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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第二章
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イメルダの動揺





 翌朝、アーシェはティアナと一緒に救護院の搬送室へ向かった。

 ノックして中に入ると、準備中のカトリンがいて、慌てた様子で近づいてきた。

「まあ! おはようございます。どうなさいましたの?」

「おはようございます、カトリン先輩。イメルダ先生は……」

「もうじきいらっしゃると思いますわよ。それで、どちらが?」

 カトリンがティアナとアーシェを交互に見る。

「アーシェが。私は元気です、カトリンさん」

 ティアナの言葉に、アーシェは付け足した。

「私も具合が悪いわけではないんです。ただ先生にご相談したいことがあって」

「まあまあ。そうですか、安心しましたわ。その……」

 カトリンはティアナに微笑みかけた。

「頑張っていらっしゃるのね。でもご無理はなさらないで。なにかあればわたくしも頼ってください」

「……はい。ありがとうございます」

 ティアナがこたえる。と、ちょうどドアが開いて、イメルダが入ってきた。


「おはようございます、イメルダ先生。アーシェさんがご相談にいらしてますよ」

「まあ。こんな朝早くから」

「申し訳ありません。早めに診ていただきたくて」

 アーシェは頭を下げた。


 イメルダとアーシェが向かい合わせに椅子に座り、うしろでカトリンとティアナが見守っている。

 金時計を開けて魔力波形を見せると、イメルダは顔色を変えた。

「これは……本当に? ちょっと……、もう少しよく見せてください」

 イメルダはアーシェの左腕を取り、手首を目の前に近づけて食い入るように見た。

 アーシェは緊張した。残念でしたね、これでは対は見つかりません。そのくらいの反応だと予想していたのに。

「あの、よくないのですか? 先天性だと思うのですが……」

「先天性、ええ、そうでしょうね。ちゃんと調べてきたのですね」

「同室の先輩に教えていただいて」

「……これを見たのは、その先輩だけですか?」

 イメルダがアーシェに厳しい目を向けた。

「あの。ゆうべ部屋で気づいて。なので同室の先輩二人と、ティアナ――彼女と、それだけです」

 アーシェはティアナの方に視線を向けてイメルダに示した。

「ではもう誰にも見せないで。……これから朝食で、それから授業? 今日は確か、波形を写す日ですね?」

「はい。そうですが……」

 イメルダはなぜか、そわそわしているように見えた。

「この波形を張り出すのはやめた方がいいでしょうね。少し確認を……間違いはないと思うのですが。あとどのくらい?」

 イメルダは自分の金時計を開けて時間を確認した。アーシェのは今、裏返っていて見づらい。

「ちょっと写させてください。カトリンさん、方眼紙を出して」

「はい」

 カトリンが棚を探っている間に、イメルダはなにやら机に置いたメモに忙しくペンを走らせた。

 アーシェはティアナと顔を見合わせる。なんだろう。さらに珍しい形だったりするのだろうか。

 カトリンが出してきた方眼紙に、イメルダがすごい勢いで点を打っていく。アーシェは机に左腕を置いたままじっとしているように命じられ、その芸術的な速さに釘付けになっていた。

 うまい人はこうやって波形を写すのか。首だけ振り返ると、ティアナも興味津々という顔でイメルダの手元を見つめている。

 あっという間に点を書き終わったイメルダは、線をつなぐことを後回しにし、尖っている部分だけを丹念に写し取った。

「よろしい。あとはこのメモをコズマ先生に。必ず授業前に渡してください。時計は決して開かないで。波形が乱れていることも、言ってはなりません。授業が終わったらもう一度ここへ来てください。待っていますからね」

「わ、わかりました」

 迫力に押されて、アーシェはこくこくと頷いた。





 食堂へ向かいながら、ティアナとふたり、首をひねる。

「なんだか、思ったのと違う感じだったわよね?」

「そうですね……。驚いているというより、喜んでいるように見えて……不思議です」

「確かに、ちょっと興奮してる感じがあったわ」

 そんなイメルダは初めてだったので、とても意外だ。

「メモ、なにが書いてあります?」

「さあ……見てもいいかしら」

「だめとはおっしゃいませんでしたよね」

「そう、よね」

 気になる。とても気になる。二人で見つめ合い、足を止めて、アーシェは鞄の中にしまったメモを取りだした。

 開く。


「…………なんですか? これは。ええと……」


 ティアナが瞬きしてメモを見ている。

 読めないのだろう。普通はそうだ。

 アーシェにはわかった。これは、南部古語だ。

 ファルネーゼの周囲の荒地。かつてそこにあった古代の都市。魔族によって滅ぼされた人々が使っていた言語。

 今では周辺の少数民族の間でだけ使われている、マイナーな言葉だ。

 それゆえに、機密を扱う際の暗号としても時々用いられることがあった。


「何語でしょうか?」

「さあ……」


 アーシェは嘘をついた。

 各国から生徒たちが集まるファルネーゼでは、大陸公用語が使われている。これを話せることも、ファルネーゼに入学する際の条件の一つだった。

 貴族は、公用語を使えることは外交などで役立つため、基礎教養として学ぶ。だからファルネーゼの学生は、魔術師の子の次に貴族が多い。もちろん授業料が高いこととも無関係ではないだろう。

 ティアナも、公用語を話しているし、もちろんケルステン語も話せるはずだ。もしかしたら地理的に近いユルヴィル語あたりも学んでいるかもしれない。

 けれどさすがに、南部古語までは、普通は習わない。


 アーシェはメモをたたみ直して鞄に入れた。

「やっぱり見てほしくはなかったみたいね。さ、食堂に行きましょう」

「そうですね」





 コズマ先生へ


 アーシェさんの波形をクラスの生徒たちに見せないで。彼女には写させないで、他の課題をさせてください。

 時計を開けないように言ってあります。守らせて。

 放課後すぐ私のところへ来させてください。

 星の魔術師に関することです。必ずお願いします。後で詳しくお話しします。 イメルダ





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