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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第四章
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前進


 暗示の痕を治すのは、視界の悪い中で細い糸の結び目をほどくのに似ている――少なくともアーシェはそのようにイメージしている。

 とにかく根気がいる。集中して、取っ掛かりを探して、引き抜いていく。引っ張ったところがびくともしないこともある。その場合はいったん諦めてまた別の箇所を探し、どうにかつまんで、力を込める。そんな地味で単調な繰り返しだ。

 山のように絡まった結び目を、とにかく手の届くところから、ほどいていく。ほんのひとつ、ふたつ、進んだところで、集中が切れた。



「はあー……」

 水晶球から手を離して、アーシェは伸びをした。

 フルヴィアについてもらっていた時は、もっとすんなり取っ掛かりに手が届いた。一人だとそれがなかなか難しい。結び目の固いのは同じだが、それに手が届くまでにも時間がかかってしまう。

(でもいつまでも手伝ってもらうわけにはいかないし。これで、空き時間をできるだけ使えば、少しずつでも……)

 ようやく一人でやってもよいという許可が出たのだ。精神魔術に取り組み始めてから三週間。とても速いと驚かれたが、アーシェにとってはじりじりと待たされた長い時間だった。

(慣れればきっと、もっと早くできるはず。イメージを強化しなきゃ)

 アーシェは首元のペンダントに微笑みかけた。心強い相棒だ。見ているだけで元気が出る。


「進みましたか?」

 隣の机で勉強していたティアナが声をかけてきた。

「ええ。ほんのちょっとだけ」

 寮の部屋の窓際に四つ並んだ机は、窓に向かって左手からルシア、ティアナ、アーシェ、マリーベルが使っている。

「お気に入りなのね。そのペンダント」

「え、ええ、まあ……。可愛いでしょう」

「似合ってるわ。でもどうしていつも隠してしまうの?」

 アーシェはちらりと後ろを見た。ルシアがいつものようにローテーブルで作業をしていて、マリーベルは出かけている。窓は開いていて、吹いてくる秋の爽やかな風が心地いい。

「なんというか……少し高価なものみたいで。念のために」

 そうなの、とティアナは特に追及せずにいてくれたが。

 アーシェは鐘を鳴らした。

「いえ、やっぱり話すわ。実はこれ、魔術具なの。ちゃんと見ればわかってしまうと、ルシア先輩が」

「まあ……。でも、なんのための?」

「護身用というか……危ない時に結界を張ってくれる効果が」

 先週、話のついでにルシアが少し実験してくれたのだが、物理攻撃にも魔術にも反応するようだ。


「攻撃魔術って、普通は防御せずによけるものなの。なんでかっていうと、魔術を魔術で防ぐには向けられた倍以上の魔力を消耗するから。格上の魔術を完全に受けることはできないし、格下でもよほど力の差がないとキツい。だからこの魔術具は……防御結界をこれだけ簡単に発生させて、あたしなんかの魔術はあっさり弾いて……うん、原理は理解できないけど想像以上のヤバさだわ」と、実験を終えたルシアは苦笑しながら品質を保証してくれた。


「そういうことだったのね。なんだかディルクさんを見ていると不安だったけど、ちゃんと大事にされているのね、アーシェ」

「いえ、そんな。まあ……、そうね。優しい人なの、本当は」

 アーシェは微笑んで、ペンダントをしまった。





 十月のはじめ、完成したちょこっと魔術信の中継機は、かなり大きくそして重かった。

「できるだけこっちに詰め込んだらこうなっちゃった……どうせ置けるなら大きさは気にしなくていいしせっかくだからあれもこれもって足しちゃって」とルシアが弁解した。彼女一人では持ち上げるのがやっとで、マリーベルとティアナも手伝って女子寮の階段から運びおろした。アーシェはといえば、格段に軽くなった試作機二号を二台入れた鞄を肩にかけ、先導役を仰せつかって先頭を歩いただけだ。小さくて力がなく、戦力外と判断されたためである。情けない。早く成長したいものだ。

 女子寮の入り口では約束通りキースが待っていてくれた。屋上の管理者に話をつけられたというが、なぜか詳細は教えてくれない。あとで、とか、行けば分かる、とか言うばかりだ。

「それが例の魔術具か?」

「そう。ありがとねお兄さん。ほんと助かったわー」

「いや、俺は話を通しただけだ。さっそく向かおう」

 キースは三人がかりで運んできた中継機を軽々と持ち上げた。

「ありがとうございます、キースさん」

「さ、さすがです……」

 マリーベルとティアナがほっとしたように言った。

 アーシェはキースの隣を歩いた。

「それ、重くないの? 兄さま」

「おまえよりは軽いぞ」

「そ、そう……」

 できることなら脇腹をつついてやりたいところだった。


 煉瓦道を五人で歩いたが、キースが第二講堂の横をすぎたあたりで立ち止まった。

 右を見ているのでなにかと思えば、実習棟と研究棟にはさまれた並木道を見覚えのある人物が歩いてくる。

 がっしりとした体に、夕焼けのような赤い髪。

「よー。久しぶり、アーシェちゃん」

 大きな革袋を担いだヘルムートが手をあげた。

「ヘルムート様!」

 会うのは本当に久しぶりだ。魂の固着のことを明かして以来なので、もう一か月以上になる。

「世話をかける」

「別に。あいつも楽しみにしてるって言うしな」

 キースの口ぶりでは、偶然に会ったというわけではなさそうだ。

「もしかして、管理者というのは……」

「ああ。ヘルムート殿が場所を貸してくれる」

「えー! そうなんですか? すみません、ありがとうございます!」

 礼をするルシアに、ヘルムートはいつもの調子で笑った。

「いやいや。お安い御用ってこと」

 キースの伝手というからてっきり属性付与コースの教師かと思ったが――いや、似たようなものか。


「んじゃ行くけど。えっと、あんたは」

 ヘルムートがマリーベルを見た。マリーベルは自分が話しかけられていると気づくと、戸惑ったように一歩さがった。

「な、なんですか?」

「いや……、来ない方がいいかも」

 マリーベルは忙しく瞬いて、うつむいた。


「ごめん。わたしはもう手伝えることもないし……帰るわね」

「えっ」

 ティアナが止める間もなく、マリーベルは踵を返して行ってしまった。


「悪い。ちょっと驚かそうと思って口止めしてたんだけど、言っといたほうがよかったな。オレが来るって知ってたらあの子来なかっただろ」

「え、なに? どうしたの?」

 ルシアは去っていくマリーベルの後ろ姿とヘルムートを交互に見ながら言った。

「オレは嫌われてる……というより、怖がられてんのかな。まあ仕方ない。さ、それではご案内」

 ヘルムートは先を歩きだした。




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