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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第四章
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チョコクロワッサン



「えっ。精神魔術コース? 一回生から?」

 ラトカはパンにハムをはさみながら言った。例によって、ランチをいつもの四人で食べ始めたところだ。

「はい。私は素質があるそうです。先生に推薦していただけて」

「上級コースにはじめから。そんなことできるんだ、知らなかった」

 物知りのラトカがそう言うということは、相当な例外なのだろう。

「精神魔術ってなんかこー、水晶玉で……意識に色々働きかけるってやつでしょ。地味ぃ」

 エルミニアはクラフティのはじめの一口をスプーンですくったところだ。美味しそうなので今度自分も注文しよう、とアーシェはひそかに思った。

「いやいや、地味だけどあれはめちゃくちゃ難しいやつだよ。まあ地味だけど。ていうかアーシェは護身のための魔術をやりたいんじゃなかったの?」

 精神魔術の評価はひたすら「地味」のようだ。フルヴィアが言っていた通り、目に見えない効果なので、確かに華やかさとは縁がない。

「それに関しては単独でいくつか講義を取ろうかと。実は、私の減っている魔力、あれはほとんどすべて自分への暗示に使ってしまっていたようで……その痕を取り除くために、できるだけ早く精神魔術をマスターしていきたいんです」

「え、どういうこと?」

 結果として成長できるかもしれない、ということは伏せつつ、アーシェは暗示の痕が自分の中に積もりに積もってしまっていることを説明した。


「自己流で暗示の魔術を組み上げて自分に使ってたってこと? しかも小さい頃から水晶玉もなしに毎日やってたのに四分の一しか減ってないって、それ天才じゃん。研究科に行けるレベルだよ。推薦されるわけだわ……」

 ラトカは感嘆してくれたが、エルミニアは首をかしげている。

「自己流でいけるなら習う必要なくない?」

「いえ、やはり水晶を使ったやりかたの方が効率は良いはずなので……それに私ができるのは、あくまでも自分の悪夢をおさえることだけですから」

「では、水晶玉を買うのですか? 商業街で専門のお店を見かけたことがありますが」

 ティアナがサラダにドレッシングをかけながら聞いた。

「ひとりでもできるようになったら、必要ね……」

「じゃあ今度、一緒に見に行きましょう」

「ありがとう!」

 宝石には魔術を補助する力がある。ことに透明度の高い水晶は精神魔術と相性がよいとされ、古来から精神魔術師に重宝されてきた。


「でも、せっかくペアが見つかったのに精神魔術コースはさすがにもったいないような……。あれはほぼ単独ソロでしょ」

 そうなのだ。だからディルクと対魔術をやる機会も、コース分岐してからはぐっと減るはずである。

 アーシェにとってはありがたいし、クラウディオにかける負担も軽くなるので、いいことずくめなのだが――人から見ればそうでないのは明白である。

「それはそうなのですが、まあ結界術なども習うつもりなので、そこでお世話になる予定です」

「ふーん……まあアーシェがいいならいいけど」

「対といえば、いよいよ明日から実習でしょ。イケメンを久々に拝めるぅ! 楽しみ!」

「私は今からです……」

 エルミニアの弾んだ声に、ティアナの小さな緊張の声が返った。

「えええ。今から?」

「はい。このあと午後の講義で二回生の実習に参加することになっていて。ペルラさんの補助で」

 アーシェはすでにティアナから聞いて知っていた。授業を抜けるのであとで内容を教えてほしいと頼まれているのだ。

「うわ、じゃあついに対魔術を体験するんだ! 後で感想聞かせて!」

「ティアナが一番乗りかー。先を越されたねぇ」

 ラトカに言われて、アーシェはうなずいた。実は何度も経験済みということは、もちろん秘密である。





 翌日。つまり実習の初日、アーシェはもちろん早起きして螺旋階段をのぼった。

 こう頻繁だと、さすがに足腰も鍛えられてきたような気がする。


「精神魔術に取り組むそうだな?」

 イメルダに聞いたのだろうか。クラウディオはアーシェが説明するより先に事情を知っていた。

「はい。私にとっては優先課題というか……少しでも早く、多く、暗示の痕を治していきたいんです」

「うん。攻撃魔術よりはずっと、君向きだ。いいんじゃないか」

 クラウディオは満足そうにうなずいた。


「先日、クラウディオ様はフルヴィア先生に過去の記憶のことを相談したいとおっしゃってましたけど、どうするのですか? 魔術は効かないのですよね?」

 アーシェは気になっていたことをさっそく訊いた。

「ああ。僕は精神魔術にはそれほど詳しくない。いや、基礎理論はもちろん知っているが、実践したことがないんだ。大公の執務内容とは縁遠い分野だったし……。だからコツなどを聞いて、君の力を借りながら自分で潜れたらと考えたんだが」

「あ、なるほど……」

「君を通してフルヴィアに魔術をかけてもらう、というのが早道ではあるかもしれないが、僕の確かめたい記憶はまだ原因のはっきりしていない事件に関わることだ。それをのぞくことで中立のフルヴィアをも危険に巻き込むかもしれない。僕がジーノであること、対が君であることを明かす必要も出てくる。どうしてもうまくいかない場合の最後の手段としておくべきだろうな」

 アーシェは納得してうなずいた。


「精神魔術は独特で、術師のイメージの立て方も様々。とにかく流派が多いんだ。地味で難しいからコースを選択する生徒も少ない」

 クラウディオにまで地味と認識されているとは。

 いや、いいのだが。別に派手なのが好きなわけではないし。

「僕もさすがにぶっつけでやれるとは……いや、しかし君が精神魔術コースに進むとなると、そうだな。むしろ修行を積んだ君にもぐってもらおうか」

「えっ」

「魔力の相性がいいと精神潜行も容易になると聞いたことがある。僕の魔術を君に通して僕が潜るというまだるっこしいやり方よりノイズも少なくて早そうだ」

「クラウディオ様の記憶を、私が……ですか……」

「気が進まないか? まあ、楽しい記憶ではないだろうな」

「いえ! そういうことではなく。その、難しいかもしれませんが、努力します」

 信頼してもらえるのは嬉しいが、複雑でもあった。クラウディオは、アーシェに心をのぞかれることになんの問題も感じていないのだ。アーシェとは違って。


「フルヴィア先生は、自分で思い出せないような記憶を探るのは簡単ではないと。私の場合はさらに、自分自身の記憶ではないので……でも、わかったこともあります。私の中の彼女の記憶は二十年から三十年分ほどあると……もちろん、それ以上の年だったけれど、全ての記憶は私の中にないという可能性もありますけど」

「ふうん。なかなかあいまいだな。十年分も開きがあるとは……」

「ばらばらで、混ざっているのでわかりづらいと」

「なるほど。……ちなみに、母上は三十二歳だった。それから……その時の死亡者のリストも一応確認したいな。手に入ればいいが」

「ヘルムート様の調査の方はどうなのですか?」

 記憶をさぐるのに時間がかかるとなると、残った手掛かりは魂相だ。

「係官をひとり口説き落としたとは言っていたが、その後が手こずっているようだな。まあそのうち報告があるだろう」

「そうなのですね……」

「思ったほど進まなくてすまないな」

「いえ! とんでもないです。その、まだまだ時間はありますし、やるべきことをやっていきますから」

「前向きだな。さ、では今日もディルクを呼び出そうか」

 クラウディオが左手を差し出した。


(いけないいけない。どうでもいい考え事をしなくては。今日はおなかがすいた、おなかがすいた。食べたいものは……)

 アーシェは気を引き締めながらその手を握った。




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