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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第五章
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慌ただしい火曜の朝



 火曜の朝、アーシェはいつも通りにレポートを書き、顔を洗って着替え、部屋の扉のすぐそばにある姿見の前に立った。

 櫛で髪をととのえ、前髪をピンでとめる。毎日必死で暗示の痕をほどき続けているが、背はまだ伸びる気配がない。数年前から変わらぬ、少女の姿がそこにあった。


(王子様に見初められた時、エルネスティーネは十歳……ちょうどこのくらい? もう少し大きいかしら)


 一目で人を夢中にさせるような、多くの男性から求められた伝説的な美少女。あまりにもアーシェとはかけ離れている。



 別に、アーシェは自分を不美人だと思っているわけではない。

 母のピンクブロンドと父の紫紺の髪を混ぜ合わせたかのような、明るい紫の髪は、少し珍しいが目を引くほどのものではなく。

 ありふれた青の瞳は、母やキースとお揃いで、気に入っている。

 顔立ちは――父に言わせればアリンガム一の可愛さとのことだが、それが親の欲目で曇った評価だということがわからないほど子どもではない。まあ、バランスの取れた顔ではないか、というくらいには思っているが、道行く男性を振り返らせるような派手さのないことは明白だ。


(でも、まあ、そこまで美しくありたいかといえば――)


 男に振り回されたエルネスティーネの人生を思えば、ありがたくもない。このくらいで充分だ。

 あとは人並みに成長できさえすれば。


(そこが一番の難関なんだけど。……頑張るしかないわね)

 アーシェは胸元のペンダントを握りしめた。



 身だしなみを整えたアーシェは、そっと部屋の外に出る。まだ皆寝ている時間だが、アーシェには用事があるのだ。

 毎週、火曜は対魔術の実習がある。つまり、ディルクの出番だ。

 アーシェがいつも通りに研究棟の五階奥の部屋を訪ねると、クラウディオの机の上には珍しく本が積まれていた。

「おはよう。調子はどうだ」

「もうすっかり。ご心配おかけしました」

 うなずいたクラウディオに、アーシェは筒状に丸められた大きな紙を渡した。

「これが今回の設計図だそうです」

 待って自分にしかわかんないように書いてるとこある、と言って昨日の夜ルシアが必死で直していた、ちょこっと魔術信改良版の設計図だ。

「ルシアが? ……直接持って来いとメッセージを送ったのに」

 一昨日、アーシェが試作機を渡した時も、クラウディオは「なぜ彼女は来ないのか」と不満そうだった。色々話したいことがあったのだろう。

「それがその、先輩は朝に弱いので。一緒に行こうと誘ったのですが」


 クラウディオからのメッセージが届いた時、ルシアは「しまった! 六号機は二号機とのやり取りしかできないようにしとけばよかった!」と頭を抱えていた。本来は五台しか制作しない予定だったのに作られた六号機は、アーシェがクラウディオと連絡を取る時のためにと追加してもらったものだ。一号機はルシア、二号機はアーシェ、そしてキース、ティアナ、マリーベルがテスト協力メンバーである。

 六号機は特別製で、魔力閉塞症の微弱な魔力でも送信が可能なように調節されている。ルシアが丁寧に改良を繰り返していたのをアーシェは隣で見ていた。


「別にいつでもいいから来るように伝えてくれ」

「はい……」

 ルシアは遠慮して「行きたくない」などと言っていたが。これはなんとか説得して連れてくるべきだろう。

 どうせ話しはじめたら楽しくなって盛り上がるに違いないのだ。前回そうだったように。


 クラウディオは設計図を開こうとして、思い直したようにそれを机の上に置いた。

「先に済ませてしまおうか。君も朝は忙しいだろう」

「あ、はい」

 手を差し伸べられて、アーシェも手を出した。



 クラウディオと対魔術を使うのは、これで何度目だろうか。

 通り過ぎていく情報の洪水にも、どうにか慣れてきた。


「いつもと少し構成が違いませんでしたか? 色々混ざっていたような」

 手を離してアーシェは言った。クラウディオが茶色に染まった瞳で瞬く。

「よく気付いたな」

 それはまあ、これだけ繰り返して同じ魔術を使っているのだ。流れてくるイメージの中の、どれが魔術の構成かくらいはアーシェにもわかる。

 しかしそれが夥しい数式の羅列だったりするので、読み解くことまではできないのだが。

「……時間を長めにとったんだ。ディルクであちこち行きたいところがあって。まずはヘルムートをつかまえて久しぶりにプレヒトに会うとかな」

 それでついでに中継機を見ようというのだろう。楽しそうな表情に、アーシェはまたルシアのことを羨ましく思ってしまった。





「キース様が朝練に来ないんだけど……」

 朝食を済ませて、いつものようにティアナと教室に向かうと、エルミニアが憂鬱を貼り付けたような顔でアーシェに迫ってきた。

「二日連続で! アタシの一日のはじまりを彩る潤いが!! どうなってるの?」

「まだ毎日行ってるんですか?」

 アーシェは自分の机に鞄を置いて言った。

「もちろん。あ、土日以外ね。休みの日くらいは寝坊したいじゃーん。じゃなくて! なんでなのっ」

 見学者はだいぶ減ったとのことだったが、やはりエルミニアは残留組だったようだ。

「知りませんよ……私だって会ってないんです」

「珍しくない? キースさん、休んだことなんてないでしょ」

 ラトカが話に入ってきた。

「そーなんだよ! なにかあったとしか思えない! 倒れたりしてないかなぁ。心配だよ~」

 エルミニアがくねくねしながら言う。

「なにか用事があっただけでは? 最近、忙しくしているようですし」

 ゆうべ送った他愛のない短いメッセージにはちゃんと「おやすみ」と返信があったので、さすがに倒れたりはしていないはずだ。

 エルミニアにちょこっと魔術信の話はできないので、理由を説明できないが。

「アーシェ……冷たぁ……アンタが熱出した時はキース様あんなに心配そうにしてたのに……」

「えっ。私はただ事実を」

 キースのこととなるとエルミニアはいつもオーバーだ。アーシェはため息をついた。

「わかりました。ちゃんと後で訳を聞いておきますから」

「そうこなくっちゃ。お願いね!」


 確かに、訓練を欠かさないキースが二日も演習場に姿を現していないのは少しおかしい。

 テストで送る文面の内容がなさすぎることも問題ではあった。ちょうどいいので休み時間にでも聞こう、とアーシェは思った。人目を避ける必要はあるが、こんな時しみじみルシアの魔術信は便利である。



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