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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第二章
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待ち合わせのベンチで



「そろそろ起きてください。よろしいですか?」

 頬を軽く叩かれて、アーシェは目を開けた。

「二〇五号室、アーシェさん。マリーベルさんが迎えに来ていますよ」

 寮監のジャンナがあきれたようにアーシェを見下ろしている。アーシェはあわてて体を起こした。

「じき消灯なので帰ってください。体の具合はどうですか?」

 また倒れてしまったのか、と考えて、最後の記憶にたどりついた。キースと話していてそれで。


 そうだ、ただ眠ってしまっただけだ。


「え、私はいつの間にここに」

「あなたが中庭で眠ってしまい、いつまで経っても起きないので、連れてきたとあなたのお兄様が」

 見回すとどうやら女子寮の入り口にある寮監室である。寮の中は男子禁制なのでここまで運ばれたのだろう。


「申し訳ありませんでした! もう大丈夫です。すぐ部屋に戻ります」

 またやってしまった。キースに運ばれるのはこれで何度目だろうか。数えたくない。

 しかも今回は自分で眠ってしまうという、避けられたはずの事態だったのでなおさら申し訳なかった。アーシェは従兄にどう詫びようかと頭を抱えた。


 おかげで夕食を食べ損ねた。アーシェはかわりにクラウディオからもらった焼き菓子をつまんでから、いつものようにホットミルクを飲んでベッドに入った。

 ぐっすり眠ってしまった後だったので、なかなか寝付けなかったことは言うまでもない。





「確認したいのだが」

 朝食の後、キースはそっとティアナを呼び止めた。

「はい、なんでしょう?」

 キースは前日からずっと考えていた疑問を投げた。

「ヘルムート殿がイヴェッタの息子で、君がヘルムート殿の姪御ということは、君とイヴェッタの関係は? 祖母ではないのか?」

 騒がしい食堂内だが、それでも注意して声を落とす。

「ああ、いえ。父とヘルムート様は腹違いなので、私とイヴェッタ様につながりはないのです。私が生まれる前に亡くなられていますし、詳しいことはなにも……」

「……なるほど」

 ではティアナにはファルネーゼの継承権がないということだ。マルツィアとの血縁もない。


「なにかわかりましたか?」

「いや、はっきりしたことは、まだなにも……。ありがとう」

 キースがティアナのそばを離れると、マリーベルの声が聞こえた。

「ねえ、今キースさんと何を話してたの?」

「あっ。い、いえ、たいしたことでは……」


 マルツィアとはどういう人物だったのか。この分では、ティアナはあまり知らなさそうだ。

 とはいえ、ヘルムートに釘を刺されたこともある。教師に話を聞くのも今後は控えた方がいいだろう。

 手詰まりか、とキースは額に手を当てた。

「兄さま」

 と、声をかけられ、キースは振り向く。さきほどまで平謝りに謝っていた従妹だ。彼女は軽いので、運ぶくらい大したことではないのだが。

「アーシェ、どうした」

「最近、ティアナと仲がいいのね……?」

「ん? いや、別に。少し相談に乗ってもらっていた」

「相談?」

 アーシェはかわいらしくぱちくりと瞬きした。

「ああ、後でゆっくり話そう。放課後、昨日の場所でいいか?」

「え、ええ。もちろん」





「ヘルムート殿をどう思う?」

 放課後、キースはそう切り出してきた。

 昨日アーシェが爆睡してしまったベンチは先客がいたので、その隣のベンチに並んで座っている。

「どうって? 兄さまのほうがヘルムート様とは交流があるんじゃない?」

 なにか、意外な話だった。

「いや……、単純に、おまえから見た印象を教えてほしい」

「そうね……いい方だと思うけど」

 アーシェは考えた。好人物なのは間違いない。しかし、少し読めないところもある。


「助けていただいた恩もあるし、お世話になっているけど、つかめないというか……謎めいたところのある方ね」

「では、クラウディオは?」

「あの方は尊敬しているわ」

「尊敬……?」

「ええ。他人のために尽くす方だと。はじめは冷たい人だと思っていたけど、理性的に物事をとらえているというか。私の体質改善についても、協力してもらえることになったの」

 キースは軽く目を見張った。

「……そうなのか」

「はい」

 キースは口をつぐんでしまった。考え事をしている時のクセなのだが、額をおさえている。


 アーシェは言葉を選んだ。キースはクラウディオのことをまだよく知らないはずだ。どう話せば伝わるだろうか?

「あの方が私のこのチョーカーをはじめて見た時ずいぶん取り乱してたわよね? 同じものを、あの方のお母様がつけていたそうなの。幼いころからずっと、病に苦しむお母様を見てきたと」

 キースが息を呑む。

 魔力枯れは壮絶な病だ。アーシェは直接患者を見たことはないが、太古から恐れられてきた、不治の疾患である。

「だからきっと、あの方が魔力枯れの研究を専門にしているのはお母様を救いたかったからだと思うのよ。同じような苦しみの人を減らすために……私は、とても優しい方だと思ってます」

「そうか……、そうなのか。そうか」

 キースは同じようなことを繰り返している。


「兄さま? それで、なんの話なの? ティアナと相談って?」

「ああ……いや」

 キースは首を振り、逡巡してから話しだした。


「実は、ヘルムート殿とクラウディオに、おまえの魂の話を明かすのはどうかと考えている」

「え!」

「どうも、二人はおまえの過去の魂につながりが……あるのではないかと。まだ憶測にすぎないが。おまえはどう思う? 二人は信用に足ると思うか?」

 アーシェは考え込んでしまった。いつの間にそんなことを。ヘルムートからなにか聞いたのだろうか?


「お二方とも、いい方だとは思っているけど……信用できるかどうか、というのはまた別よね」

 ティアナとは、それではヘルムートのことを話していたのだろうか。

「人柄と、禁呪に対する態度はわけて考えないといけないし。まだ知り合って間もないから、わからないことも多くて……向こうからも信頼されているとは言えないと思う」

「もっともだ」

 キースは空を睨んだ。

「クラウディオは父親についてなにか言ったか?」

「いいえ、なにも。それも関係があるの?」

「……おそらくだが」


「ふーん……わかったわ。クラウディオ様とはまた話す機会があるし、それとなく禁呪のことについてとか、父親のこと、聞けるとは思う」

 クラウディオには来週、研究室を訪問して再び診てもらう約束になっている。

「まだ時間はあるのだし、様子をみましょう。もう少し付き合いを深めて、信頼できると思ったら、折をみて話す。そういうことでどう?」

「そうしよう。おまえはやはり賢いな」

 アーシェは笑ってしまった。キースは昔からこのようにアーシェを過大に褒めてくれることがあった。

「じゃあ、兄さまはヘルムート様のほうをお願いね」

「ああ。任された」

 なんだかぐるぐると悩んでいたのが馬鹿らしかった。

 キースが昨日のような暗い顔でなく、晴れやかだったので、アーシェもほっとした。



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