ひみつの相談
「なるほど、おまえが相手を男性と認識していなければ、倒れるほどのことにはならないと……? 確かに有意義な検証だな」
「まあ、手を握られている実感すら弱かったので、結論は次週となったのだけど……」
翌日、待ち合わせた中庭のベンチで、アーシェはキースに昨日の経緯を説明した。
中庭と短く呼ばれているこの場所は、正式には大賢者広場という名前があるらしい。管理棟と実習棟、救護院に三方を囲まれており、授業の合間の休憩や生徒たちの待ち合わせによく使われている。
「それで、終わってもまだ効果が続いていたから、私クラウディオ様に会いに行ったのよ。小さなクラウディオ様、どんな風かと思って。そうしたら! 想像以上のかわいらしさで!」
思い出しただけでニヤけてしまうあの美少女っぷり、照れたような表情も素晴らしかった。
「私だけしか見られないというのがとてももったいなかったわ……。ヘルムート様も途中でいらしてね、予想より貴公子然としていて、キリッとしたお姿でした」
キースが小さく息を吐く。
「おまえは昔から子どもが好きだな」
「ええ。もちろん、一番かわいいのはコリンですけどね! そういえばアランとエディは元気?」
アランとエディは、キースの弟だ。二人とも十歳で、つまり双子である。
キースが王国騎士団の近衛隊に入隊する前までは、彼に連れられて一緒にライトノア家に来ることもあったが、二人はたいていコリンと遊ぶのに夢中で、アーシェにはあまり懐いてくれなかった。
「さあ。何も言ってこないのだから、元気だろう」
もう四年近く会っていないので、どんな風に成長したやら、再会を楽しみにしているが。
「えっ。手紙を書いてないの?」
「まだアリンガムを発って二月も経っていないし、特に問題も起きてない」
「な……、なにも起きていなくても元気ですと報せるでしょ? 伯母さまには?」
「騎士団で王都にいた間も半年に一度くらいしか手紙は出してない。それで充分だ」
キースにそんな不義理な一面があったとは。アーシェには意外だった。
「……私にはしょっちゅう送ってくれてたじゃない?」
少なくとも月に二通は来ていた。
「それは…………、おまえが暇だろうと思って」
こんなところでまで気を遣われていたとは。やっぱり毎週のように手紙を出すのは迷惑だったのかもしれない。ちゃんと返事が来るから、筆まめなのだと思い込んでいた。
「ええ、もちろん何より楽しみにしていましたけど! 伯母さまだってアランとエディだって、きっと待っているわよ。もう、今度私が手紙を書くときには兄さまにも付き合ってもらいますから」
「はあ……、別に構わないが」
手紙をファルネーゼの外部に送るためには管理棟の事務室まで行って申請しなければならない。そのまま専用の用紙を渡されて監視の下で書き、最後に検閲されてから封をされる。かなり厳重で面倒で、キースの気が進まないのも無理はないが。慣れればどうということはない。別にやましい内容ではないのだし。
「話がそれてしまったわ。あのね、実は報告があるのよ」
アーシェは声をひそめた。
「昨日、研究室に押し掛けた甲斐があって。……クラウディオ様に父親のこと、聞けたわ」
キースも応じて身をわずかに寄せてくる。と、間の悪いことに、そこでキースを呼ぶ声がした。
アーシェがびくっとして見回すと、手を振って近づいてくる大柄の女性がいた。
「いやー探した探した。明日の一限だが、場所の変更が出たぞ」
ブルネットの髪をポニーテールにしている、なんというかお胸もお尻もバッチリ出ている感じの、迫力ある女性だった。
「ああ……、どこだ?」
「五号室ではなく、演習場前に集合とのことだ」
アーシェと目が合うと、彼女は歯を見せて笑った。
「例の妹御か? 可愛らしいな!」
「あ、あの、どうも……」
(例の? 兄さまは私のことを属性付与コースでどんなふうに話しているのかしら?)
「ジョエルだ。キースとは同じクラスでな」
「アーシェです。キース兄さまがお世話になっております」
握手すると、その手の大きさにまた驚いた。アーシェがこれまでに出会ってきた女性たちとはまったく違う、がっしりした女戦士の手だった。
「うん。お前の兄さまは強いぞ!」
そう言ってキースを見て、また笑う。
「邪魔をして悪かったな。ではまた明日!」
「ああ、ありがとう」
ジョエルは颯爽と去っていった。普通に歩いているように見えて、一歩が大きい。
「彼女はうちのクラスでは唯一の女性でな。女だてらに腕の立つ剣士だ」
確かに、見るからに強そうだった。自信にあふれて、生き生きとしている、魅力ある人だ。
「……親しくしていらっしゃる?」
ついつい、先日のことが頭をかすめて聞いてしまった。
妹としてはやはり、そういうことは早めに把握しておきたいではないか。どうやら本当にモテるようだし。こちらにも心の準備というものがある。
「いや、特には」
そう返してから、キースはなぜか焦ったように付け加えてきた。
「別に俺がクラスメイトと親しくできていないということはないぞ。ただ彼女は」
キースはそこでいったん区切って咳払いした。
「彼女は公言しているので話すが……、ユルヴィル人なんだ」
「なるほど、東のお隣さんでしたか……」
アリンガムは南の隣国シスネロスとは関係良好なのだが、東の大国ユルヴィルとは長年にわたり衝突を繰り返している。
アーシェの父スティーブンが東方守備隊を任されているのも、アリンガムにとって東の国境が一番危険だからだ。
「彼女も俺がアリンガムの騎士だということは察していると思うのだが。ああも屈託なくされると、対応に困ってしまってな……少々苦手なのだ」
国と国とのしがらみは、ファルネーゼでは見ぬようにするもの。
とはいえ、そうあっさり割り切れる人間は多くない。キースでもそうなのか。いや、騎士団に所属していれば当然の意識なのかもしれない。僚友が戦死していたりするわけだから。
アーシェ自身は、ユルヴィル国はともかく、人にまでは特別悪い感情は持っていない。これまで直に接することはなかったし、ファルネーゼに来てから様々な国の出身者と知り合って、どの国の人でもそれほど違いはないと感じていた。同じ大陸に生まれて、魔術を学ぶという共通の目的をもって集まってきた仲間だという意識を持っている。
(でも私だって……、父さまや兄さまになにかあれば、きっと許せなくなる。そういうものよね)
けれど、少なくとも今は、そんな気持ちから自由なままでもいいだろう。ブレーズだって悪い人ではないし、ジョエルも。
「でも、感じのいい方でしたね」
「まあ、そうなのだが。だから困っている」
「ふふ」
アーシェは小さく笑って、それから秘密の相談に話を戻した。




