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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第一章
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はぐれ飛竜の撃退と新しい出会い


 アーシェの小さな足で、追いつけるかは不安だったが、幸いに飛竜が大きくてどこにいるかがすぐわかった。案外近くまで飛んできていた。

 野生の飛竜ではない。背に竜騎兵を乗せるための装備がしっかりと括りつけられている。しかしそれも血にまみれ、無人であった。

 どこかの戦場で主を失って迷ってきたのか。


「アーシェ! なぜ出てきた!」

 どうしてわかったのだろうか、キースの背中に声をかけるよりも先に叱責が飛んできた。

「竜の急所は首の下! 背中側の、鞍がつけてある場所のすぐ上よ!」

 言い訳とかをはさむ余裕もなく、アーシェは叫んだ。

「な……いや、了解した!」

 そんなことは騎士団でも教えていないだろう。当然ケルステンの機密だ。

 アーシェは知っていた。考えるだけであっさりと思い浮かんだ。

 弱点なので防御させたいところだが、そこに何か巻くのすら飛竜が嫌がるのだ。だからずらして鞍を置く。

 幸いなことに飛竜は手負いだった。魔術を受けたのであろう、右の翼は焼け焦げているし、頭部からも流血している。

 さらにキースがすでに数撃入れていたようで、動きが鈍い。

 背中を狙うためだろう、キースが回り込もうと横に動いた時、飛竜は鈍重に羽ばたいてアーシェの側に突っ込んできた。

 止まっているアーシェと動いているキース、なぜアーシェの方に向かったのかキースには理解できなかったはずだ。

 アーシェは手にした器具で胡桃の殻を割っただけだった。


 たったひとつの胡桃でも、飛竜は嗅ぎつける。飛竜の嗅覚は鋭い。だから、強い臭気を嫌う。

(おなかがすいていたのよね)

 胡桃は昔から飛竜の好む実だ。保存のきく間食としてたまたま荷に入れていたのが幸いした。

 アーシェの投げた胡桃が地面に落ち、飛竜の大きな頭が伏せる。

「今!」

 アーシェを救おうと走ってきていたキースがそのまま竜の背に飛び乗った。

「おおおおおっ」

 キースの槍は狙いを外さなかったが、固い表皮にはじき返された。急所を打たれてひるんだ飛竜は大きく吠えた。キースが転がり落ち、アーシェは用意していた次の手を打った。香油の瓶の中身を飛竜の鼻先めがけてぶちまけたのだ。

「かかった! 兄さま、離れて!」

 アーシェも全力で走った。アーシェのお気に入りのとびきりいい匂いのする香油だが、飛竜には毒そのものだ。鼻は利かず、目は涙をあふれさせ、しばらくはまともに機能しない。頭も混乱し、ひたすら暴れるだけの状態になる。

 つまり、逃げるが勝ちだ。

 思ったより力が残っていたようで、もがく飛竜の翼が地面を打ち、土ぼこりの混じった旋風が飛んでくる。足がもつれてすぐに転んでしまう。

 これは手段を誤ったかも、とアーシェは思った。でも、ほかに考えつかなかったのだ。

 咳き込みながらなんとかもっと距離をとろうと立ち上がった時、まばゆい閃光が視界を染めた。一瞬の後、背後から爆発音が轟いた。

「は……」

 なにが、起こったのか。


 空気がチリチリと乾いている。アーシェは痛む耳をおさえてそろりと振り向いた。飛竜は地に伏していた。もうぴくりとも動かなかった。

 魔術だ。急所どころか体の半分に穴が開いている。他の部分も黒焦げになって、地面と一緒にくすぶっていた。恐ろしい破壊力だ。

「ちょーっと威力の調節が甘かったかな?」

 空から声が降ってきた。そこにはまた飛竜がいた。

 ちゃんと人を乗せた、制御されている飛竜だ。

 竜騎兵――うしろにもう一人乗せている。藍色のローブが見える。あの魔術師がこの一撃を放ったのか。


「犠牲者はいないか? 怪我人は?」

 竜騎兵の男が手綱を捌き、飛竜がゆっくりと降下してくる。

 アーシェの前に、かばうようにキースが立った。

「助力を感謝する。こちらは二人だけだ。犠牲になった者はいない。あと一人、離れたところに御者がいるが――無事だな?」

 キースはアーシェに確認した。

「ええ、ちゃんと岩陰に避難しているわ」

「新入生? それにしては後ろの子、ちっこいね」

 男はひらりと地に降り、気安く話しかけてきた。兜を外して脇に抱えると、燃えるような赤髪があらわれた。

「ファルネーゼには竜騎兵もいるのか」

「まあね、オレは別に学生じゃないが。そいつに今すぐ飛竜を出せと頼まれてね」

 そいつ、と顎で示されたのは、飛竜の後部席から降りてこない魔術師だ。いかにもといった雰囲気の杖を持ち、どうやらこちらを見てはいない。

「まァ恩を売っといて損はないからな。はぐれ飛竜が荒地に迷い込んだのに気がついたのはあっちだが、間に合ったのはオレのおかげ! だから謝礼もオレが受け取る。いいだろ?」

 アーシェは笑った。

「ではお名前をうかがっておかなければ。私は、アーシェ・ライトノアと申します。アリンガムより魔術を学びにまいりました」

「オレはヘルムート。ファルネーゼに入るなら家名は名乗らなくていい。中じゃ身分だの家柄だの、無視する決まりでね。よろしく、アーシェちゃん」

「すまないが彼女との握手は遠慮してもらおう」

 差し出されたヘルムートの手を、横からキースが握った。

「キースだ。救ってもらった恩は必ず返そう」

「どーも……。アーシェちゃん、この騎士(ナイト)とどういう関係?」

「彼女は俺の従妹だ。俺を騎士と一目で見抜くとは、ヘルムート殿はさすがだ。いずれ手合わせを願いたい」

「ふっ。ははははは!」

 ヘルムートは愉快そうに笑った。赤い髪を長く伸ばし、一本に結んで背に垂らしている、気持ちのよい男だった。

「なるほどね。イトコか。そりゃ大事にしなきゃいけないよなぁ」



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