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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第三章
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魔力波形の掲示



 管理棟と第二講堂に挟まれた通路の掲示板に、新入生の魔力波形がずらりと張られている。

 いつもの四人での昼食が終わってから、午後の授業のはじまるまでの間に寄ってみたところ、天属性の波形があるあたりだけまだ人が集まっていた。

「あってほしい! アタシのペア! いてほしい! アタシの未来のパーティメンバー!」

 エルミニアは気合いが入っていた。

「一回生同士のペアっていうのはメリット薄いよ。一緒に成長できるっていえばまあそうだけど。たぶん相性のいい相手が一回生にいても他が選ばれると思うな」

「現実的な意見とか求めてないんだけど~。行こっ、ティアナ」

 エルミニアはティアナの手を引っ張って天属性の掲示の列に並んだ。


「アーシェはDだったよね」

「あ、はい」

 クラウディオのおかげで、ラトカたちにはすでにダミーの魔力波形を見せることができている。

「天のやつを見ないの? Dの4はまあ、いないかもだけど」

「あ……、キース兄さまのがないかと思いまして。ラトカは」

 そうか。エルミニアと一緒に天の掲示を見に行く方が自然だった。自分の対はこの中にはいないという認識で動いていたことに気づいて、アーシェはひやりとした。

「あたしは早起きしてもう朝一番にチェックしたからさ。混むってわかってるからね。……まあ、合うやつはなかったけど」

 地の波形はAから順番に並べられている。キースはおそらく、Bだろうと思って、アーシェはBの掲示の前に立っていたのだ。

「属性付与コースならあっちだよ。あの人たちは基本的に対を募集しないから、別扱いで貼ってあるの」

 ラトカは疑うこともなく、アーシェを属性付与コースの掲示の前に案内してくれた。


 属性付与の魔力波形は、紙のサイズからそもそも小さかった。見る人が少ないため、場所を大きくとる必要がないのだろう。

「あった……!」

 アーシェは背伸びしてその掲示を見た。やはりBだった。

 血が繋がっていると波形が近くなりやすいとのことだったので、アーシェの本来の波形であるBと同じなのではと予想していたのだ。

 キースはBの2だった。思ったほどにはアーシェのとは似ていなかった。

 目には見えない魔力のかたちを、曲線で表した魔力波形。毎日の魔力の動きを記録して、過去四十五日分を記す。記録が四十五日までなのは、それが周期の最大値とされているからだ。

 指先で、その形を描いてみる。


 心もこんな風に見えればいいのに。


「わざわざこんなところで見なくても、キースさんには直接見せてもらえばいいじゃん?」

「それが。最近ちょっと……すれ違っていて……」


 あの日から会っていない。

 キースは朝食の席に現れず、姿を見かけることもなかった。今日は、放課後にいつも中庭で会おうと約束している金曜日だが、はたして来てくれるだろうか。


「アーシェってさ。ほんとキースさんのこと好きだよね」

 ラトカが言った。

「それは。だって、私にとってはたった一人の兄のようなもので」

「ふーん、数が少ないとそんなもんなのかな? あたしイトコのお兄ちゃんとかたくさんいるけど、そんなに親しくないからなぁ。実の兄ですら……。ちょうど三回生にもひとり兄貴がいるけど、目が合っても挨拶もしないよ」

 ラトカはとにかく親戚が多い。以前聞いたのだが、理由は祖母が天属性だったためという。

 天属性の子は天属性になる確率が高いため、天属性の魔術師には多産が推奨されており、ファルネーゼからかなりの補助金が出る。ラトカの祖母の場合、子どもが七人、孫が二十六人、うち六人が天属性だそうだ。なんでも、イメルダも孫が大勢いるとか。

「この間めずらしく話しかけてきたと思ったら、お前がよく一緒にいるあのかわいい子を紹介して、だってさ。彼女と別れたばかりみたい」

 ラトカはため息をついてみせた。

「エルミニアは魔術師の家の子じゃないよって釘さしておいたけどね。まったく……」

「お相手は魔術師の家系でないとだめなのですか?」

「まあ、魔力容量のことがあるし。うちは基本的にみんな魔術師になるからさ。子どもが容量少なくなっちゃうと苦労させるでしょ。いくら残りが見えるようになったっていっても、容量が増やせるわけでもないし、そこは昔と変わらないかな」


 相手を条件で選んで恋愛するのか。そのあたりは貴族と同じだな、とアーシェは思った。

 男性に近づけない上、成長もできない自分には、まるで関係のない話だけれど。

「容量といえば、アーシェは結局どうするの? 姉貴に聞いてみたけど、魔力少な目で攻撃力があるのは」

「君がアーシェ? 実践科Bクラスの?」

 突然、上から割り込んできた声があった。


 アーシェは驚いて振り返った。

「ずいぶん小さいな……まあいいか。どうして男性お断りなんだ」

 青いローブの青年が色付きレンズの眼鏡ごしにアーシェを見ていた。短い髪は派手なオレンジ色で、とても目立つ。


 男の人に後ろに立たれて気づかなかったなんて。後じさるアーシェの前に、ラトカがかばうように出てくれた。


「この子は男性恐怖症。男の人と接触できないから、対は組めないよ」

「ほんとに? せっかく見つけたと思ったんだけど、残念だな」

 青年が肩をすくめた。不思議な存在感のある男だった。周囲からも注目を浴びているのがわかる。そこに立っているだけで、まるで日なたの光を集めているかのようだった。

「僕は紳士だと思うけど。こんな小さな子に乱暴したりしないさ」

「そういう問題じゃなくて……ってダメ」

 ラトカが止めようとしたが間に合わなかった。伸びてきた彼の左手が、アーシェの頭を撫でた。

「ね。怖くないだろ」

「あっ」

 その感触で、アーシェにもようやくわかった。

 骨ばった手。なぜかとても落ち着く感じ。柔らかな声。

「え。大丈夫なの? アーシェ」

 ラトカがアーシェを支えようとした姿勢のまま固まっている。

「なぜか……。なぜでしょうか?」

 アーシェは笑ってしまいそうな口元をおさえるのに苦労した。


 青年は膝を曲げてアーシェの顔をのぞきこんだ。

「はじめまして、アーシェ。僕はディルク。Dの4で周期はピッタリ四十三日、僕たちはとても相性がいいと思うよ。よければ対を組んでくれないか?」


 彼の開いてみせた金時計に示された魔力波形は、アーシェのものとよく似ていた。形も、それがダミーだということも。



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