魔術師一族の悩み
「とてもいい感じの方でした! もう決まりです。安心してしまいました。昨日はあまり眠れなくて……」
臨時の面談場となった会議室から出てきたティアナは、晴れやかな笑顔で報告してくれた。
「よかった。私もちらっと見たけど、話が弾んでいたみたいね」
「いーじゃん。さっき出てった子でしょ? 賢そう」
「はい。色々教えていただけそうで。さっそく今度、土曜に会おうねとお誘いいただきました」
「うわー。いいなー。同い年でしょ? 仲良くなれそうじゃん」
三人でペルラについて話していると、最後にラトカが戻ってきた。
「おかえ……え、どしたの」
エルミニアがどんよりしたラトカの表情に固まった。
「ちょっと……話聞いてもらってもいい? なんか……せめて甘いものでも食べながら……」
「う、うん。いいよ? ねっ」
エルミニアに視線をふられ、アーシェもティアナと一緒にうなずいた。
「もちろん。いくらでも聞くわ」
なにかよくないことがあったらしい。ここは友情のみせどころだ。
「ルカーシュ、うちの一族だった……」
注文をすませて移動してきたテラス席で、ため息とともにラトカは切り出した。
大きなパラソルの下の、食堂のすぐ外にあるテラス席は、開放的で明るい。もう少し涼しい時期になれば取り合いとなるだろうが、今は中途半端な時間帯ということもあって閑散としていた。
「そんなうまい話があるかと思ったんだよね。蓋を開けてみれば運命とかじゃなくてただの必然だったみたいな。つまり親戚だったの。二十くらい年の離れた従兄の……葬式で会ったことあったかな? くらいの、その子ども。名前なんていちいち覚えてるわけもなかった」
「へえ。なんかたくさんいるって言ってたね、そーいえば。天属性も多いんだっけ」
エルミニアはデラックスパフェのてっぺんのチェリーをつまんだ。
「血が繋がっていると波形が似やすいと聞いたことがありますが、それだったのですね」
ティアナはレモンシャーベット。アーシェはチョコレートムースを選んだが、夏の終わりの空気はまだまだ暑く、自分もアイスにすればよかった……と後悔しているところだ。
「いやもうほんと……この異常な相性の良さで攻撃魔術コース、なるほどねって感じ! うちの一族ならそりゃ攻撃魔術だよね! ああー」
ラトカはカップに入ったジェラートを前に頭を抱えている。
「それなんでわかったの? 向こうから言ってきた?」
「そう。うちの兄貴がテストの時よく組んでもらってるみたい。対というほどではないけど一応いい感じに対魔術を発動させることはできるくらいの相性があるらしくて」
ヘルムートとクラウディオのようなものだろうか。
「もしかしてラトカさんってラディムの妹? って最初に聞かれたよね。似てるねって。あーあ」
「あのさー。前から気になってたんだけど、なんで対じゃないのに対魔術が発動するわけ?」
「えっ。授業でやったでしょかなりはじめの方に。コズマ先生の話を聞いてなかったの?」
「えー。聞いたかもだけど……」
エルミニアがパフェのアイスをスプーンですくいとりながら口をとがらせる。
「確か、天と地の魔術師が二人で発動する魔術が対魔術。それを特に効率よく発動させられる、波形一致率九割以上の組み合わせが対、ですよね?」
ティアナが言った。さすが、いつも真剣に授業を聞いているだけのことはある。
「そうそれ。その中でも特に契約を結んだ関係のことを指すこともある」
ラトカが補足した。
「ややこしいよー! 別の名前にしといてよー!」
「基本じゃん……気になってたんならもっと早く聞きなよ……」
「それで、なにが問題なのですか? 別に相手が親戚でもよいのでは」
ティアナの発言に、アーシェも同意した。
「そうよね。お兄さんというつもりで。男女の対だからといって、必ず恋人になる必要はないでしょう? 私とディルクさんのように。ディルクさんもさきほど言っていました。コンビとしてやっていく男女もいると」
「それはそうだけど、普通はやっぱさぁ……。毎回手をつなぐし思考も筒抜け……そんなの恋人以外の男とは嫌じゃん。親戚っつってもほぼ会ったこともない他人だし」
「な、なるほど。そう言われてみれば……」
だからたいていの男女の対は恋人になるのか。
初めて対魔術を使ってクラウディオに笑われた時のことを思い出してしまい、アーシェは複雑な気持ちになった。
心を見せてもいい相手。それが対なのだ。
「親戚でも付き合えばよくない? イトコの子なら結婚できるでしょ。そんなにダメ?」
大ボリュームのパフェをすでに半分ほどやっつけたエルミニアがざっくりと言った。東大陸ではいとこ以上に離れていれば婚姻は許されているのが普通だ。昔の貴族では伯父と姪がとか、腹違いの兄妹でとか、そういうのもあったらしいが、現在ではどの国でもタブーとされている。
「ぶっちゃけタイプじゃない。髪とかサラサラでこう、長くてさ。はじめて見た時女かと思った。性格もなんていうかおっとりしてる感じで」
結局問題なのはそこらしい。
そういえば、どちらかといえばヘルムート派と言っていた。ラトカはたくましい男が好みなのか。
「髪くらい切ってもらえばいいじゃん。外見にこだわらないんじゃなかったのー?」
「だって。顔が、親父に似てる……」
「うわ。それは嫌かも」
エルミニアが真顔になった。
「はあああああ……どうしよう……ベストな相手が見つかったと思って浮かれてしまった……きつい……でも断るのはあまりにももったいない……」
ラトカはジェラートにスプーンを立てるばかりで、まだ一口も食べていない。
「は、白紙? ラトカ、共同魔術する?」
エルミニアが精一杯にそわそわを抑えている顔で訊ねた。
「ちょっと考える……冷静になりたい……」
テーブルに突っ伏したラトカは溶けたアイスのようになっていた。




