親睦会
片付けが終わり、無事に実習は再開された。
九組いる対は三つのグループに分けられ、それぞれの的の前に並んだ。
「いいか、的には魔力に反応する魔法薬が塗ってあって、当たったところには色がつく。印の中の、色がついてないところを狙うんだ。皆で別のところに当てていって、うまくいくと隠されている図が出てくるといった仕掛けだ。一番先に図を完成させたグループには……特に報酬はない! が、成績には影響するぞ。がんばれよ」
ヌンツィオは笑いながら言った。
アーシェのグループはラトカと、同じクラスのバシリオの組だった。
力を細く細く抑えた結果、アーシェの放った魔力はどこまで進んだかもわからないような具合で、的まで届かず、隣のグループにいるブレーズに笑われてしまった。もちろん無視したが。
ブレーズだって別に上手くはない。彼は初心者組だ。これまでの実技でもそうだったように、なんとか基本をこなしているだけである。
「ちょっと肩に力が入ってるかな。この課題では、大事なのは方向だ。ちゃんとまっすぐにイメージできてるから、あとはぶれないように、しっかり立って。そう」
ブレーズの対は、そんなブレーズを丁寧に指導している。いい相手を選んだといえるのではないだろうか。
ティアナとペルラは、大きめの威力になってしまったようで、的が後ろに一メートルほどずれ、直しに行こうとしてヌンツィオに止められていた。
「誰かの魔術に当たる可能性があるから、不用意にそっちに出るな。そのままの位置で続けとけ」
「は、はいっ!」
「ごめんね。私もあまり慣れていなくて……」
「いえいえ。もう少し抑えるくらいがいいんですね。ちょっとわかってきました」
この二人は微笑ましい。ペルラは救護師コースだし、こういう実習も久しぶりなのだろう。
ラトカとルカーシュの対は、今度はちゃんと的を微動させる程度の威力に抑えていた。狙いも完璧だ。「やるなぁ」とヌンツィオが褒めたほど、ラトカは上手かった。
だというのに、ラトカはなんともいえない微妙な表情でルカーシュを見ている。やっぱり組むのはやめた方がよかったとでも思っているのだろうか。
「他人を観察している余裕があるのか?」
「あっ、いえ。ではもう一度、お願いします」
アーシェはディルクと手をつなぎ、今度こそ的に魔力を当てた。集中していて、いつもの余計ななにかを考えるのを忘れていたほどだ。
しかしそれを忘れるということは、知られてはいけないことを考える余地もなかったということで、特段問題はなかった。これまでと違い、部屋に二人きりという状況でないのが幸いしている。実習なので、コントロールも完全に自分の側だし、手一杯なのだ。意外と大丈夫、とルカーシュが言っていたのはこういうことか。
「……やればできるじゃないか」
ディルクは呟いた。
アーシェのグループは一位になったが、ほとんどラトカの功績だった。「勝てねぇ!」とブレーズの対が気安くルカーシュの肩を叩いていた。
実習が終わり、ヌンツィオから解散を言い渡されると、ルカーシュがアーシェたちを呼び止めた。
「これから昼食でしょう。よかったらみんなで一緒に食べない? 迷惑かけたお詫びにボクが奢るからさ。これから数か月、実習で顔を合わせるわけだし。親睦を深める意味でも」
「おっ、サンキュー」
軽く応じたのはブレーズの対だ。
「キミの分まで? まあいいけど」
「僕はいい。先生に呼び出されててね。それじゃ失礼」
ディルクはさっと手を振って立ち去ってしまった。
「あ、私はお言葉に甘えて……。いいわよね? ティアナさん」
「あ、はい。ご一緒します」
ペルラが乗り気だったので、ティアナも同意した。奢りということで、Aクラスの対たちも次々に参加を表明していく。
「ええと、私は……」
アーシェは迷った。ペルラも参加するとなると、遠慮した方がいいだろうか。ディルクもいないことだし。
「アーシェはアタシと参加! ってことで!」
後ろから現れてアーシェと腕を組んだエルミニアが勝手に宣言した。
「えっ。でも」
「いーじゃん。お金は払うからー。三人とも行くのにアタシを仲間外れにするつもり?」
「勿論いいよ、エルミニアさんも一緒で。ラトカの親友だものね」
ルカーシュは鷹揚に承諾した。
「ありがとうございますっ、ルカーシュ先輩!」
なりゆきで参加することになってしまった食堂での親睦会だが、総勢十八名とあってにぎやかだった。結局欠席したのはディルクひとりだ。アーシェはそれとなくペルラから距離を取って座ろうと考えていたが、ちゃっかりルカーシュの隣を確保したエルミニアに引っ張られて彼女の斜め前という微妙な位置になってしまった。
まずは自己紹介。と、端から順に名乗られたが、とても覚えきれるものではない。アーシェはとりあえず、クラスメイトの対の名前だけおさえることにした。
ブレーズの対はレオン。焦げ茶の短い髪がツンツンしている。四回生で、ルカーシュと同じ攻撃魔術コースだそうだ。どうも、二人は友人というより、ライバルらしい。
バシリオの対はリューディア。バシリオはアーシェにはあまりなじみのない、つまり初級の授業を免除されていた魔術師の家系の子だ。話しているところもほとんど見たことがなく、神経質そうな印象で眼鏡をかけている。リューディアは栗色の髪の女性で、三回生、魔法薬コース。実習中もなんとか打ち解けようとバシリオに何度も話しかけてはから回っている様子で、前途多難な印象の対だ。
「ディルクさん、付き合い悪いなぁ。アーシェもせっかくだから引き留めてくれればいいのにー」
エルミニアはいつも通りの一切れのケーキ、ともう一皿、サラダと白身魚のソテーの盛り合わせを頼んでいた。「体に良くないよ、エルミニアさん。きちんと色々なものを食べないと」とルカーシュに言われたためだ。以前アーシェが指摘した時は、いいのいいのと取り合わなかったのに。
「アーシェさんの対の方、ディルクさんとおっしゃるのね。とても素敵で驚いたわ!」
ペルラが手を合わせてそう言うと、レオンが口をはさんだ。
「けど、組みたての対なんだから、もうちょっと交流しようって気があってもなぁ。素気なさすぎね? やりにくいでしょ君も」
「えっ。そうですね……まあ……」
「相手は卒業生だし言いにくいかもしんないけど。オレが今度注意してやろっか?」
「いえいえ! 大丈夫です。ありがとうございます」
アーシェは慌てて辞退した。
「ヴィエーロ先生の助手をされているので、忙しいんだと思います」
「知ってるわ。この前から時々、講義で見かけるの」
アーシェの右隣に座っているリューディアが言った。その席ははじめ、男性が椅子を引いたのだが、アーシェよりも先にブレーズが「そこの席は女の人で」と断ってくれてそうなった。
「そうなんだ! 私もヴィエーロ先生の講義、取ればよかった!」
「でもあんまり話を聞いてくれる感じじゃないわよ」
「いるだけでいいじゃん、あんなの」
「はぁー。顔のいい男はいいねぇ。不愛想でも許されるもんな」
「ひがまないでよー」
先輩たちがポンポンと会話するのを聞き流しながら、アーシェはミルクを飲んだ。
背が伸び悩んでからというもの、毎晩摂るように自分に習慣づけていたミルクだが、これからはもっと積極的に飲んでいこうと思っているのだ。効果があるかはわからないが、できることは少しでもやっていきたいではないか。




