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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第三章
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シンパシー



「アーシェ、元気になった? どう?」

 土曜の二〇五号室にやってきたのは、ラトカとエルミニアだった。

「はい。もうすっかり」

「あれ? ティアナは?」

「ペルラさんと待ち合わせがあると……さきほど出かけました」

「あー! そうだった!」

 エルミニアはすっかり忘れていた様子で声をあげた。

「ティアナに用事なのですか?」

「いや、アーシェでも。実はさ、これからまたルカーシュと会うことになって……ついてきてほしいんだ。エルミニアだけじゃ心もとないし」

「えー! アタシだって役に立つでしょ」

「いや、ひとりよりふたりって意味でね」

 アーシェは承知して、急いで出かける準備をした。





 中庭の大賢者像の前で本を片手に立っていたのは、なるほど、遠目には美女と錯覚するようなサラサラのロングヘアの持ち主だった。それが亜麻色なのはラトカと同じで、血のつながりを感じさせる。

「やあ、ラトカさん。休みの日なのにごめんね」

 ルカーシュは読んでいた本を閉じて言った。

「いえ……。どうも、こんにちは」

「立ち話もなんだし、そこの空いてるベンチで。……そっちはお友だちかな?」

「あっ、エルミニアです。はじめまして!」

「アーシェと申します」

「ボクはルカーシュ。よろしくね」

 握手を求められたが、アーシェはもちろん後ろにさがった。エルミニアだけが握手した。



「アリじゃん? アタシあれなら全然いけるんだけど。優しそうだし」

 アーシェの体質の話をしながらベンチに向かったラトカとルカーシュを見ながら、エルミニアはアーシェにヒソヒソと話しかけた。

「エルミニア、キース兄さまに罵られたいとか言ってませんでした? 優しい人がいいのですか?」

「そりゃ妄想だからいいんであって、現実には優しくしてくれる男の方がいいじゃん」

「キース兄さまは世界一優しいんですけど!」

「それはアーシェには、でしょ!」

 ラトカが「ひとりにしないでよ」と言いたげに細かく手招きしているのが見え、二人は慌てて小走りに向かうこととなった。



「ラディムに聞いたよ。ボクとは恋愛できそうにないって?」

 ルカーシュはズバリと本題から入った。

「あっ、いえそれは……」

「気にしないで。ラトカさんにも好みがあるだろうし。ただ、ボクとしては、こんなに相性がいいんだから、男とか女とかそういうことは気にせずに組んでいければいいなと思うんだけど」

「はい……あの、兄貴にも言われました。あいつめちゃめちゃ上手いからお前ラッキーだぞって」

「あはは。面と向かってはそんな風に褒められたことないけど。へえ、ラディムがそんなことを」

 ルカーシュは愉快そうに目を細めた。


「あの、ルカーシュさんの卒業しちゃった前のペアって、男の人だったんですか?」

 エルミニアがラトカのうしろから身を乗り出して聞いた。ルカーシュの隣にラトカが座り、ラトカの隣にエルミニア、その更に隣の端っこにアーシェが座っている。なにしろ初対面の男性なので、距離はほしい。

「いや、女性だったよ。でも彼女は故郷に恋人がいるとかで、はじめからボクとは三年の期間限定契約だったんだ」

 カトリンのようなものだろうか。

「ボクはけっこういいなと思ってたんだけど。仲良くやっていたし、もしかしたら残ってくれるんじゃないかって期待もしてたな。でもダメだった。どうせサヨナラするんだから、最後に残ってほしいって告白すればよかったな。なんて」

 冗談っぽい口調だったが、瞳は寂しげだった。

 なんだか共感してしまって、アーシェは会ったばかりのルカーシュを身近に感じた。

「相性のいいルカーシュさんを選ばなかったということは、その方は魔術師の家系ではなかったのですか?」

「うん。でも関係ないでしょ。好きになったら、生まれとかそういうのは。少なくとも、ボクは気にしないな」

 ルカーシュはきっぱりと言った。

「こんな恥ずかしい話をしたのはね、要するに、ボクの恋心が三年間ばれなかった程度には、思考なんて共有されないってことだよ。ラディムたちはキミに面白おかしく話したかもしれないけど、ちゃんと集中していれば、流れていくのは魔術の構成ばかりさ」

「そういうもんですか……?」

 ラトカは半信半疑といった様子だ。

「うん。だからラトカさんが主体の実習の時は、自分の編む構成のことをしっかり考えればいいし、ボクの実習の時は、こっちの構成を盗めるように、ボクから流れてくるイメージに集中すればいい。簡単なことだよ」


 アーシェには気になる話題だった。これから先、クラウディオと魔術を使う時、考えていることがそのまま流れていくのは避けたい。

「あの、私も対を組むことになっているのですが! 思考を共有しないようにするコツは集中以外になにかありますか?」

 ルカーシュは瞬いて、それから少し首を傾げた。

「うーん、そうだな。相性がいいと流れやすいとかいろいろあるみたいだけど」

「ああ、そうなのですね……」

 ではツインではどうにもならないのだろうか。

「やっぱり、構成とは別のことをあえて考えるといいんじゃないかな? 知られてもかまわないようなことを。おなかがすいたなとか。かっこよく決めるぞとか。あとは好きな歌を頭の中で流しておくとかさ。人間、一度に並列して考えられるのは普通、二つ三つが限度でしょ」

「な、なるほど……! 参考になります、先輩」

 それならやれそうだ。アーシェは希望を持った。

 また笑われるかもしれないが、この気持ちが筒抜けになってしまうよりは百倍ましだ。


「まずはお試しで一年間やってみるのはどう? ボクも卒業後どうするかはまだ決めていないし。それまでにボクの技術をどんどん吸収していってよ」

 ルカーシュは改めてラトカを見て切り出した。

「もちろん無理にとは言わない。ボクは他にも組めそうな相手が何人かいるしね。でも九割九分の一致なんてボクも初めてなんだ。キミとの魔術を試してみたい」


「まあ、はい。すごくいい話なのはわかってます。よろしくお願いします……」

 ラトカは根負けしたように言った。

「うん。ありがとう。キミはきっと強くなるよ、ラトカさん」

「……ラトカでいいですよ。っていうか、もうあたしもルカーシュって呼んでいい? 組むなら堅苦しくしたくないし」

「もちろんいいよ。キミはボクの叔母だしね」

「老けた気がするからやめて! ていうか叔母じゃなくていとこ叔母だから」

 ラトカは力強く訂正した。



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