実技のテスト
「共同魔術では波長を揃えることはもちろんですが、同じくらいの出力にすることも重要です」
コズマが教壇に立って話しており、実践科Bクラスの四十人がそれを聞いている。
「バランスを崩せば暴発しかねませんので、はじめのうちは皆少しずつの力でやることです。まあ、初心者はたいていそこまでの出力は出せませんが、自分は出せるぞといって張り切る人が一人混ざると大変なことになりますから、足並みを揃えることを忘れないように」
実は、クラスメイトが全員揃うのは久しぶりだった。はじめのうちの授業はどうしても基礎的なことになる。魔術師の家に育った子にとっては常識であり、退屈な内容なのだ。
そこで希望者はテストを受け、結果次第で実習がはじまるまでの授業のほとんどを免除してもらえることになっていた。そのかわり希望コースの予習レポートを提出しなければいけないようだが。
「共同魔術のメリットは、一人では出力の足りない状態を補えることです。魔術師の仕事は、落石による通行止めを早急に解除してほしいというような、大物の依頼が多いですからね。一人では持ち上がらないような重量のものでも、五人の力ならすっと上がります。もちろん、修行によって個人の出力をあげていくことも大事ですが、一人で頑張りすぎると容量を喰いますから、ほどほどに」
アーシェとティアナはもちろん皆出席の初心者組だ。そして、ブレーズも。最近になってわかってきたのだが、彼は多分、ユルヴィルから来ている。時々、毛色の似た仲間たちと集まって、なにか深刻そうに話しているのが聞こえてしまって。戦線がどうとか、あそこはもう危ないとか。
アーシェの遭遇したはぐれ飛竜も、おそらくケルステンとユルヴィルの戦いで傷ついたのだろう。空っぽの、血にまみれた鞍を思い出して、アーシェは暗い気分になりかけた。
いや、集中、集中。今は授業中だ。
「さて、対魔術では出力を揃える必要がありません。対魔術は出力が大きくなればなるほど共同魔術とは比べ物にならない破壊力を発揮しますが、正直仕事をする上ではそこまでの力は必要ありません。大きすぎる力は害ですよ。よく覚えておくように。特に天属性のおふたり、あなたたちは対魔術を常とするのですから、忘れないで」
コズマはブレーズとティアナのそれぞれに目を配って釘を刺した。
「対魔術が有用なのは、魔力を節約できるから。これに尽きます。百の力を出さねばならない時、共同魔術では、たとえば五人でそれぞれ二十、四人なら二十五の力を必要としますが、対魔術では十ずつで済みます。もしくは対魔術ですから揃えずに、二十と五、などでもよいわけです。どちらかの出力が強ければ、片方が弱くても威力が出せるのが対魔術の強みですね」
なるほど、天属性が増幅器扱いされるわけである。
「ここまでで質問は?」
アーシェの斜め前で元気に手が上がった。
「はい、エルミニアさん」
「二人じゃなくて、地属性と地属性と天属性、みたいに三人で魔術を発動できないんですか?」
「そのようなことも初期には試みられましたが、いずれもたいへんな事故を起こして失敗しました。命が惜しければやらないことです」
こーわっ、と呟きながらエルミニアが着席する。
「もうありませんか? では次のページ。共同魔術では、コントロールを担うのは一人です。主術者と従術者というように呼び分けます。主術者は全員の魔力をまとめて方向性、速度、属性などをイメージして発動するわけですから責任重大ですよ。もちろん一番上手な人に任せるのが普通ですが、授業では全員持ち回りですから練習を怠らないように」
アーシェはテキストをめくった。全員に配布されるこのテキストは、もらえるわけではなく貸し出しなので、書き込みなどはできない。丁寧に使って次の新入生に渡すことになる。知識はすべて、自分の頭に入れて持ち出せということだ。
「対魔術ではこれがまた少し異なります。共同魔術のように完全に主術者と従術者にわけてもよし、それぞれで得意な分野を担当してもよし、なのです。一人がコントロールしながらもう一人が放つこともできますし、慣れた相手となら方向と速度を分けたりもするようです、これはかなり高度なのではじめのうちは真似しないように。それから――」
講義が終わると、実技のテストがあった。このために今日は全員参加が言い渡されていたのだ。
実技すなわち、初級本のあれである。
アーシェはティアナとうなずきあった。大丈夫、ばっちり。
名前を呼ばれた者から前に出て、コズマの用意したインク壺を、インクをこぼさないように動かすのが課題だった。
みんなちゃんと会得してきたようで、失敗する者はひとりもいない。間に合って本当によかった、とアーシェはしみじみした。
チョーカーを外して順番を待っているうちに、アーシェは面白いことに気づいた。
「なんだか、指を鳴らしたり、小さな杖を使っている人がいたりして、魔法っぽいわね」
「そうですね……形から入る感じなのでしょうか?」
ティアナと話していると、横からラトカが口をはさんできた。
「あれはね、自分に制限をかけてるんだ。魔力を使うことに慣れれば慣れるほど必要だから、自分がどれにするか今から考えといた方がいい。参考になるし、見て、気に入ったやつを真似したらいいよ」
ラトカは魔術師の子だ。ルシアとは違い、攻撃魔術系の家だという。
「制限、ですか」
「思ってる内容を魔力で出力することに慣れてくると、落としたペンがちょっと届かないみたいな時、ふっと引き寄せちゃったりする。無駄遣いってやつ。そのくらいならまだいいけど、喧嘩してかっとなった時に相手を吹っ飛ばしたりとかね。実行する気がなくても考えただけでやっちゃうってことがどんどん起こる。危ないんだよ。だからそれを防止するために、魔力を使う時の自分なりのキーを決めておいて習慣化するの。口に出すのでも、動作でもいい、ワンクッションのなにかをね」
言われてみれば、そういうことをやっているのはみんな、あまり見慣れない、つまり初級授業を免除されている生徒たちだった。
「なるほど……」
手を叩いている者、動け、と喋る者、こめかみに指を当てる者、本当に様々だった。どれが格好いいかしら? アーシェは観察に精を出した。
「ありがとうございます、ラトカさん」
ティアナが頭を下げる。
「いいよいいよ。何でも聞いて」
ラトカは、他の魔術師の子と同じく授業を免除されていたが、暇だからと言ってしょちゅうクラスに来ていた。たぶん、初心者組であるエルミニアと仲が良いせいもあるのだろう。
「次、ティアナさん」
「はい!」
コズマに呼ばれて、ティアナが前に出ていく。
アーシェは心の中で「がんばれ!」と応援した。緊張の面持ちのティアナは、以前やったように手のひらを指を揃えて出して、そっとインク壺を持ち上げ、ゆるやかにおろした。
「はい、合格。ではアーシェさん」
アーシェはティアナといれかわりに前に出た。教卓の上にインク壺があるのだが、アーシェの背丈ではやや高めの位置である。
「……踏み台がいりますか?」
コズマに聞かれて、アーシェは首を横に振った。
「いえ。大丈夫です、たぶん」
アーシェはかかとをあげて、背伸びしながら課題をこなした。




