れるんですね」
「地震まで起きるなんて……キース様の身になにか……」
「いや関係ないでしょ」
「えー! だって体弱って心細い時に地震なんかあったら嫌じゃん!」
「それはまあそうかもだけど」
そんな話をしているうち、アーシェは鞄の中で小さな光が明滅するのを見た。
「ちょっと、失礼するわ」
アーシェはココアを置いたまま、鞄を肩にかけて席を外した。
食堂を出ると並木道がまっすぐ続いていて、その両脇には研究棟と実習棟がそびえている。
アーシェはテラス席から死角になる柱の陰に入って、そっと魔術信を取り出した。
三番のランプ。キースからだ。ちょこっと魔術信改良版は、着信すると五分おきに点灯する仕組みになっているが、今回はすぐ気づけたようだ。
――すまん。少し風邪をひいて休んでいただけだ。救護師に診てもらったから心配ない。もう回復した
アーシェはほっと息をついた。
大騒ぎしていたエルミニアもこれで落ち着くだろう。
――それならいいけど、ちゃんと休んでね。私も、頼りすぎてごめんなさい
アーシェはペンを走らせ、ツマミを回した。さて、急いで戻らなければ。エルミニアたちに不審に思われるし、ココアが冷めてしまう。
そう思ったのに、また着信のランプがついた。
――今どこだ?
珍しく、早い返信だった。
――食堂の前だけど
少し待ってみたが、今度は返事がなかったので、アーシェは魔術信をしまって食堂の中に戻った。
「キース兄さま、もう元気になったみたいですよ。今そこで知り合いの方に教えてもらったんです」
席に戻ったアーシェはエルミニアにそう伝えた。梨のケーキはもう食べ終えたようで、追加注文したらしきジュースとタルトが彼女の前に並んでいた。
「えー、ほんと?」
「はい。安心してください」
知り合いに聞いたというのは嘘だが。
「元気っていってもさぁ、そんなすぐ全快しないでしょー。お見舞いはしても」
「いやでもほんとに出歩けるくらい回復したみたいだけど」
ラトカが見てきたように言った。アーシェは不思議に思って彼女を見、その視線の先に、まっすぐ歩いてくるキースを認めた。
「えっ。に、兄さま?」
「ひぇ?!」
エルミニアが振り向いて硬直する。
「おまえは何を謝っているんだ。俺がもっと頼れと言ったのを覚えていないのか」
開口一番がそれだった。キースはアーシェの正面に立ち、彼女を射抜くように見ていた。
「俺はそんなに頼りないか。まだ何の役にも立っていないというのに」
キースは怒っていた。普段から怒っているように見られがちなキースだが、実際には温厚なので滅多に腹を立てたりはしない。しかし、キースが珍しく本当に怒っていると、アーシェにはすぐわかる。青い目が濃くなり、緑に近い色に変化するのだ。
彼がなぜ怒っているのか、アーシェは即座に理解できずにおろおろと立ち上がった。謝るがどうとか。つまり、さっきの魔術信の話だ。
「え、そ、そんなわけないでしょ? 私はただ、兄さまに無理してほしくなくて」
「無理? 俺だっておまえを守ることくらい、それだけは」
「そうじゃなくて! 私が甘えすぎてるからいけないの」
「おまえがいつ甘えたんだ。もう何年もそんなことしていないだろう」
「し、してるの!」
アーシェは赤くなりながら言った。
「ストップストップ! こんなとこで兄妹ゲンカしないのー。キースさんも、顔色悪いし、ほら座ってください」
ラトカは紅茶のカップをソーサーごと持って立ち上がり、アーシェの隣の席をキースに譲った。
「っていうかこれ……なに? 甘ぁ……」
エルミニアがジュースにさしたストローをくるくると回した。色からしてたぶん桃のジュースだ。確かに甘そうである。
周囲の注目を浴びていることに気づいたアーシェは、席に座り直した。
キースも諦めたように隣に座った。ため息をついて頭を抱えている。
「役に立ってないなんて、どうしてそんなこと思うの? 私はいつも兄さまに助けられてるのに」
アーシェはキースにだけ聞こえるように、小さな声で言った。
「あの、これ、まだ口をつけてないのでよかったら……アタシのおかわりですけど……お見舞い代わりに」
エルミニアがそろそろとキースの方に差し出したのはナッツタルトの載った皿だ。
「なにかもっと食べやすいものの方がいいんじゃないの」
「兄さま、食欲は」
「……朝からなにも……」
「ちょっと! やっぱりリゾットとかじゃない?」
エルミニアの隣に着席したばかりのラトカがまた立ち上がった。




