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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第一章
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向こう見ずなふたり


「あの、そちらの魔術師さまにもお名前をうかがっても? 危ないところを、本当にありがとうございました」

 少し距離があるので声を張り上げたアーシェだったが、返ってきたのは沈黙だった。

「ごめんねー、不愛想なヤツでさ。気にしないでよ。それよりアーシェちゃん、足をケガしてるけど大丈夫?」

 魔術師とは逆に、ヘルムートはよく口が回った。

「え……ああ、本当。でもこのくらいなら大丈夫ですわ」

 膝をすりむいたようで血が出ていた。まったく気付かなかったが、そうとわかれば痛いような気がしてくる。


「乗ってく? オレのプレヒトならアーシェちゃんくらい余裕で足せるよ」

 察するにプレヒトというのは飛竜の名だ。

「断る。彼女は苦手でな」

「そ? まあ高いけど、慣れれば気持ちいいよ。なんなら保護者同伴でも」

 飛ぶのが、と解釈されたようだが、キースはもちろん、男性と相乗りすることが無理と判断してくれたのだろう。

「気づかいはありがたいが、すぐそこに馬車がある」

「遠慮……てわけでもなさそうだな。了解。じゃーまたね」

 ヘルムートは兜をかぶり直し、飛竜にまたがった。


 翼が風を起こすと、見えなくなるまですぐだった。

「すごかったわね……」

「そうだな」

 魔術の破壊力というものをはじめて間近で見たが、これほどとは。こんな力を、本当に扱えるようになるものだろうか?

 わくわくするような、不安なような、不思議な気持ちだった。

「なんだか、明るい人で、気が抜けてしまったわね。さあ、はやく馬車に戻りましょう」

「ああ。歩けるか?」

「もちろん。私より、兄さまのほうがあちこち打ったでしょう」

「俺は慣れている。騎士団の訓練は厳しい。どうということはない」

 そうは言っても、結局ふたりともくたくたのボロボロなのだ。服も髪もぐしゃぐしゃで土ぼこりにまみれている。てくてくと歩くだけで精いっぱいだった。

「乗ってみたかったか?」

「飛竜に? そうね、ワクワクするでしょうね!」

「そうか……」

「飛竜のタマゴをつかまえてこようなんて考えないでね? とても飼い慣らせないわよ」

「そうか?」

「そうよ」


 竜騎兵になる者は、卵から飛竜を育てる。一対一でじっくりと慣らして信頼関係を築き、決して裏切らない強い絆を作る必要があるのだ。

 飛竜の子を育てるのに必要な餌、訓練の方法、つがいに卵を産ませるコツ、すべてがケルステンの秘奥の中の秘奥――のはずだ。すべてアーシェの頭の中に入っていたが。

 もちろん、知っていてもそれだけで上手くできるわけではない。熟練の技というのが必要なのだ。

「竜の急所のことだけど、誰にも言わないで。出所を探られると……」

「覚えておこう」

 ケルステンか。母の言った通りかもしれない。アーシェは出立前にチェルシーに言われたことを思い出していた。



「アーシェ。あなた、生まれる前のあなたについて、なにかわかっていることはある?」

「そうね……女性で、裕福で……そのくらいしか」

 夢の中のことはどれもはっきりしない。罵られたイメージ、痛みを与えられたイメージ、何も考えたくないと唇をかんだ、無力感の重み、そんなものばかりしか残らない。そもそもそれが本当に「生まれる前の魂」の経験したことなのか。

「あなたが小さいころね、私たちに話しかける時はアリンガム語だったけど、独り言の時はなにか別の言葉を使ってた。本当によく喋る子だったから、お人形を相手にひとりでごっこ遊びをしたりして、そんな時。私はアリンガム語と大陸公用語しかできないから、確かではないけど……音の響きからケルステンじゃないかと思ってたわ」

「ケルステン語を……じゃあ東部の出身だったってこと?」

「あいまいにしかわからなくてごめんなさいね。私から言えるのはこのくらい」

「いいえ、充分だわ。ありがとう、母さま」



 母は悩んで、それでも手がかりになればと伝えてくれたのだろう。

 ケルステン語はケルステンをはじめとする大陸東部で主に使われている言語だ。飛竜に関する知識とあわせると、おそらくケルステン本国だろう。

 ケルステン人で、十五年ほど前に死んだ女性。その時そばにいたはずの強力な魔術師。

 これだけの手がかりで、本当に見つかるだろうか。

「途方もないわね……」

「なにがだ?」

「自分探しが」

 そう表現すると、まるで人生に迷っているようだった。いや、似たようなものか。

「大丈夫だ。俺がついている」

「ふふ」

 吹き出してしまったので、キースにはにらまれた。

「もう無茶はするな。飛竜の前に飛び出してくるなど」

「こっちの台詞ですけど。いくらなんでも、槍一本で飛竜は倒せないわ」

「肝が冷えた」

「私もよ。ごめんなさい。でも、ありがとう。大好き、兄さま」

 こんな時昔のように兄に抱きつけたらいいのに、とアーシェは思った。

「ああ、俺もだ」

 キースはそう言ってアーシェの頭の上で手を振った。頭を撫でている「ふり」だ。

 アーシェはくすぐったい気持ちでくすくすと笑った。



 ともあれ、頭の中にあった知識がはじめて人の役に立ったのだと思った。

 いや、人の、ではない。アーシェ自身の役に立った。大事なキースを死なせずにすんだのだ。アーシェが駆けつけずにいたら、はたしてヘルムートが飛んでくるのに間に合ったかどうか。

(助けられたわ。危なかったけど。でも、動かずに後悔するよりよかった……)

 意外とキースに似て、自分も向こう見ずなのかも。アーシェはそんなことを考えていた。



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