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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第四章
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実習初日


 実習授業は、隣の実践科Aクラスと合同で行われる。

 共同魔術を行う際に波長の近い者を集める時、人数が多いほうが組みやすいためだ。

 場所は屋外。あのなにもなかった第一講堂横の広場である。今では薄い木の板で作られた的が複数立てられて、練習場所らしくなっている。夏が終わって日差しもだいぶ柔らかくなっており、なるほど実習の始まる時期も考えての夏の入学だったのだろうかとアーシェは思った。

「ティアナさん! おはよう!」

 アーシェの隣にいたティアナを呼んだのはペルラだ。水色の髪を肩口で切りそろえた、爽やかな印象の少女だ。

「おはようございます、ペルラさん」

「昨日はありがとう。ペアがいてくれるって本当に心強いわ! 今日は私ががんばってサポートするわね」

「は、はい。よろしくお願いします」


 ペルラはアーシェに目を向けた。

「で、この子が……」

「はい。アーシェ、紹介するわ。こちらがペルラさん。私の対よ」

「はじめまして」

 アーシェは少し緊張しながら挨拶した。

「はじめまして。あなたがアーシェね。一度話してみたいと思っていたの!」

 ペルラは弾んだ声で言った。

「えっ。なぜ」

「だって、あなた有名だもの。すごく小さな子がいて、入学式で倒れたって、けっこう噂になっていたのよ」

「そ、そうでしたか……お恥ずかしい」

「魔術師の子でも十二歳になってから入学するのが普通なのに、珍しく小さな子が、珍しく若い属性付与のかっこいい人に抱きかかえられていったって。どこかのお姫様が護衛と一緒に入学してきたんじゃないかって。ウフフ」

 アーシェはむせてしまった。

「そ、そんなとんでもない誤解が広まっていたのですか?!」

「大丈夫よ、ちゃんと後で兄妹だったらしいって伝わっているから。あ、ほんとは従兄妹だったっけ? ティアナさんに教えてもらったの」

 ペルラは屈託なく笑った。


 生徒たちはふたつのグループに分かれている。対のいる者といない者とに。やがてルカーシュが現れ、挨拶していると、教師の声がかかった。

「揃ってきたか? そろそろ始めるか」

 アーシェたちをまとめているのは実践科Aの担任、ヌンツィオだ。コズマのまわりには対のいない生徒たちが集まっている。

 私の対がまだ、と言いかけると、ちょうど派手なオレンジ頭がやってきた。悠々と歩いていて、急ぐような様子もない。

 ディルクはアーシェの正面で立ち止まり、短く言った。

「やあ」

「どうも。おはようございます」

 女生徒たちのざわめきが広がったが、ディルクはまるで聞こえていないように振る舞った。

「もう始まってた?」

「いえ、これからです」


「いたか? こんな研究生」

 ブレーズの隣に立っている焦げ茶の髪の青年が、ルカーシュに話しかけた。

「さあ。ローブ学生かな」

 どうやら彼がブレーズの対だ。アーシェの面談の時にいた赤いローブの女性は、選ばれなかったようだ。



「それぞれペアで並んで、そこに列を作って。ちゃんと九組いるな。よし」

 ヌンツィオは赤いローブ。体格がよく、張りのある声の中年男性だ。

「まずは誰か手本を見せてもらおうかな。ええと、ローブ持ち……あ、いや、ルカーシュがいるじゃないか。お前でいい。よろしく頼むよ」

 いったんディルクに向けられた視線がそれた。さすがは首席といったところで、ルカーシュは教師の覚えもめでたいようだ。

 正直、助かった。ディルクは自分で魔術を放つことはできないのだから。

「はい、先生」

 ルカーシュが進み出、ラトカもきゅっと唇をひきしめてそれに続いた。


「今日は初回だからな。なにも難しいことはやらん。放つ練習の延長線上といったところだ」

 生徒たちが集まっているのは第一講堂側。そこから十数メートルあけて並べられた的の向こうはもう学院の敷地外だ。高い柵の向こうには用水路をはさんで畑が広がっている。

「まずは魔力を解け合わせる感覚を覚えてもらう。距離と方向をコントロールしながら魔力を放って的を撃つだけだ。速度は自由でいいが、速すぎると穴が開くことがあるから加減しろよ」

 ヌンツィオは一番手前の的の前方にルカーシュとラトカを立たせた。

「最初にうまいやり方を見てイメージをつかむのが大事だからな。じゃ、始めてくれ」


 ルカーシュは右手をラトカとつなぎ、左手で的に描かれた印の中心を指さした。体は的に向かって少し斜めに。右足を引いて、左足を前に出して。

 そうして立っていると、彼の持っている優雅な雰囲気も相まって、まるでダンスでも始めるのかという風に見えた。

 ルカーシュの左のつま先が一瞬浮き、タン、とリズムを取るように動いた。これがルカーシュの発動キーなのだろうか。その一秒後、強風に圧されてドアが勢いよく閉まった時のような、胸をつく大きい音がして、長方形の的が土台ごと吹き飛んだ。塀にぶつかってはじけ、薄く土煙が上がり、木片がばらばらと散らばっていく。

「あれっ」

 ルカーシュが意外そうに瞬いた。

 周囲はどよめき、ヌンツィオは慌てた様子でルカーシュを非難した。

「おいおいおい、どうした!」

「すみません、思ったより威力が。どうも彼女との相性が良すぎたみたいで。今度新しい的を作るのを手伝いますよ」

 ルカーシュは落ち着いた調子で弁解した。こういう事故があるからこの練習用の広場は学院の端にあるのか、とアーシェは思った。魔力を放つだけでこれだから、攻撃魔術だったらどうなっていたことか。

「あ、あたしももうちょっと出力を絞ればよかった……です」

 ラトカがたどたどしく付け足した。


 ヌンツィオは手に持っていた資料をめくってから言った。

「なんだ、お前らツインか? ルカーシュ、光魔杖を得たな」

 光魔杖は大賢者が使っていたとされる伝説のアイテムだ。

「いえ、完全一致ではないのですが」

「いやー、ここまで類似していればツインと言っていいぞ。俺も見るのは五年ぶりかな」


「すげぇ。ルカーシュの奴、こりゃ今年もダントツの首席じゃん……オレもやっと対が見つかってイケるかと思ったのに」

 ブレーズの対がぼやくのが聞こえた。



 授業は中断され、対の生徒たち全員で木片を拾い集めることになった。

「……念のためだが、失敗してもいいくらいの気持ちでできるだけ出力は抑えてくれ」

 ディルクがアーシェの耳元に囁いた。アーシェは飛び出しそうな心臓をなだめつつ、こくこくと頷いた。

 提出してあるふたりの波形は九割六分程度の一致におさえてあるが、実際は双なのだ。あのように注目を浴びるわけにはいかない。


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