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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第三章
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強くなる方法



 朝、目覚めると、金時計の時間を確認してレポートに記入する。もう二か月近く続いているアーシェの日課だ。

 イメルダの力のこもった救護術が体を通り抜けたおかげで、すこぶる体調のよくなったアーシェは、そのせいなのか夜もぐっすりだった。眠る前はあんなに憂鬱な気分だったのに。

 今日も、夢の内容は泡のようにはじけて消えてしまった。


 ――あなたのレポート、覚えてないばかりだと困るんですよねぇ。


 先日提出したレポートにそう言われたことを思い出して、アーシェは頭をひねった。

 とにかく楽しくて、なんだかいい夢。と、漠然としたイメージだけを書きつけて、アーシェはペンを置いた。



 放課後には、ティアナを第一講堂横の広場に誘った。初級の練習をした、あのなにもない場所である。

 相変わらず人は少なく、草がまばらに生えている。どうやら研究棟裏の薬草園から種が飛んでくるらしく、種類を見分けられる者にとってはよい無料の採集場らしい。


「実は私のペアというのが、クラウディオ様で……」

 ここに連れ出した時点で、秘密のお話をしましょうというのはティアナにも伝わったようで、人のいない場所に二人でしゃがみこんだ。

「やっぱり。そうだと思いました」

「ええと、ティアナはどこまで知っているの? あの方のこと」

「アーシェは?」

 お互い、なかなか慎重である。

「ええと、ご身分とかを聞いたのだけど。昨日はじめて」

 ティアナはうなずいた。

「アーシェがヘルムート様の従兄弟について聞いてきた時から、そうかもと。ジーノ様がクラウディオという人なのではないかと、思っていました」

「それ……。ティアナがキース兄さまに話したの? ごめんなさい、二人が話しているところをちょっと見かけて。なにか相談していたって聞いたけど」

「はい、私から。アーシェのことが心配で……」


「兄さまが話してくれないことをティアナに聞くのは違うと思うけど……兄さまは私に、クラウディオ様に近づきすぎてはだめって。それは身分のことが原因だったのかと思ったけれど、少し違うような……」

 ティアナは自分の三つ編みに触れながら、小さく首をかしげるようにした。

「ジーノ……クラウディオ様と対を組むのはもう決まっているのよね?」

「他に選択肢がないの。私の波長で限られた女子とだけ同調チューニングするのは全員に魔力の負担がくるって。それで、変装して、クラスに来てくださると」

「そう、ね……。それは仕方がないわね。……やっぱり私より、キースさんから聞いた方がいいと思うわ。私はほんの少し聞いただけで、理由まではわかっていなくて。だからアーシェが知っておいた方がいいことなのかも、判断がつかないの」

「ええ。いいわ、ありがとう」

 アーシェは適当な草をむしった。遠くから自然に見えるように。


「あんな風に想ってくださる方がいて、アーシェは幸せね」

 ぽつりとティアナが言った。

「……そうかしら」

 キースが、従妹であるアーシェのことを、大切にしてくれているのはわかっている。

 そうでなければ、たとえチェルシーから頼まれたのだとしても、好きでやっている仕事を休んでまでこんなところへ来てくれはしないだろう。

 けれどアーシェには、キースに返せるものがなにもない。

 キースはそんなことは気にしないだろう。父から受けた恩もある。アーシェのために自分の時間を犠牲にして、それを当たり前だと思っているのだ。

 アーシェにはそれが心苦しい。もっと、彼自身を大事にしてほしいのに。

「ああいう人になれたらと思うことがあるの。私は、たとえお姉様のことでも、あれほど必死になれるかしらと……。きっと私が弱いせい。余裕がなくて、自分のことで手いっぱいなのです」

「ティアナ……」

 アーシェはそっとティアナの手をとった。


「ねえ、ティアナ。私たち強くなりましょうね。私も、せめて自分のことを自分で守れるくらいになりたいのです」

 同じだ。自分のことでいっぱいで、そんな弱い自分がいやで。

「クラウディオ様に対が見つかると、大公位を継げるようになり、そのことがどうも混乱を招くみたい。私の存在が邪魔になるって……だから、波形を知られてはいけない。そういうことらしいの。クラウディオ様はそのつもりがないようだけど、人からはそうは思われないだろうと。……もしばれたら、狙われるのは私だと……」

 ティアナはアーシェの手をぎゅっと握り返してきた。

「そんなの。そんなのはだめです」

「だから私は強くなるの。いざという時、戦えるくらいに。……攻撃魔術コースに進もうかと思ってる」

 ラトカに色々教えてもらわないとね、とアーシェは付け足した。

「……わかった。それなら私は、アーシェが怪我をしてもすぐ治せるようになる。できるだけ早く一人前になれるように、がんばるわ」

 ティアナはまっすぐにアーシェを見つめていた。

「うん。本当にありがとう、頼りにしてる」





 翌日、アーシェはさっそくラトカに自分の希望を打ち明けた。昼食時のことである。

「攻撃魔術コースに進みたい? アーシェが? やめといた方がいいと思うけど」

 ランチタイムの食堂は朝に比べるとすいている。それぞれの取っている講義によって終わる時間がまちまちだし、昼はサンドイッチだけを買って好きな場所で食べるというような者も多いからだ。

「向いていないでしょうか?」

「だって、言っちゃなんだけど、魔力が……魔術師の家系じゃないし、もう四分の三まで減ってるんでしょ。オススメできないかな」

「え、魔術師の家系じゃないとそんなヤバい? アタシも攻撃魔術第一希望なんだけど」

 ラトカの隣のエルミニアが口をはさむ。

「あんたまで?!」

 ラトカはミートソースのスパゲティをフォークでぐるぐるしながら難しそうな顔をした。

「んー。攻撃魔術は威力を高めようと思えば個人出力をあげていかなきゃだし、一回の魔力消費量も大きめ。そのうえ仕事も傭兵団とか領主に雇われてとかで、現場ではガンガン撃ってかないと自分も危ないみたいなことになるし。正直うちみたいな代々魔術師同士で結婚して魔力容量増やしてきた家の出身じゃないと、厳しいなんてもんじゃないよ」

「ええー……」

 エルミニアはアップルパイをつつきながら口をとがらせた。デザートとして食べているわけではない。なんとエルミニアの昼食はこの一切れのパイだけだ。

 四人でランチをするのが習慣となってから二週間ほど経つが、エルミニアはいつも甘いものを少しだけ食べる。

 夜に寮で食べることになっている食事までもたないのでは、と聞くと、「おやつを食べるから大丈夫」とのことだった。はじめのうちは驚いたが、そろそろ慣れてきたところだ。


「やはり魔力容量は大事なのですね……」

 アーシェの隣でティアナがしみじみと言った。

「まあ、コース分けはまだもうちょっと先だし、慎重に考えなよ。……なんだって攻撃魔術なんかやりたいの?」

「だって、アタシはさー。冒険者になろうと思ってぇー」

「冒険者? 今時?!」

 冒険者稼業がもっとも盛んだったのは二百五十年ほど前の、世界の結界が綻んで辺境に魔物の多く出没していた時期である。アーシェが今読んでいる冒険ものの本も、このくらいの時代を舞台にしたストーリーだ。

「そう。剣を振り回すとかは体格的にも難しいしさ。そんならやっぱ魔術師でしょと思って」

 エルミニアも実は冒険ものが好きなのだろうか。今度お勧めの本について語り合えるかもしれない。

「いや、すごく相性のいい対が見つかったとかなら、それでその相手も冒険者になりたくて一緒にパーティ組んでくれるなら、ありだと思うけど……さすがにそんなうまくはねぇ」

 アーシェには、相性のいい相手ならいる。しかし、クラウディオと一緒にいる時ならたぶん、はじめから問題はないのだ。

 なんとかしなければいけないのは、ひとりでいる時だ。


「アーシェは? なんで攻撃?」

「私はその……身を守れるようになりたくて。実は父が少々恨みをかっていまして。ただでさえ私は倒れやすいので、いざという時、近づかれる前に悪漢を撃退できるようになればと……」

 アーシェはあらかじめ用意しておいた嘘の理由を答えた。

「護身術的なこと?」

「ですかね」

 ラトカはかりかりと頭をかいた。

「まあ盗賊団をまとめて吹っ飛ばすみたいなのじゃなくていいならそこまで威力はいらないけど……身を守るだけなら結界術なんかがいいんじゃない? 小さい防御結界くらいなら、魔術具の補助でそこそこ消耗おさえられると思うけど」

「結界術……! それは何コースなのですか?」

「コースなんて大きなもんじゃなくて、空間制御系の一科目って感じだけど。防護術コースかな? でも他のコースをやってても取れると思う。先生に相談してみるといいんじゃない? そのうちコースについての面談もあるしさ」

「なるほど……参考になったわ。ありがとう」


「ねえアタシは? アタシはどーしたらいいと思う?」

「そもそもなんで冒険者になんかなりたいのさ……。とても食べていけないでしょ」

「だって世界を救いたいもん!」

「できるかぁ!!」

 二人のやりとりにティアナが吹きだしたので、アーシェもつい笑ってしまった。



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