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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第二章
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先天性波形異常


 傘をさしてマリーベルと一緒に喫茶店から帰ってきた、その日の夜のこと。


 いよいよ、明日の授業で魔力波の全体像を写し取る。

 そしてそれが週末に学内に掲示され、その後五十年に渡って図書室に保管され閲覧できる状態になるらしい。

 そんなわけで、マリーベルがティアナの波形を見ていた。日曜夜の恒例になっていた波形チェックも、これで最後だ。


「これは、C型ね。Cの……2だと思う。ほらこれ」

 ティアナの波形がマリーベルと合わないことはとうにわかっていたが、二人は今日までこれを続けた。約束したから、とティアナは言っていた。

「わたしはD型。Dはあまりいないのよね」

 マリーベルがテキストを広げながらぼやいた。

 魔力波形はひとりひとり違うものだが、おおまかに十六種に分類されていて、多い順にAからD、その中の種別が1から4となっていた。

「アーシェは? ついでだから見てあげましょうか。まあどうせ明日先生が判定してくれるけど」

「じゃあ、お願いします」

 アーシェはふたりのそばに寄っていった。久しぶりに金時計を二重に開けて、魔力波計を出す。

「あら……?」

「え、なにこれ」

 アーシェの金時計をのぞいたティアナとマリーベルが変な反応をした。アーシェも慌てて目の前に左手首を引き寄せた。


 魔力波は、波というだけあって、うねりのある曲線をしている。どの型でも、それは同じだ。

 なのに、アーシェの線は、最後のあたりが一か所尖っていた。ひっかいたように、針のような線が縦についている。

「故障でしょうか?」

 ティアナが言った。

「え、待って。確か……波形異常じゃない? それ」

 青い顔をしたマリーベルがテキストをめくっていく。

「異常」

 アーシェはめまいを感じた。自分の魔力がごっそり減っているのを知った時のような気分だ。どうしてこう、普通でないのだろう。


「ちょっと見せて。どれ?」

 自分の机に向かっていたはずのルシアが、いつの間にかアーシェのそばまで来ていた。

「ほんとだ。歪んでる……トゲみたいなのあるね。はじめて見るわ。天属性よりレアだよ」

「当たってほしくないレアでした……」

 波形が異常? それは、どうすればいいのだ。

「そんな顔しなくても大丈夫。レアだけど、魔術は普通に使えるからね」

 ルシアは穏やかにそう言って、アーシェの肩をたたいた。

「そ、そうなのですか?」

「まあ、(ペア)は絶望的ってだけかな」

「はい……」


「え、そうでしたっけ? 確か波形異常って……」

 マリーベルがページを行ったり来たりしながら疑問を呈した。まだ探している箇所が見つからないようだ。

「んー。先天性と後天性があるんだよ。後天性はヤバいやつだけど、アーシェのは先天性。その証拠に、ヴィエーロ先生の薬がよく効いてるし、前にあたしの使った鎮静術もかかった」

「どう違うのですか?」

 ティアナが訊ねて、ルシアが説明をはじめた。

「生まれつきこんな風に波形が乱れてるのが、先天性波形異常。すっごく珍しい形になるから、(ペア)が組めない。それだけ。後天性は、普通の魔力波形だった人のが、負荷を受けて歪んじゃったやつ。これは治せない。魔力波の瑕って呼ばれてる」

「あ……」

 それは知っていた。

 では、クラウディオの魔力波は、こんな風にどこか尖ってしまっているのか。


「自分の許容量以上の魔力を一気に注ごうとしたり、波形の全然合ってない人と一緒に魔術を発動させようとしたりする時に暴発が起こるんだけど、そういう事故があると、瑕がつくことがあるの。後天性波形異常は、魔力閉塞症と同じ状態になっちゃう。つまり、魔術を発動させるのが難しくて、救護術の効きも悪くなる。もちろん魔法薬もね」

 ルシアはアーシェを見て言った。魔法薬が効いているしそれに、魔力を放つこともできている。アーシェは、間違いなく、先天性ということだ。

「共同魔術をするとき毎回必ず波形をチェックしなさいって厳しく言われるのは、そうならないようにするためなんだよ」

「き、気をつけます……」

 いつになく真剣な表情のルシアに、アーシェはごくりと唾を呑んだ。

「対魔術でも同じ。この人とは合ってるって安心しててもさ、周期が少しずつズレてくってことはあるからね。数年ぶりに会ったペアが、事前の確認をせずに魔術を発動させて大事故ってのが、昔実際にあったんだよ。こう、ちょっとずつのズレがさ、時間の経過で大きなズレになるってこと。怖いからマジで。注意しなね」

「はい……!」

 ティアナもこくこくとうなずいた。



 マリーベルのテキストに見つかった記述は、魔力閉塞症のページにあった。アーシェも読ませてもらった。

 魔力閉塞症は、その名の通り、魔力の通りが悪くなる病気である。魔術師にとっては深刻な病だが、一般人はかかっても気づかないことが多いという。

 健康なうちはいいが、いざ病気や怪我をすると救護術による治療が難しいため、一般人でも早く気付いて備えたほうがよい。

 魔力閉塞症そのものを治す方法はまだ見つかっていないが、患者に魔術を通す手段はある。それが、ペアを利用することである。

 対魔術は共同魔術と違い、互いの魔力を解け合わせることで発動する。この仕組みを利用して、患者の対を探し、救護師から対へ、対から患者へ術を流すことで、患者の治療を行うことが可能になる。


 魔力波に瑕を受けて後天性波形異常となった場合も同様の症状を呈する。ただし、波形異常には対を見つけられないため、治療は困難となる。

 後天性波形異常は魔術事故によって発生する。くれぐれも、そうならないように。

 ――要約するとこういう感じだった。





(魔力が減っていたことといい、今回のことといい。私ってつくづく、魔術師に向いていないんだわ……)

 アーシェはルシアやマリーベルたちと違って、魔術師になりたいという強い希望があってファルネーゼに来たわけではなかった。

 国に戻ってから魔術師として仕事ができなかったとしても、生活に困ることはない。

 だとしても。

(まるで魔術師にはなるなって言われているみたい)

 ここに来てから、少しずつ勉強して。魔術師を目指して頑張っている友人たちに囲まれて。自分も同じようになろうと努力してきたつもりだったのに。

(ちょっと、いや、やっぱりかなり。へこむなぁ……)


 枕に顔を押し付けながら、アーシェはひとり、寝付けずに考えていた。

 念のため、明日、朝一番にイメルダ先生に見てもらいましょう。そう言って、ティアナが一緒に行くことを約束してくれたというのに。

 ただでさえ、キースとクラウディオのことで頭がいっぱいだったところに、新しい問題が飛び込んできて、処理しきれない。

 睡眠不足が続いているのに、変に頭がまわっている。ちっとも眠れそうな気がしない。

 普通に。ただ普通になりたいだけなのに。



 暗い部屋の中、小さな声がふってきた。

「アーシェ、起きてるでしょ」

 意外なことに、いつも一番にすやすや眠っている、ルシアの声だった。

「はい……」

「ちょっとそっち行っていい?」

「はい?」

 しばらくごそごそいったかと思うと、ルシアが梯子をおりてきた。

 この部屋の二段ベッドは、アーシェの上がルシア、マリーベルの上がティアナという配置になっている。


「ふふ。二人を起こさないようにしないと。おじゃましまーす」

 ルシアはアーシェの隣にもぐりこみ、頭からブランケットをかぶった。

 ひとつのベッドにふたりで横になるなんていつぶりだろうか。

 ルシアは、おでこのくっつきそうな近くで、そっとアーシェにささやいた。

「落ち込んでるでしょ」


「ええと、すこし」

「うんうん。びっくりするよねー。あたしもした」

 息が届く距離の声は暖かかった。

「まあ、地属性は元々、ペアが組める子は少ないから。気にすることないよ。……すると思うけど」

「ですね……本当はちょっとだけ期待していました。いい対が見つかって、魔力がうまく節約できたらなと」

「ねー。あたしも最初はドキドキしたなー。張り出されてから一週間くらいはソワソワしてたかな。カッコいい人に申し込まれたらどうしよー、とかね」

「ふふふ」

「ひひ」

 笑い声がくすぐったい。


「地属性はやっぱ、しんどいよね。あたしはまだ魔術具メインだから楽な方。マリーベルなんかも苦労してるけど、魔力容量とかで悩んで、中途退学する子、時々いるんだよね」

「……入学したら、卒業まで出られないと聞いていましたが」

「や、卒業までファルネーゼを出られないってのは、卒業するならって話。まあ色々事情はあるからさ。金時計は外せないけど、退学はできるよ。特にあたしみたいな庶民の子はさ、学費も高いし。二度と戻ってこられない上に手続きも面倒って聞くけど、どうしても芽が出ないとなったら……ね」

「そうなんですね……」


「あたしが二回生の頃、同室で同じクラスって子がいてさ。あんたとティアナみたいに。毎日一緒に教室行って、仲良くしてて。でもある日ふっと辞めちゃった。なんにも言わないでいなくなっちゃったの」

 小さな小さな声が、ブランケットの中でだけ響いている。

「あたしとは波長も近くて、授業でもいつも共同魔術で組んでてさ。魔力もまだまだ残ってたしそんな悩んでるなんて思わなくて……どうして気がついてあげられなかったんだろうって、今でも時々……」

 そんなことがあったなんて。友達と突然、会えなくなってしまうなんて。

 アーシェは寒くなって、体を少し丸めた。


「あんたはさ、色々大変だから、いくらでも愚痴言っていいんだからね。あたしにできることは少ないかもしんないけど、聞くくらいならできるし。友達の悩みを知らないままの方が、さみしいし。ね」

「……はい」

 ルシアが今、どんな顔をしているのかは見えなかった。近くて、暗くて。

 でもとても優しい口調だった。

 特徴的な鼻にかかった声は、まるですすり泣いているようにも聞こえた。

「マリーベルも辛いとこだけど、あれは頼られると張り切るからさ。どんどん頼って。あたしも一応見とくし」

「そうですね……はい。マリーベル先輩は本当に、頼りになります」

「うん。あたしよりもね」

「そんなことは……」


「あとさぁ。そのー、星の、アレ。もうちょっと自分でやってみるからさ。そんでマシになったら言うから、その時紹介してよ」

 照れくさそうに付け足されたお願いに、アーシェはうなずいた。

「はい。お待ちしてます」

 ルシアはするりとブランケットを抜け出して、とんとんとアーシェの腕のあたりをたたいた。

「ん。じゃあ、オヤスミ」

「おやすみなさい」

 あくびと一緒にルシアは梯子をあがっていった。アーシェは、この部屋になって本当によかった、と思いながら目を閉じた。





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