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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第二章
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奇跡的な偶然の一致


 星の魔術師に関係しているとは、どういうことだろう。メモの内容に気を取られていたアーシェは、マリーベルが手招きしている食堂の席に、キースもいるのに気づいて回れ右したくなった。

(忘れていた……! ちゃんと話すと決めたとはいえ、心の準備が!)

 しかし、時間もないし、逃げたところで意味はない。平静を装って用意された席に着く。

「ずいぶん遅かったじゃない。心配してたのよ」

「先生なんて?」

「それが……少し問題があったようで、また放課後に行くことになったんです。ね、アーシェ」

「はい。あの、先輩方、昨夜のことは、少しの間口外しないでいただけますか? 私もまだよくわからないんですけど、見せてはいけないみたいで」

「なんで?」

 ルシアが首をかしげた。

「さあ……放課後に詳しく聞けると思うので、また後で説明します」

「わかったから早く食べちゃいなさいよ、時間ないわよ!」


 キースの視線を感じる。先輩たちにもう何か聞いただろうか? どう話せばいいやら。しかも、クラウディオが関わっているかもしれないのに。

 アーシェは急いでパンを口に入れながら、考えて、ミルクで飲みこんでから言った。

「兄さまにも後で話しますね。今度、ゆっくりと」

「……ああ」

 少し怒っているような響きに聞こえた。うまく目を合わせられない。ああ、でも、時間がなくてよかった。会話のない言い訳になるから。


 アーシェはひたすら集中して朝食を食べた。おかげでとても早く食べ終わることに成功した。

「俺も行こう」

 食器をさげようと立ち上がると、キースが言った。

「えっ?」

「放課後に救護院だろう。俺も行く」

 それは、どうだろうか。イメルダはできるだけ秘密裏に事を進めたい様子だったが。

 しかし、少し不安だったのも事実で、キースがいてくれるなら。

「……心強いわ。ありがとう、兄さま」


 星の魔術師(クラウディオ)に関することならなおさら、あとで話すより直接聞いてもらった方がいいのに違いなかった。





 コズマはメモを受け取り、さっと目を通して、淡々と「そうですか。では座って」と答えた。

「金時計に不具合があって、アーシェさんの魔力波形がまだ完成していないとのことなので、彼女には先週の復習をしてもらいます。皆さんは予定通り、これから各々の魔力波形を写していただきますよ」

 今日はクラスメイトの全員揃う日だった。

 あの子、またなにか問題を起こしてる……。あちこちからそんな視線を感じて、アーシェは小さくため息をついた。


 念のため、とイメルダに相談しに行っていなかったら、ここでコズマに波形異常のことを知らせて、それでどうなっただろう?

 クラスメイトに見られてはいけないほどの症状とは思えないが。魔術師の子のルシアがああいう反応だったのだし。

 もう一人、アーシェが気軽に話せる中でそういうことに詳しいラトカにも聞いてみたい。ティアナの後ろの席で手際よく波形を描いている彼女の方をちらりと見て、アーシェは思ったが、南部古語まで使っていたイメルダの慎重さを思ってやめた。放課後までの辛抱だ。

 コズマの方を見ると、教室の隅のゴミ箱に灰を捨てていた。あのメモだろう。アーシェはなんとなくそう思った。





 午後の授業は少し早めに終わった。

 コズマからは「用事があるのでしょう? 忘れずに行くように」と耳打ちされた。もちろん覚えている。

 アーシェは手早く準備して教室を出た。ティアナが「私はお邪魔かしら? 途中までついて行っても?」と言いながらそばを歩く。

「イメルダ先生がああいう顔だったのだもの、それほど深刻なこととも思えないけど……。あとでちゃんと報告するわ」


「いた! アーシェちゃん!」

 実習棟を出たところでヘルムートにつかまった。

 というか実際に腕を掴まれかけた。アーシェが驚いて手を引っ込めると、あっ、と動きを止める。

「わりーわりー、いや忘れてたわ」

「ヘルムート様……」

 ティアナが間に立ってアーシェをかばってくれる。

「睨むなって。うっかりしただけじゃん」

 ヘルムートは首の後ろをかきながら言った。

「ヘルムート様、なぜここに?」

 アーシェの質問に、ヘルムートは笑った。

「もちろんアーシェちゃんを迎えに来たんだよ。いやー奇跡ってあるんだなぁ。出会いから思ってたけど、やっぱ運命感じるわオレ」

「は?」


「とにかく行こうぜ。こっち」

 ヘルムートが救護院とは反対に歩いていこうとするので、アーシェはとまどった。

「あのでも」

「イメルダから話は聞いてるから。善は急げだ」


「でも……キース兄さまと救護院で待ち合わせを」


「あー」

 なにをそんなに急いでいるのだろうか。こんなに浮かれている様子のヘルムートは初めてだ。

「まあ保護者はいた方がいいか……ティアナ。キースにクラウディオの部屋に来るよう伝えてくれよ」

「えっ。わ、私が。……わかりました」

 ティアナはアーシェと視線をかわしてからうなずいた。

「ヨロシク! じゃあ行こう、アーシェちゃん」





 クラウディオの部屋には、イメルダとカトリンが待ち受けていた。もちろんクラウディオもいる。

「早かったですね、アーシェさん。よく来てくれました」

 ヘルムートの歩くのが早かったのだ。必死に早足で追いかけたアーシェは息を切らしていた。

「お待たせ。新月灯の運び手をお連れしたぜ」

 新月灯の運び手、というのは伝説になぞらえた表現で、現代では希望をもたらす運命的な使者というような意味合いがあった。かなりオーバーな言い回しである。

 謎の歓迎に戸惑っていると、ソファに座っているクラウディオが「こっちへ」と呼んだ。

「とりあえずこれでも飲むように」

「どうも……」

 渡されたお茶はちょうどよく冷めていて、アーシェは一気に飲み干した。


「で……、イメルダに写しを見せてはもらったが。一応、君の金時計を見てもいいか?」

 クラウディオも心なしかそわそわしているようだ。

「私はまだ説明を受けていないのですが、これがそんなに珍しいのですか?」

 アーシェは金時計を開けながら訊いた。

「先天性波形異常は一万人にひとりと言われてる」

「それはまた……」

 とんでもないレアだ。

「……本当に、信じられない。確率的にありえない」

 アーシェの手を取り、金時計の波形をじっと見つめて、クラウディオは呟いた。

「だがこうして目にすれば、信じるほかないな」

 クラウディオが彼の右手首の金時計を開く。

「君の本来の波形はBの3。それ自体はありふれてる。十五人に一人といったところだ。先天性の波形異常がどこに出るか、どれほどの大きさで付くか、現在まで法則は発見されてない。データが少ないからな。今のところどこにでも発生しうるということになっている。それが、たまたま、同じ位置、同じ大きさで付くなんてことが……元の波形も周期も同じで、それが同じ時代の同じ場所に居合わせるなんてことが。どれほどの確率かわかるか?」

 横に並べられたアーシェとクラウディオの魔力波計に示された形は、複写したかのようにぴったりと揃っていた。


「これは……ペアということですか?」

 アーシェは驚いてクラウディオを見た。


「ひょっとして、これが他の男性になくクラウディオ様にだけあてはまっていた条件、という……」

「まあ、その可能性はある。他に見つからないわけだ。瑕のことがなかったとしても、ここまでの一致は珍しい。ペアの中でも、ツインと呼ばれる類だ」

 天地の波長の相性がよい組み合わせがペア、中でも完全に一致しているものをツインと呼ぶ。双は魔力効率が非常にいい、と以前ルシアが言っていたのを思い出す。

「じゃあ、私は魔力を節約できる……? あ、でもクラウディオ様の瑕は後天性、なのですよね。魔力の通りが」

「いや。君のほうを出力先にすれば、対魔術を発動させることはできる」

「その話はあとです! 治療を先にいたしましょう、坊ちゃま」

 しびれを切らしたイメルダが割って入ってきた。


「……坊ちゃまはないだろう、イメルダ」

 クラウディオがため息をついた。

「これは失礼いたしました。ですが、早く試してみたいのです」

「喜ぶのはまだ早いぞ。前例がないんだからな」

「いいえ、必ず成功させますとも。カトリンさん」

 イメルダがカトリンを呼び、カトリンは慣れた様子でイメルダと手をつないだ。

「アーシェさんは……念のためチョーカーを外してください。あなたの魔力も動かしますので」

「は、はい」

 アーシェは首の後ろに手をやり、金具を外した。


 アーシェにもなにが起こっているのかがのみこめてきた。イメルダやヘルムートが喜んでいる理由も。

 なにしろ昨日仕入れたばかりの知識だ。

 魔力閉塞症の患者の病気や怪我は、対を通せば救護術で治療することができる。

 しかし同様の症状を呈する後天性波形異常の者は治療ができない。なぜなら対が見つからないから。――では、もし魔力を通せる先天性の対が奇跡的に見つかったら?


「もしかして、これでクラウディオ様の足を治せるのですか?!」

「いや、だからまだわからない」

「理論上はおそらく可能です。過去に例はないですが」

「ないだろうな……。だからまあ、やってみるしかないということだ」

 クラウディオがアーシェに手を差し出した。


 その手を取るのに、アーシェは一瞬ためらった。

(兄さまが変なことを言うから……)

 妙に意識してしまうではないか。


 しかし、これは純然たる治療のための行為である。

 アーシェは右手をクラウディオ、左手をイメルダとつないだ。カトリン、イメルダ、アーシェ、クラウディオの順に魔力の流れが一本につながった形になる。

「カトリンさん、いつも通りの量で。アーシェさんは楽にして。頭はできるだけからっぽに」

「はい」

 アーシェは雑念を追いやって、目を閉じた。


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