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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第四章
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ドキドキのお誘い



 親睦会が終わって先輩方と別れ、いつもの四人になってから、エルミニアがラトカに聞いた。

「で、どうだった? 実習は」

 アーシェも気になっていた。ラトカは食事の間もほとんど話さなかった。そう、とかうん、とか、心ここにあらずという感じだったのだ。

「実習……ああ。まあ、よかった」

「あ、大丈夫だったのですね」

 ティアナもほっとしたように言った。

「ていうか――」

 ラトカは周囲をうかがった。アーシェもつられて見たが、近くには誰もいない。

 秘密を打ち明けるように、ラトカは厳かに口を開いた。


「めっ……ちゃめちゃ気持ちよかった。ハマりそう。ピターっと合ってるのを感じるっていうか。魔力が抜けてく感じも一人の時とは全然違ってて」


「えーっ。あんなに嫌がってたくせにぃ……」

「いやほんと、向こうの気持ちとか一切流れてこないし。さすがだわ。しかもルカーシュがやった時の魔術の構成、細かくて密度が高くて信じらんないくらいキレイ! 首席やばい! 楽しい!」

 ラトカは早口に言いきった。

「よ、よかったわね」

「……じゃあ、先輩と付き合うの?」

 エルミニアがぼそりと言った。

 彼女はさっき、ルカーシュから「キミもBの1だって? テストの時はよかったらボクを呼んでよ」と言われて舞い上がっていたところだ。

「付き合うわけないじゃん! それとこれとは別。魔術のパートナーとして最高かもって話だから。アーシェは? ディルクさんとの魔術、どういう感じだった?」

 突然自分にふられて、アーシェは慌てた。

「ええっと……そうですね。集中できました」

「クール! もっとアツい感想ないの? あんなイケメンと手をつないでさぁ」

 エルミニアがアーシェの頬を指でつついてくる。

「だよね。ドキドキしたりしないの?」

 ラトカの質問に、アーシェはうつむいた。

「それは、まあ少しは」

「そりゃそうでしょ! アーシェは特に男慣れしてないんだから。ディルクさんはちょっと壁が高そうだし、コロっといかないように気を付けなよ」

「本当に……そうですね……」

 耳が痛いことこの上なかった。





 研究棟の五階、一番端の部屋の前に立ってノックする。アーシェですと言うと、「少し待ってくれ」と返された。

「一人か?」

 アーシェは振り返って、廊下に誰もいないのを確かめてから答えた。

「はい」

 一分も待たされなかった。ドアはすぐに開いた。

「どうかしたか? 何か問題が?」

 クラウディオは鍵を閉め直しながら聞いた。

「いえ……その、今フルヴィア先生の研究室に行ってきたんです。そのついでに……お話でもと」

 顔が見られたら、と思っただけだが。忙しかっただろうか。いつにもましてローテーブルの上が雑然としていて、なにか作業していたという感じだった。よく見えるようにか、前髪もしっかりピンで止めてある。

「ああ、例の暗示の痕の解除か」

「はい。イメルダ先生が少しでも早く慣れる方がいいからとフルヴィア先生にかけあって時間を作ってくださって。本当にありがたいです」

「相変わらずだな。昔から人の世話をするのが好きなんだ」

 イメルダの話をする時のクラウディオは、いつも柔らかい表情を浮かべている。

「どうだ、順調か?」

 ソファに座ったクラウディオに招かれて、アーシェも隣に腰を下ろした。

「はい。手伝っていただきながらではありますが、だいぶコツがつかめてきたかと。飲み込みが早いと褒めていただきました」

「そうか。それなら一人でできるようになる日も近そうだな」

「いえ、そこまでは……できるよう、努力はしますが」

 アーシェは面映ゆく感じ、別の話題を探した。

「昨日の実習の後の昼食ですが……欠席は一人だけで、なんだか逆に話題になってしまっていましたよ」

「ああ、アレか……仕方がなかったんだ」

「本当に先生に呼ばれていました?」

「そういうわけではないが」

 クラウディオはローテーブルの上の工具を端に並べながら言った。ニッパーから小さなドリルのようなものまで色々ある。

「卒業生なら当然使ったことがあって然るべきなのに、僕はあそこに入ったことがない。不慣れなところを見られるわけにはいかないだろう」

「え、あっ。そうなのですね」

 食堂では教職員も見かけることがあるが、階段を上り下りする必要があることを考えると、確かにクラウディオには不便な場所だっただろう。

「そういえばクラウディオ様の普段の食事は?」

「研究棟では希望者に三食を用意してる。ずっと籠りきりの者も少なくないし……アロルドが運んでくるんだ」

 管理人はそんな仕事もしているのか。

「研究棟の部屋をどう使うかは割と自由だからな。住み着いている者、物置にしている者、実験室として使っている者、まあ色々だ」


「あの。それなら、今度人の少ない時間に一緒に食堂に行きませんか? いざという時のための練習です。放課後、ちょっとしたティータイムで利用する生徒もいるんですよ」

 アーシェは思い切って言った。

「対でお茶していても不自然ではないでしょう? ねっ」

「……なるほど。そうだな、使えるようになっておくに越したことはないか」

「でしょう?」

 クラウディオは時計を開けて見た。

「なら、今から行くか」

「え」

 予想外のことにアーシェは口をぽかんと開けてしまった。


「ちょうど半端な時間だろう。暇だからここに来たんじゃないのか?」

「あ、はい、まあ……」

「だろうと思った。少し待ってくれ。ローブを替えるから。その間に食堂の使い方を話してくれると助かる」

「はい!」

 せっかくならお気に入りの服を着て、とか、考えていたのだが。その気になってくれたのだから、断る理由はなかった。



「朝は混みあうので、だいたいの利用時間が決められていて、メニューも限られていて……先にお金を払って、自由に好きなおかずを取っていくんです。でもそれ以外の時間帯は、列に並んで注文します。定番の品とその日ごとに変わるメニューとがあって、入り口近くのボードに書かれているんです。それを見て先になにを食べるか決めて、並んで、カウンターで注文してお金を払って、料理をもらったら自分で席に運びます。お昼はそこそこ並ぶので列が詰まりがちで……私はいつも、前後を友人にはさんでもらっています」

 まだエルミニアとラトカと親しくなる前の、ティアナと二人でランチをしていた頃は、女性が最後尾の列を狙って並び、ティアナに後ろについてもらっていた。

「席は長テーブルが多いのですが四人掛けや円卓も隅の方にありまして。空いているところに座りますが、すでに隣が埋まっている場合は、誰か待っているということも多いので、一声かけてからという感じですね。混んでいなければ、そばに誰もいない席を選ぶのが普通です」

「ふむ。……店に行き自分で料金を支払ってものを食べるというのがそもそも初めてだな……少し緊張する」

 青いローブを頭からかぶったクラウディオが神妙な顔で言った。

「財布……いくらくらい入れていけば?」

「わ、私もついこの間まで初心者でしたので! 任せてください!」




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