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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第四章
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ルシアの研究


 二〇五号室に戻ると、ルシアが一人で作業をしていた。四回生は、授業が早めに終わることが多い。その分、自分の研究を進める必要があるということだ。

 作業中のルシアはいつも、普段はそのままに垂らしている髪を紐で無造作に縛っている。

「おかえりぃー。あれ、今日は一人?」

 テーブルいっぱいに広げた部品の山から顔をあげたルシアの疑問に、アーシェは答えた。

「はい。ティアナはペルラさんに誘われて、商業街の方へ。……ちょうど最後の授業が実習だったんです」

「そっかー。……寂しい?」

「いえ。大丈夫です」


 実はペルラには「アーシェさんも一緒にどう?」と言われたが、用があるからと断ったのだ。

 ペルラが大公派の子なので、あまり関わらないようにしようと思う――ということは、対が決まった後でティアナに伝えた。ティアナ自身にはあまり気にしてほしくないということも。


「私は、ルシア先輩とお話したかったので」

「ああ、それよ。そうだった」

 アーシェは魔術具の鐘を取り出し、指で鳴らした。たとえ扉が閉まっていても、寮の中は油断できない。


「それ、遠耳の鐘じゃん。なんでこんなの持ってんの?」

「そんな名前なのですね」

 さすがルシアだ。感心していると、彼女は笑った。

「通称ね。正式な商品名は確か……振動式音波遮断球発生器。知らないで使ってんだ。これねぇ、近くの音を聞こえやすくするやつでしょ。耳の悪いお年寄りとか騒音に困ってる人が持ってるイメージだけど……高いからあんまり一般的じゃないかもね」

「密談用かと……」

「まーそういう用途も。待って、そんな危ない話はじめるの? 今から」

 身構えるようなルシアの前で、アーシェはペンダントを服の中から取り出した。

「いえまあ、念のために。どうぞ」

 アーシェはペンダントを首にかけたままでルシアに見せた。

 外した方が見やすいだろうというのはわかっているが。なんとなく、着けたままでいたかったのだ。


「はー。んっふ、笑っちゃう。すっごいよコレ。なになに?」

 ルシアは金のリングの部分をなぞるようにして眺めている。

「これさぁ。星の魔術師様でしょ。作ったの」

「はい……」

 だよね、とルシアは苦笑した。ペンダントから手を離し、肩をすくめる。

「どう見てもオーダーメイドの魔術具、特Aクラス。あたしじゃ効果までは判別できないけど、ヤバい代物なのははっきりわかるよ」

「やっぱり、あまり人には見られないようにした方がいいんですね?」

「遠目にはわかんないだろうけど、近くで見たら……まあ魔術具専攻なら気がつくんじゃない。どこの要人かって思うレベルのやつ」

 また妙な噂の的になるところだった。大それたものをもらってしまったようだ。


「それでつまり」

 ルシアはテーブルの上に置かれた遠耳の鐘をちらりと見た。

「星の魔術師様って、ディルクさんで。あんたの対なんだ」

 アーシェは黙ってうなずいた。

 これだけ情報が揃えば、聡いルシアはたどり着くだろうと思った。変に誤魔化して疑いを深めるよりは、話してしまった方がいい。そう思って鐘を使ったのだ。


「星の魔術師様が後天性波形異常か……まーそりゃ隠すよね。偉大な天才魔術具師が実は魔術を使えないなんて。そっかぁ。大変なんだ、あの人」

 クラウディオが公子ジーノだということまでは話せないし、その必要もないが。

「なんか気さくだったしまた相談したいなーとか思ってたけど、迷惑だよね……」

「いえ、それは喜ぶと思います。この魔術具も、ルシア先輩に触発されて作ったと言っていましたよ」

「え、嘘でしょ」

「いえ本当に」

「うえええええええ」

 ルシアは頭を抱えた。耳まで赤くなっている。

 恥ずかしがるルシアが可愛いので、アーシェは追撃した。

「また次の試作ができたら見たいとも」

「いやいやややや。こんなの見せられた後でそれはマジで……まあもうとっくに恥さらしてるけどぉ?」

「そうですよ。開き直りましょう。私から見ればどちらもすごいですよ」

 ルシアは急に真顔になってアーシェの両肩に手を置いた。

「それはない。本っ当にレベルが違うから。認識を改めて」

「は、はい」

 気迫に押されて、ついうなずいてしまったが。

「でも、私も……。あの方の波形異常のことを知った時は自分の態度を省みて色々と落ち込みましたが、クラウディオ様は気にしないでほしいと。そういう方なんですよ」

 そうだ。ちょうどあの時、護身用の杖の話を聞いたのだった。なんだか懐かしく思いながら、アーシェは胸のペンダントに触れた。

「だから遠慮なんてしない方がいいんです。次の相談事とはなんですか? いつ行きますか?」


「あ、いや、今悩んでるのは本当に、星の魔術師様に言うようなことでもないというか。実は……置き場所のことで困ってて」

 ルシアは歯切れ悪く言った。

「置く……というと、例の中継点の?」

「そうそれ。できれば遮蔽物のない高い場所に置きたいんだけど、ここの屋上は立ち入り禁止だから……試しに行ってみたけどしっかり鍵かかってたし」

 女子寮は六階まであり、各階に二十室ずつ備えられている。

「高いところ……ですか。洗濯用の昇降装置に括り付けるのはどうですか? 一番高いところまで上げればそれなりに」

「一回送信テストをするだけならそれでもいいけどぉ……。誰か使うたびに動かされてちゃ安定した結果は得られないでしょ」

 アーシェは首をひねった。

「ううーん。あっ、第一講堂の上の鐘楼台とか! あそこは誰が管理しているんでしょう?」

 授業の開始と終了を報せてくれる鐘は、第一講堂にあるのだ。緊急時に学院の隅まで案内を届けるための拡声器も備えられているというが、アーシェはまだ聞いたことがない。

「あー、なるほど。置かせてくれるかなぁ? この試作機が完成したらフェルモ先生に聞いてみよ」

 ルシアは魔術具コースの担当教官の名をあげて、テーブルの上の部品たちに向き直った。





 軽くなった試作機二号が完成すれば、キースに使ってもらう計画だ。そろそろ話してもいい頃合いだろうと、その週の金曜、アーシェはルシアの卒業研究のことをキースに打ち明けたが。

「見晴らしのいい高い場所か。俺にひとつ心当たりがあるが。……使わせてもらえるかどうか、聞いておこうか?」

「えっ。兄さま、すごいわ。ありがとう!」

 意外なことに、問題が一つ解決したのだった。



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