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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第三章
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土曜の研究室



「魂の固着?! ……ってナニ?」

「禁呪だな。かなり古い時代の」

 クラウディオの研究室に土曜の昼間から押しかけて、四人で話すことになった。アーシェがいつものようにお茶を準備し、ヘルムートは先日同様デスクの椅子をローテーブルの前に置いた。その反対側にあるソファに、クラウディオとアーシェ、キースが座る。イメルダがいない分、今日はキースも普通に腰掛けられていた。

 クラウディオは、髪色は黒に戻っていたが、肩にかかっていた髪が短くなり、隣に座るとうなじが見えていて新鮮だった。

「死者の魂がめぐって次の命に宿ることは知っているだろう。その魂に、死者の記憶をそのまま残してしまうという術だ」

 クラウディオはいつものチョコレートの缶を出して、ローテーブルの真ん中――つまりアーシェの前に置いてくれた。

「蘇りの術ってやつか……聞いたことがある気はするな」

「そんな術式の名をよく知っているな。あまり一般的ではないと思うが」

 アーシェを見ながらクラウディオが言う。


「それを、私ははじめから知っていたんです。生まれた時には。実際には、その前から」

「……本気で言っているのか?」


「アーシェは、言葉を話せるようになった時点で、大人たちの会話をすべて理解していた。ざっと五カ国語を操れたそうだ。家の者もすべてを把握できたわけではない。それ以上だったかもしれない。ともかく身近な誰も使っていない言語をいくつも話し、書くこともできた。言葉だけではない。知識も豊富に持っていた」

「私自身は、それほど小さい頃の記憶は残っていないんですけど。とてもおかしな子だったようで。気がつけば使用人たちには不気味がられ、避けられていました。人前でなにをしてはいけないのか、少しずつわかりはじめて……五歳の時に祖父が亡くなったのですが、それを機に父が国王様にいただいた新しい領地に引っ越して、使用人を全部入れ替えて。そこからは普通の子どものふりをしていました」

「普通だったか? どう見ても類稀なる天才という感じだった」

 キースが淡々と訂正する。

「か、賢いお嬢様でなんとか通ったからいいじゃないの!」

 アーシェは小声で反論した。


「つまり、君は、記憶を持ち越したということか」

「自分がどこの誰だったかはわからないんです。たぶん術が完全ではなくて。でも夢の中では……ここに来るまで毎日あった悪夢では、私は他の誰かなんです」

 クラウディオが腕を組んだ。

「それだけの教育を受けられた人間となると、平民ではまずありえないな」

 アーシェたちの話を笑い飛ばさず、すんなりと受け入れて考えてくれるのは、想像していた通りだった。


「え……マジかよ……てことはアーシェちゃん……」

 ヘルムートはティーカップを置いてまじまじとアーシェを見た。

「禁呪を使うほどの魔術師といえばファルネーゼにいるのではないかと考え、ここに来たのだ。男に触れられないことも成長が止まったことも、夢の中の人物に関係している可能性が高いと考えている。彼女・・は男を極度に恐れている。その正体がわかれば、糸口も見つかるのではないかと」


「クラウディオ、おまえ使えるか? そのなんとかいう術」

 先にキースから色々話を聞いていたヘルムートは、キースと同じ仮説にたどり着いてしまったようだった。

「え、僕か? 僕には当然無理だ」

「八歳の頃のおまえだよ」

 クラウディオは口元に手を当てた。

「……そうか、逆算すればその年か。魂の固着……確かに禁呪の棚にあったが、あれの方法はさすがに古すぎる。魔術革命より前の古典的な術式しか残っていないんだ」

「けど、()()()()()()んだろ。いけそうか?」

「どうだろう……大がかりだからな……一番簡単なものでも三日はかけないと。相性のいい地術師もほしい」

 準備すればできた、ということか。


「じゃあ仮に、マルツィアが死にかけていたとして、おまえは使うか?」

 ヘルムートの投げた直球に、クラウディオは瞬いた。


「いや、それはさすがに。……ないだろう? まさかだ」

 クラウディオはアーシェを見た。

「君が……。そんなはずは。待て、チョーカーはどうした?」

「あっ。昨日はずしてもらったんです。ちゃんとイメルダ先生の許可を得ています。その話はあとで……」


 クラウディオは少しの間だけ黙って、そして言った。


「確かに僕には当時の記憶がない。協力者がいればやれたかもしれないが、僕ではない……と思いたいな。相手がたとえ母上だったとしても。死なせたくないとは思ったろうが、それに対してあえてあの禁呪を、僕が? ……やはり考えられない」

「では、他の誰かになら?」

 キースが問うた。

「それはもっとありえない。誰か死にそうだったとしても、それを防ぐ手立ての方を考える。わざわざ魂の固着の儀式を用意する必然性がない」

「まあ、だよなぁ……」

 ヘルムートが同意する。


「なぜ僕かもしれないと? 疑いがあるからここに話を持ってきたのだろう」

「まず……、アーシェの夢の中の人物が一番恐れているのが、おそらく現大公だということだ」

「げ。マジ?」

「入学式の式辞で大公が現れたその時、アーシェは倒れている。触れられたわけでもない。ただ声が耳に届いただけで」


「……そんでセザールのことを調べてたのか」

 キースは頷いた。

「男性に拒否感を示しそうな過去を持ち、大公に恐怖を覚えている、十六年前の秋に死んだ女性……それを探している」

「あの男に恨みがあるやつとか……探せばそこそこいそうだよなぁ」

 ヘルムートは天井をにらんだ。


「他には?」

 クラウディオがアーシェを見た。

「ええと、はじめはマルツィア様かとも思ったのだけれど、たぶん違っていて。母さまの話では、私は物心つく前、ひとりごとでよくケルステン語を話していたらしいんです。ケルステン語が母語なのは、マルツィア様にはあてはまらないですよね?」

「そうだな。違う」

「よかった……」

 アーシェはほっとした。なにか気まずいではないか。あくまで過去の魂のこととはいえ、クラウディオと親子だったなどというのは。

「……ああ、うん。驚かせないでくれ……」

 クラウディオも安心したような表情を浮かべていた。突然、母親が生まれ変わっていたかもしれないとか、それに自分が関わったかもしれないとか聞かされては、さすがの彼でも冷静ではいられないのだろう。


「もうひとつは、魔力波の瑕のことだ。後天性の波形異常は、魔力の暴走や波長の食い違いで起こるのだろう。記憶がないとは言うが、確かにその時なにか魔術を使ったはずだ。そして十六年前の秋についたその瑕と、同じものがアーシェについているのが、俺には偶然とは思えなかった」

 キースの言葉に、クラウディオは首をひねった。

「……確かに対魔術や共同魔術の失敗で複数の術者に同時に瑕が発生する場合、似たようなトゲがつくとは聞くが。転生前についた瑕が先天性としてそのまま残るとは……いや、それは誰も観測していない……」

「その場合、過去の私はクラウディオ様と一緒に魔術を発動させたことに?」

 クラウディオはしばしの間をおいてから言った。

「いや、この仮定は不確定要素が多すぎる。いったん置いておこう」


「他に手がかりとかねーの?」

 アーシェはチョコレートを呑みこんでから口を開いた。

「……そういえば、入国管理局で、少し」

 ああ、とキースも思い出したようだった。

「あの手形か。おまえと似た魂を持つ者がいたという」

「それじゃん! なんだよ、早く言えよ」

「エラーが出て……簡易検査のようなもので引っかかったんです。誰か過去に登録した人物に魂が酷似していると……」

「誰かは教えられないという話だったが」


「入国管理局か。あそこでは確かに魂相ソウルマップを読み出している。魔力波の方が個人を特定しやすいが、計測に時間がかかりすぎるからな」

 クラウディオがアーシェの知らない単語を口にした。魂相。あれにはそんな名前があったのか。

「では……」

「わかった。それオレが調べてみるわ。西門だったよな」

「ヘルムート様、ありがとうございます!」

「いやあんま期待しすぎんなよ? データ管理の係官に話のわかる血統派か前大公派がいることを祈っててくれ」


 クラウディオは紅茶を飲み干して言った。

「この話を他の誰かにしたか?」

「いいえ、ここではまだ。魂の固着の話を知っているのは、私の家族と、ファルネーゼ行きを助言してくださった父の配下の魔術師の方だけです」

「イメルダにも話していないのか」

「相談してみた方がいいでしょうか? 禁呪にかかわることなので、打ち明ける時は慎重にと思っていたんです」

「まあ、そうだな……。だが君の体質をどうにかするには必要な情報だろう。やはりイメルダにも共有した方がいいだろうな」


「お話するのが遅くなってしまって、すみません」

「……まあ、誰にでも軽々しくできる話ではないというのは理解する。だが、もう少し早く話してほしかったな」

「は、はい。タイミングが合わず……」

 クラウディオはふっと笑った。

「いや、いい。明かしてくれてよかった」


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