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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第二章
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楽しい毎日



 月も替わり、魔術の勉強をはじめてから一月が経とうとしている。

 本当に色々あった。悪い夢を見なくなり、魔力の浪費も止められて、健康問題はだいぶ改善したといえるが、根本の謎に関してはなにも進展していない。

 アーシェの生命が宿ったのが十六年前の秋ごろ。その時期になにか大きな事件とか起こっていないか、アーシェは図書館で調べてみたが、女性が殺されたというような話は見つけられなかった。

 条件探しも難航している。キースが属性付与コース生たちと一緒にいるところに近づいて、それぞれ手を伸ばしてみてもらったりもしたが、やはりどの人もダメだった。

 手詰まりの状況だが、アーシェは悲観していなかった。むしろ、毎日が楽しくて仕方なかった。友人を得て、知らなかったことをたくさん勉強でき、人生で一番充実している。

 ファルネーゼに来て本当によかった。アーシェは父に感謝の手紙を書いた。


 毎日元気にやっています。ファルネーゼでの生活はとても新鮮で、学ぶべきことが多く、皆とても優しいです。

 私に新しい世界に飛び込むきっかけと勇気をくれてありがとう。父さまはきっと、ここに来るだけでも私にとってよいことがあると考えてくれたのでしょう。それは正解でした。

 キース兄さまにはとても助けられています。申し訳ないくらいに。伯父さまと伯母さまにもよろしくお伝えください――





 寮の部屋の真ん中のローテーブルに広げられた紙に、ルシアが図面を描いていた。

 それはクラウディオの部屋にあったような精密なものとは違い、まだまだアイデア段階のラフなものだ。

「ルシア先輩、なにを作られるんですか?」

 寝間着姿のティアナが興味津々といった様子でのぞきこんでいる。ほどかれた髪は三つ編みのクセが残っていて、きれいなウェーブになっていた。

「ん? これはねー。ちょこっと魔術信」

「ちょこっと……魔術信?」

「そう。魔術信ほど大がかりじゃない、ちょっとの魔力でちょっとだけの伝言を送るための魔術具を作りたいなーって」


 魔術信は、古くからある魔術の一種だった。手紙と違ってすぐに文面を届けられるため、遠方への重要な速報を送る際に使われるものだ。

 魔術師が羊皮紙に特殊なインクで書きつけ、それに魔力を込めて任意の着信台に向けて飛ばす。羊皮紙は燃え落ちて灰になり、書きつけられた情報だけが飛んでいく。そうして遠く離れた着信台に備えられた新しい羊皮紙に情報が焼き付けられるのだ。

 着信台は、昔は一国に数台しか備えられないような非常に貴重で高価な設備だったが、近世では要の素材となる魔石の流通量が増えたことで、富裕層にはどうにか手の届くものになっている。アーシェの家でも、父の東方守備隊勤務が決定した際に導入された。


「小型で持ち歩ける感じのにしたいんだよねー。感知範囲が狭まるから、近くにしか送れないけど」

「それって意味あります? 近くに送るなら手紙でいいじゃないですか。わざわざ魔力を使うなんて」

 マリーベルが洗いあがりの髪を櫛でとかしながら言った。

「いやさー、このまえ友達と商業街で待ち合わせしてたんだけどさ、行き違いがあって全然合流できなくて。そういう時、ちょっと遅れるねーとか、ここにいるよーとか、連絡出来たら便利だと思ったの」

「また寝坊して遅刻したんですか? 時間を守ればいいだけですよ」

「それ、私は興味あります!」

 自分の机に向かっていたアーシェは、図面の前にいそいそと向かった。

「キース兄さまと食堂で会えないとき、もう少し待てばいいのか、今日は諦めた方がいいのか、迷うので」

「あー、最近来ないことも多いもんね」

「朝稽古の順番待ちに時間かかってるのかもしれないわね。ヘルムート様が毎日来てるって噂になって、手合わせ希望の人がずいぶん増えたらしいから」

「よーし。じゃあ試作品ができたらアーシェとお兄さんに使ってもらおうかな」

「本当ですか? お願いします!」

 その時、消灯時間が近づいたことを報せる音楽が寮内に流れ出した。毎日同じ時間に鳴り出す、これも魔術具の一種である。

「わ、もう?」

「大変、ミルクを沸かさなくちゃ」

 四人はあわただしく動き出した。

「あ、ねえねえみんな、このことは秘密ね。卒業研究にしよーと思ってるからさ、他の四回生の子にバレないように」

 ルシアが図面をたたみながら言った。

「わかりました。ここだけのお話ですね」

「そーそー。ヨロシク」





 翌朝、アーシェは三日ぶりにキースに会えた。ヘルムートも一緒だった。

 最近ではキースといると女の子に声をかけられることが増えたが、ヘルムートが加わるとなぜかそれがない。教官相手にはさすがに皆遠慮するのかもしれなかった。


「そろそろ波形も全体像が予想できるようになる頃じゃない?」

「属性付与コースも一緒ですよね」

 ちょうど授業の進度の話をしていたので、キースもそれに混ざる形となった。

「ああ、俺もこの時計がだいぶ馴染んできた。あと少しで、ようやく実習だ。楽しみだな」

 よく通る低い声でキースは言った。その声音も表情もちっとも楽しそうではなかったが、その実、心の底からわくわくしているのだということが、アーシェにはわかった。

 自分のために従兄を大変なことに付き合わせてしまった、と考えていたが、意外と本当にアーシェのサポートはついでだったのかもしれない。

魔術槍マジックランス、派手だものね。兄さまは好きそう。すごく)


「で……どう、ティアナ。何型寄り? この前から変化はあった?」

 マリーベルはまだティアナとの相性をあきらめていない。半分が表示された時点で確認して、すでにだいぶズレていることは明らかだったのだが。

「いえ……すみません……」

「まあそうよね……」

 ふたりしてがっくりと肩をさげる様子は、はたから見ると微笑ましかった。


「そうそう、アーシェちゃん。今日の放課後、あいてる?」

 ヘルムートに言われて、アーシェは頭の中にスケジュールを思い浮かべた。イメルダの恒例の問診は明日だし、特に用事はない。

「はい、まあ」

「じゃあさ、クラウディオの部屋に行ってくんない? あいつ話があるみたいでさ」

「わかりました」

 アーシェがうなずくと、マリーベルが隣から聞いてきた。

「クラウディオ? って誰?」

「例の、ぶつかってなにもなかった魔術師様です」

「ああー。女じゃなかった人。そんな名前だったの」

 クラウディオが星の魔術師ということは、触れ回らないようにとイメルダから釘を刺されている。彼は騒がれるのが嫌いだそうだ。


「……話とは?」

 キースが隣に座るヘルムートに視線を投げる。

「まあ悪い話じゃないさ。保護者は必要ないぜ」

 ヘルムートは黒パンにバターを塗りながら答えた。

「この間の、クラウディオ様のお仕事は終わったのですか?」

 制限装置リミッターつきの金時計。完成したのだろうか。

 アーシェの質問に、ヘルムートがにやりと笑う。

「あいつアーシェちゃんのこと天才だって言ってたぜ。珍しいよ、人のこと褒めるなんて」

「えっ。あ、いえ、そんな……」

 アーシェは赤くなりながらうつむいた。

 ではあの思いつきも役に立ったのだろうか。

「ま、詳しいことはあいつに聞いてくれ」

「はい。では、放課後を楽しみにしておきます」


 またクラウディオに会えると思うと、胸が躍った。彼の努力がちゃんと実ったのならよいのだが。

 自分が着けるわけではないが、新しい金時計が見てみたい。早く放課後になってほしい、とアーシェは思っていた。


 食事の手を止めたティアナから、不安に満ちた視線を向けられていたことには気づかないまま。





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