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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第二章
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次なる暗示と好奇心



「今回は前回の反省を踏まえて、新たな検証をいたします」

 救護院のイメルダの部屋に、イメルダとフルヴィアとカトリンという先週と同じ顔触れがそろっている。ちなみに、搬送室にはちゃんと代わりの先生が詰めているらしい。

「はい、先生」

 アーシェはうなずいた。今日はどのような実験をするのだろうか。

「こちらに座ってください。暗示をかけますので」

「男性が女性に見えるようになるのですか?」

 それはそれで、なかなか面白そうである。アーシェは言われたとおりに腰掛けた。

「いいえ、女性が男性に見えるようにします」

 フルヴィアは答えた。

「え、嫌です」


「……」

「……」


 ほとんど反射的に即答してしまったが、どう考えても嫌すぎる。

 前回は世界に男性がいなくなったかのような解放感があったが、その逆ということではないか。男性だらけになってしまう。たとえ見かけだけだったとしても、断固拒否したい。


「……まあ、そうおっしゃらずに」

 フルヴィアは赤いルージュの唇で笑みを作って言った。

「な、なぜですか? 逆でいいではありませんか」

「男性への認識を変えるのは前回やりましたからね。不完全な結果だったとはいえ、今回やり直したところでそれほど差異が出るとは思われません。それなら、女性を男性に見せかけ、それにどう反応するか確かめるほうが有意義です」

 イメルダが説明してくれた。それはそうかもしれないが、嫌なものは嫌である。

「ですが……男性が増えるというのは……」


「困りましたね。アーシェさんの同意が得られないと、暗示をかけるのは危険です」

 フルヴィアの言葉に、イメルダがため息をつく。

「どのように変化するかは、前回のように予告せずにおいたほうがよかったですね」

「抜き打ちはやめてください……!」


「まあまあ、アーシェさん」

 見かねたように、それまで黙っていたカトリンが声をかけてくる。

「それほど深く考えなくてもよいのでは? ほんの短い間だけのことですわ。このあと、数人の方に協力していただいてテストすることになっていますが、それが終わったら暗示がさめるまでここで待機すればよいのですし」

「カトリン先輩……」

 カトリンはいつも穏やかだ。ラトカのように短い髪だが、目鼻立ちの整ったスレンダー美人で、男性的な印象はない。

 しかし、そうか、この後男性になったカトリンが見られる? どんな美形だろうか。アーシェはがぜん興味をひかれた。

「わかりました。やってみます!」

「その意気ですよ、アーシェさん」


「おや、気が変わりましたか? よろしい。すぐやりましょう」

 イメルダはカーテンを引いて、明かりを消した。

「カトリン先輩、戻ってきてくださいね?」

「ええ、もちろんですわ」

 カトリンはイメルダと一緒に部屋を出た。アーシェは薄暗くなった部屋の中で、ふたたび水晶玉のあかりをのぞいた。



 短い黒髪、切れ長の瞳、すらっとした体躯、想像以上の美青年が出てきて、アーシェはたいへん満足であった。

 前回少年に見えていたものがちゃんと体に合った服を着ていたように、服装も男性のものに変わっている。優しげな雰囲気だけがカトリンの名残を残していた。

「カトリン先輩、とても素敵です!」

「そ、そうですか? うふふ。照れますわね」


「はい。アーシェさん、ではまずカトリンさんと握手を」

 イメルダがおじいさんの声で言った。

 アーシェは緊張しながら手を差し出した。男性に見えるが、これはカトリンだ。いつもの先輩だ。自分に言い聞かせて、深呼吸する。

「行けます……!」

 しっかりと握手をかわせた。特に吐き気もない。

「これは大丈夫です。なんともありません」

「目には男性に見えていても、あなたの意識は女性と認識していますからね。これは予想通りの結果です。テストはこれからですよ」

 渋いおじさまになったフルヴィアが言う。

「というと……」

「今から数人、交代で部屋に入ってもらいます。今回はあなたの知らないであろう人物を選んでいます。部屋に入ってきた男性が、本当は男性なのか女性なのか、わからないようにするためです」

「な、なるほど。それで、もしかすると」

「握手してみてください」

「そうなりますよね……!」

「大丈夫です。倒れてもいいようにうしろで待機していますからね」

 これはなかなかの試練である。

「頑張ります……カトリン先輩、応援してください……」

「ええ、もちろん。ここで見ていますわ」

 女性言葉なのが残念だが、美声である。アーシェは覚悟を決めてテストに挑んだ。



 ひとりめは、女性だった。

 見た目だけではまったくわからなかったが、とにかく手を出してみると、いつものような抵抗感がなかった。それで、すんなりと握手できてしまった。

 ふたりめは男性だった。香水を使ってそれらしく準備したそうだが、手を近づけると背筋からぞわぞわした。なんとか触れるところまで進めようとしたが、無理だった。気持ち悪すぎてギブアップし、イメルダの「その通り、男性です。なかなかやりますね」の声で帰っていった。

 さらに男性、女性、男性と続き、アーシェは全問正解した。ぐったりしてへたり込んだところ、カトリンが背中をさすってくれた。

「あなたの感覚、鋭敏ですね……思った以上の結果でした」

「うとうとしていても男性に反応するのでしょう? さすがですね」

 先生方は褒めてくれたが、まったく嬉しくない。

 と、イメルダがそばにやってきて、こう囁いた。

「ふたりめの男性、彼は魔力波に瑕が。クラウディオさんに連絡を受けて用意していました。……残念ですが、条件は違ったようですね」

 なんと、テストはひとつだけではなかったようだ。

「ありがとうございます……」

「安心してください。暗示はもうやりません。少なくともしばらくは……。回数を重ねることは、あまりよくありませんからね」

 フルヴィアがそう言ってくれたので、アーシェはほっとした。とにかく疲れるテストだった。

「ゆっくり休んでいってくださいね」

 カトリンはそう勧めてくれたが、アーシェはしばらく休んでカトリンと談笑した後、体が楽になると、暗示がさめるより前にイメルダの部屋を退出した。

 せっかくなので。試練を耐えたので。男性だらけに見える学内を歩き回るのは嫌だが、好奇心には勝てないので。





 アーシェはまっすぐ女子寮へと向かった。中には絶対女性しかいないからだ。そしてたぶん、この時間なら部屋にいるはず。

「ただいま!」

 二〇五号室の扉を開けると、思った通り、ルシアがいた。ローテーブルの上にたくさんの部品が広げられているので、間違いなく彼女とわかる。

「おかえりぃー」

 のほほんとした口調、男性の声になっても相変わらずだ。たれ目も同じで、しかし体格はなかなかがっしりして見える。


「ふふふ……ルシア先輩、いいですね……とても新鮮です……」

「どした?」

「実は私、今先輩のことが男性に見えていまして」

「えっ。それ嫌じゃないの? あ、先週言ってたやつの続き?」

「はい。先輩とわかっているので、嫌ではないです。男性に見えていても、女性に対しては体が拒否しないこともわかりました」

「へー。色々複雑なんだね」

 言いながら、ルシアはちょこっと魔術信を組み立てている。思ったほど小型化できない、と先日から悩んでいるようだ。


「先輩、実は……、私、お世話になっている研究生の方がいらっしゃるのですが」

「うんうん」

「その方、魔術具の設計に携わっていて。ごめんなさい、ちょこっと魔術信のこと、少しだけ話してしまいました。興味があるとのことだったので、一度見せに行きませんか? アドバイスがいただけるかも……」

「えー?」

「ほ、本当にごめんなさい!」

「いや、いーけどさぁ。うーん、アドバイスかぁ……」

「その方も以前、小型化について色々工夫していらっしゃるようだったので」

「ふーん。どんな魔術具?」

「ええと……。金時計です」

「金時計?!」

 ルシアは手にしていた工具を取り落とした。


「星の魔術師様なのですが……」

「ちょちょちょちょっと待って。神じゃん。待って。なんで?」

「ここだけの話にしていただきたいのですが、とても親切な方なんです」

「いやいやダメだから。さすがに見せられるレベルにないから。恥じゅかしすぎる」

 慌てているためかちょっと噛んでいる。こんなルシアはなんだか珍しい。

 星の魔術師の名はそんなにも影響力があるのか。さすがだ。

「そうですか? 人の努力を笑うような方ではないですよ」

「いやややぁー」

 と、いつの間にやら扉が開いていた。


「なに騒いでるの?」

「あっ。おかえり……」

 赤い髪の男性が立っていた。ぱっちりした目がマリーベルらしさを示している。

「まあ、マリーベル先輩ですね! よく帰ってきてくださいました! かっこいいですよ」

「は?」

「いやーなんか、暗示だって、例の。あたしたち男に見えてるみたい」

「ああ。そういう」

「そうなのですか?」

 マリーベルのうしろから、もうひとり。

 歩み出たその姿に、アーシェは衝撃を受けてしまった。

 口調と髪色から、ティアナだというのはわかるが。

「えっ。ティアナ……今まで出会ったどの男性よりも素敵なのですが……信じられません。キラキラしてます……」

「あはは、好みなんだ。あははは。よかったねティアナ」

「ええっ?」

 驚いたような表情も、声も、全てが完璧に理想的だった。

「もっとよく、近くで見つめてもいいですか?」

「えっ。そ、そんな。えっ。ど、どうぞ……?」

 さすが、親友である。許可をもらったので、アーシェはさっそく近づいて、その手を両手で包み込むように握りしめた。

「ティアナ。可愛いねって言ってみてください」

「あっはははははは!」

 苦しい助けて、とルシアはもだえ、マリーベルは「言ってあげたら?」とけしかけた。




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