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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第五章
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意外な関係



「そなたは目立ちすぎだ」

 銀の髪の少年が紅い瞳に苛立ちを浮かべながら言った。

「ですが、私の見た目は武器だから磨けとおっしゃいましたのに」

「限度というものがあるわ。もう何度目だ?」

 どこかで会ったような。誰だったか。

「もちろん、今日は殿下に言われた通り地味にしておりました。そうしたら、女官と思われたようで……」

 言い訳をしている少女の声。顔は見えない。まわりを見ようとしても、できない。

 視線はずっと少年を向いたまま。

「余の妃になる女だと知れば、普通は冗談でしたと誤魔化すか謝罪するものだろう。それを、言うに事欠いて妻の生まれ変わりだなどと」


(私に話しかけている……)


「なんだか、不思議な方でした。嘘を言っているようにも思えなくて……知らない名前で話しかけられた時は、人違いですと申し上げたのですけど。一目で、私の年と、生まれた季節まで当ててみせたのですよ」

「くだらぬ」


 少女の声は、どうやら、自分から発せられている。不思議な感覚だった。話しているつもりはないのに、ただ見ているだけなのに、そこにいるような。


「そんなものは事前に調べておけばそれらしく言えるだろう。当て推量ですら何割方か的中させられるではないか。証明しようのないことを尤もらしく述べて信じさせようとするのは詐欺師の手口よ」


(あれ……これは、夢だわ)

 アーシェは悟った。石造りの部屋にいる。見慣れたどこか。知らないどこか。


「もし本当に生まれ変わりなら、そなたは大公を愛するのか?」

「そんなわけありません!」

 口が勝手に動いた。

「私は殿下のものです。そうでしょう? 相手がどんなに偉い方でも、大陸一の美男子でも関係ありません。私には殿下だけです」

 少年の腕が伸びて、アーシェを――いや、彼女を引き寄せた。


「二度とあの無礼な客の前に姿を見せるなよ」

 彼女は少年の肩口に頬を摺りつけた。

「そういたします」

 少年の手のひらが耳に、頸に触れた。顔をあげると、柔らかい唇が額にあてられた。



「キャー!!!」


 アーシェは叫んで跳ね起きた。

「なにっ。ちょ、大丈夫?!」

 マリーベルが隣のベッドからローテーブルを迂回して寄ってくる。アーシェは胸をおさえていた。体に火がついたように熱い。

「は、はひ……ご迷惑を……平気です」

 自分の鼓動が耳にまで届くようだった。

「え、顔真っ赤だけど。本当に? 私がわかる?」

「マリーベル先輩、です」

「……大丈夫みたいね。はぁ。んもー、まだ五時半……勘弁してよね」

 金時計を開けたマリーベルがあくびをしながら戻っていく。そのベッドの上の段から、ティアナがのぞいていた。ほどいたままの長い銀髪が波打っている。彼女は毎朝丁寧に髪を編むのだ。

「アーシェ、なんともないの?」

 いつも通りのティアナだった。

 それなのに、アーシェには少し違うものに見えていた。


「ええ……。起こしてしまってごめんなさい」

 アーシェは小声で答えた。

 小さくうなずいて、ティアナは身を横たえた。



 ティアナの姿は視界から消えたが、アーシェはまだ二段ベッドの上の方をぼんやり眺めていた。


 夢の中の会話は淡雪のように解けていった。

 けれど、まだ動悸が収まらない。


(あれは、ヴェンツェル……?)


 ヘルムートの話に影響されてそんな風に感じたのだろうか。

 会ったことのないはずの少年。紅い瞳と銀の髪の。

 彼は、ティアナにとてもよく似ていた。





 ゆうべの薬は、瓶の底に残った最後の一滴だった。

 アーシェはレポートをまとめて、朝から研究棟の二階にあるヴィエーロの部屋を訪ねた。

「ああ、アーシェさん。できてますよ、新しい薬」

「ありがとうございます」

 アーシェは空になった小瓶とレポートをヴィエーロの机に置いた。ヴィエーロは相変わらずのボサボサ頭だったが、研究室は驚くほどきれいになっていた。

「クラ……ディルクさんはすごいですね」

「はい。有能な弟子が帰ってきたんで、助かってますよ」

 ヴィエーロはアーシェのレポートを取り上げてめくった。


「弟子といえば……先生はラズハット様のお弟子さんだったとか。どこにいらっしゃるかご存知ないですか?」

「は?」

 ヴィエーロは顔をあげて不思議そうに言った。

「ぼくがあの人の? まさか。そんなに強くないですよ」

「えっ。でも、以前イメルダ先生が……」

 ヴィエーロは首をひねってから、思い当たったように「ああ」と言った。

「あれですよ、ほら」

 指し示された壁には絵画が飾られていた。湖のほとりで馬が水を飲んでいるというような風景画だった。前からあったのかどうかはわからない――そのあたりにはごちゃごちゃと色々なものが積み上げられていたからだ。

「ラズハットの描いた絵です。上手いもんでしょう。ぼくも下手の横好きで、まあ少し教わったんですが、さっぱりでしたね。でも一緒に描いてた間は楽しかったですよ」

「え、絵の先生ですか……!」

 ラズハットは魔法薬が専門の魔術師なのだと思っていたが、どうも違うようだ。風景画は精密で美しく、繊細な人柄を感じさせた。

「なんであなたがあの人を探してるんです?」

「あ、いえ、私ではなくディルクさんが」

「へえ。……そうですね、まめに連絡してくるような人じゃないですけど、以前一度だけ絵葉書が届きました。自宅に……捨ててはないはずなので。どこにしまったやら」

 たぶん家の中も以前の研究室のように雑然としているのだろうな、とアーシェは思った。


「この、今日の分のレポートですけど。恥ずかしい夢というのは?」

 ヴィエーロに聞かれて、アーシェは言葉を濁した。

「ええと。珍しくほんの少し覚えているんですけど、あまり子どもの頃という感じではなくて……十四か、十五、成人手前くらいな……」

「ああ。最近は幼い頃のというより、とにかくいい夢をという方向に調整していたんですが」

「そうなのですか?」

「だってずっと同じ調合薬のレポートをもらっても僕の研究になりませんから。悪夢を見なければいいんでしょう」

 そんな話は聞いていない。

「……今回のこれは?」

 アーシェはさっき受け取ったばかりの瓶を見た。

「それも似たような効果ですよ。ただ材料や配合を変えてありますけど。だからしっかりレポートをつけてくださいよ。覚えているんなら余計にちゃんと」

 材料費がかかってますからね、と念を押されて、アーシェは承諾した。




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