告白
去っていくルカーシュの後ろ姿を見送りながら、エルミニアは呟いた。
「話してるの聞いたらますますいい感じなんだけど、ルカーシュ先輩。……ラトカいいなぁ」
「えっ。エルミニア、あれいいの?」
ラトカは信じられないといった調子で言った。
「なんでよくないの! 優しくてスマートで気が利いて成績優秀で最高じゃん?!」
「いや、キースさんと全然タイプ違う……」
ラトカはアーシェと同じような感想をもらした。
「それはぁ……キース様はルックスがツボでぇ……」
「あっ。噂をすればキースさん」
「え! どこどこどこっ」
「ほらあれ」
キースは、属性付与コースのクラスメイトたちと一緒に歩いていたようだったが、こちらに気づくと彼らに何か言ってから駆け寄ってきた。
「アーシェ。出歩いて大丈夫なのか?」
「あっ、もうなんともないわ。熱は昨日の昼にはもう下がったの」
「顔色があまり良くないぞ。無理をして、ぶり返さないように」
「いいから。友だちのところに戻らなくていいの?」
「……稽古が終わった後だ。問題はない」
エルミニアからの強力な視線を感じて、アーシェは小さく肩をすくめた。
「クラスメイトのラトカとエルミニア。何度か話したと思うけど」
「ああ……」
紹介すると、エルミニアは頬を紅潮させて話し出した。
「え、えええ、エルミニアですっ! キース様の朝稽古はよく見学させていただいてて! 槍捌きがとても素敵で! はわ、生きてる……」
「あー、ラトカです……。どうも」
「……よろしく」
キースは短く言った。愛想がなさすぎる。そんなだから誤解されるのだ。
「じゃあ病み上がりのこの子を送ってあげてください。あたしたちはこれで」
「えっ。なんでっ」
「用は終わったでしょ。行くよ。またね、アーシェ」
エルミニアはラトカに引っ張られていった。
「至近距離のキース様……戦う姿もイイけど、やっぱ理想の顔面……声もヤバい……」
「あの、普通の子なのよ。普段はもう少しね」
アーシェは一応エルミニアを弁護した。
「ラトカはああ言ったけど、送ってくれなくても大丈夫よ。兄さまが心配するほどのことじゃないの」
「……無理をしているだろう」
できるだけ元気に振る舞ったつもりなのに。
アーシェはため息をついて、さっきまで四人で占領していたベンチにキースを誘った。
「昨日はリンゴをありがとう。ちょうどお腹が空いていたの」
「ああ、食べられたならよかった」
「寮の前にいたって聞いたけど。ちゃんと授業を受けた? 休んだりしていない?」
イメルダが言っていたことが気になって、アーシェは聞いた。
「昨日は午後が休講で……管理棟の相談室で実践科への編入の説明を受けていた。その帰りだ」
「そうだったのね。スムーズに行きそうなの?」
さすがにアーシェのためにサボったりはしていなかったようだ。それはそうだろう。キースは真面目なのだ。
「かなりカリキュラムが違うからな。補講をいくつか受ける必要があるようだが。ただ基準はかなり甘く、割とすんなり入れるらしい。移るのはしっかり魔術槍を習得してからでもいいそうだ」
「へえ。意外と簡単なのね」
「この制度自体が、天属性が判明して実践科にスカウトされた生徒のためのものらしくてな。実際、編入したことがあるのは天属性ばかりらしい。地属性の希望者は初だと言われた」
「ああ……そういうこと」
属性付与コースの生徒たちというのは、魔術そのものには興味のなさそうな屈強な戦士がほとんどだ。無理からぬ話である。
「抜け穴というやつかな。そもそも利用する者がいないから、天属性に限るとはされていないんだ」
「……本当にいいの?」
「なにを今更」
「そうね……今更だわ」
クラウディオの治療は終わった。
魔力の浪費の原因もわかった。チョーカーは必要なくなった。
たとえば、ヴィエーロに毎月薬を送ってもらうとか、調合法を聞いて自力で製薬する術を身につけるとか。そんな方法で悪夢を封じることができれば、アリンガムに戻って今まで通りの生活をするのには困らないかもしれない。
けれどもう、前に進むと決めた。魂の固着の秘密も明かしてしまった。
突然帰ると言い出せば、道をふさがれるだろう。きっともう遅い。ファルネーゼの出口は四方にある門だけで、通行には許可が必要だ。
もう少し早く、この感情に名前をつけられていたら、別の道を選んでいただろうか。わからない。
「アーシェ。早く戻って休んだ方がいい」
黙って考えていたのを、具合が悪いと誤解されたのか。
「平気よ」
「だが」
相変わらず、心配性だ。
アーシェは小さく笑った。
「兄さまはもうわかっていることだから、話してしまってもいいわね……」
このまま、体調不良と思われているよりはいいだろう。
「実はね、失恋したの」
はっきりと言葉にすると、自分でも事実として受け止められる気がした。
「別になにかあったわけじゃないのよ。なにも始まりっこないの。私が勝手に、ひとりで……、そうなんだなって、わかってしまっただけ」
うつむいて、膝の上にある小さな手を眺めながら言った。
「もう大丈夫。たくさん泣いたし、それで気がすんだわ。熱まで出たのはびっくりしたけど。だから、本当に大したことじゃないのよ」
意味もなく親指の爪と爪をこすりあわせたりして。
自分の指を触っていたら、クラウディオと指を鳴らす話をしたことを思い出した。結局最後まで鳴らせなくて、クラウディオの真似をして、奥歯を噛むことに決めた。
なんとなくそうしたつもりだったけれど、本当は、同じにしたかっただけなのかも。
「それで、さっきね。ラトカの対になった四回生の先輩が、対魔術の時に気持ちがばれないようにする方法とかも教えてくれて……まあ、あちらに変に気を遣わせないように、なんとかやっていくわ」
キースは黙っていた。
「兄さまの方が先に気づいていたわよね? 私の気持ち。こんな話をしてごめんなさい。誰にも言えなくて。でも兄さまになら……」
悩みは、人に話した方がスッキリする。マリーベルがそう言っていた。
確かに、一人で抱えたままでいるより、少しだけ軽くなった気がする。
息をゆっくりと吸い込んで、一気に吐き出した。
「クラウディオ様のような大人の男性から見れば、私はどうしたってそういう対象にはならないわよね。もちろん私が普通に成長していたら、好きになってもらえたってわけでもないけど。こんな小さな体じゃ――」
「おまえは子どもではない」
キースが隣で、小さくしかしはっきりと言った。
「俺はわかっている」
なんて、不器用な慰めだろう。けれど、とても彼らしいと感じた。
「ありがと……」
また甘えてしまった、とアーシェは思った。唇は震えたが、涙はなんとかこらえることができた。




