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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第一章
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初級クリア


 どうにも今日はうまくいっていない。入学式前の練習より手ごたえが感じられない。どうしてだろうか。

 同じことを繰り返しても意味はないだろうと、アーシェは力の放出をイメージする箇所をいろいろ変えてみた。

 にらんで、目の間から出る感じ。足を蹴り上げる。両手をかざす。いっそ頭のてっぺんを向けてみる。


 ……あまり人に見られたくはない感じになってしまった。


 幸いティアナは集中していてアーシェの方を見てはいなかったようで、肩を落として呟いた。

「なんというか……力が足りない感じがします」

「イメージを変えてみるのはどう? たとえばほら、手のひらを使ってみるとか。指先だけよりたくさん出る気がしない?」

 手のひらなら別に見た目にもおかしくはないし。

「なるほど……。こうでしょうか」

 ティアナはそれまで人差し指だけ使っていたのを、指を揃えて前に差し出した。まるで視線の先のリンゴを撫でるように。

 すると、リンゴはあっけなくころりと転がった。

「あっ!」

「やった! やったわねティアナ!!」

 興奮するアーシェに、ティアナは抱きついて、すすり泣きだした。

「えっ。えっ。ええと、よしよし……」

 よほどプレッシャーを感じていたのだろう。

 ここはふたつほどお姉さんな包容力の見せどころである。たとえ背丈はティアナよりかなり小さくても。

 アーシェはティアナの頭をかかえこむように撫でた。ふたつの三つ編みをつくるためにきっかり左右半分に分けられた後ろ頭の感触にほほえむ。

「あり……ありがとう……」

「うん、うん」


 体勢的にがんばって上を向いていたアーシェは、首が少し苦しいと感じた。ティアナにぎゅっとされているので――そこで首を少し動かそうとして――そこにチョーカーがあることをふと思い出した。


「ああっ!」


「え、っなに?」

「チョーカー! これよ! 外さなきゃいけなかったのに!」

 実習時以外は着けているようにと指示されて、その通りにずっと今日まで着けっぱなしでいたチョーカー。シャワーの時でさえ外さなかった――装着時の感触があまりよくなかったので、やたらと着脱したくなかったのだ。

 魔力を使えなくするための魔術具なのだから、これではどんなに頑張っても成功するはずがない。

「あっ。そういえば……」

 ティアナが鼻をすすりながらアーシェの首元を見る。

「ふふ、あはは! 私ったら。時間を無駄に……ふふふ」

 なんという間抜け。

「ごめんなさい、私も気がつかなくて!」

「いいのいいの、ふふ、自分で思い出さなきゃいけないのに……くふふ、おかしい」

 笑いが止まらないで震えていると、ティアナもつられて笑ってくれた。


 ティアナにしがみつきながらなんとか笑いをおさめた後、アーシェはにじんできた涙を指でぬぐい、チョーカーを外した。とたんに、ふっと体中が解放されるような心地よさがあった。

 ふわふわとあたたかく、満ちているように感じる。これが魔力なのだ。アーシェははじめてそれを理解した。


「あ、これできるかも」


 アーシェはウサギを指さした。

 イメージ。転がるよりも、ぴょこんとなるのがいいな。ウサギなのだし。


(跳ねて)


 思いながら指で小さなカーブを描く。

 木のウサギは持ち上がり、少し先に着地した。


「す、すごいわ! かわいい! アーシェ、すごい!」

 ティアナが手を叩いて喜んだので、アーシェは会心の笑みを返した。



『あなたに合ったイメージは見つかりましたか?

 これで入門編はおしまいです。

 魔法に興味を持ったら、是非この先も勉強してみてください。

 でも、使いすぎには注意してくださいね。本当に必要なとき、必要なことにだけ、使うのですよ』



 ティアナは小石をよけて、草の上の本を閉じた。

 アーシェはチョーカーを付け直した。背筋が震えるようなこの感じ。やはり頻繁に体験したいものではない。

「二人とも大成功ですね! 先輩方に報告しなくては」

 ティアナはリンゴと本を鞄に入れて言った。


「その前に――ひとついい?」

 アーシェはウサギをしまいながら周囲を確認した。草をむしっていた数人もいつの間にかいない。二人だけだ。

「ヘルムート様のことで、少し、聞きたいんだけど」

 ティアナは笑顔をひっこめて、アーシェ同様に視線をめぐらせた。

「……なんでしょう」

「なにから話したらいいのかしら。あまり詳しくは言えないんだけど、最近知り合った人がいて……その人が、ヘルムート様の従兄弟かもしれなくて。ティアナは知っている? たぶんヘルムート様よりお若くて、成人していて」

「ヘルムート様の従兄弟……ですか?」

 ティアナは自分の三つ編みを引っ張った。

「私、その人のことが知りたくて。だから手掛かりになればな、なんて」

「ヘルムート様の、男性の、いとこ。……そういう方はご存命ではない……と、思いますけど」

「あ、そうなの?」

 では、勘違いか。

「ごめんなさい、変なことを聞いて。忘れてちょうだい」

「あっ。でも……」

「なに?」

 ティアナは瞬いて、ゆっくりと口を開いた。

「確かに、おひとり、母方に。私は、ヘルムート様とは父方のつながりなので……縁が薄くて、よくは知らないのですが」

「そうなの! やっぱりいるのね。ああ、でもじゃあティアナは彼と親戚じゃないんだ。そう……」

「その方……と、知り合った、のですか? 最近?」

「ええ。なんだか気になって……あ、いいのよ。別に」

「その方をお好きなの?」

「え!」

 突然の方向転換に、アーシェは目を丸くした。

 男性のことを、知りたいとか言ったのが誤解を招いたのだろうか?

「いえいえいえ! そういう話じゃないのよ。誤解しないで」

 アーシェは慌てて否定した。


 ティアナは不安そうに、なにか言いたげにアーシェを見ている。ああ、軽率に聞かなければよかった。口止めされていたというのに。

「もう行きましょう」

 ティアナの手を引こうとする。そこに光る金時計。

 ティアナと名前で呼び合うようになったあの日、見せてもらった彼女の天の紋様。翼が広がったような形が頭をかすめた。

「あ……!」

「どうしたの?」

「思いつい――思い出したことがあって。ちょっと、先に帰っていて。寄るところがあるの!」



 アーシェはひとり、走った。研究棟の五階。クラウディオのところへ。

 さすがに最後まで走りきることはできなかった。螺旋階段を五階分はきつすぎた。よろよろと廊下を歩き、息を切らしながらついにたどり着いた扉をたたく。

「クラウディオ様! いらっしゃいませんか? クラウディオ様!」

 自分はなにをやっているのだろう? 正気に返りそうになるくらいの間の後、扉が開いた。

 フードをおろしたままのクラウディオが言った。

「一体、今度はなんの用だ?」

「あ、あの、天地の判別機能を外すのはどうでしょうか? 一度わかったらもう必要ないはずです!」

「は?」

 アーシェはかわいた喉に唾をのみこんだ。

「足りないんですよね? スペースが」

「いや……、あれは副次的な機能で、波形を読み込んでる以上天地の判別はついてくるんだ」

「……です、か。素人考えで、すみません……」

 本当に、なにをやっているのか。自分で自分がよくわからない。頭がくらくらする。

「……しかし、表示させる必要は確かにないな。あれは初期も初期の基本機構だ、全体に影響している。外せるか……?」

 クラウディオはぼそぼそと早口で話しだし、それからふと止まって、子どもにするようにわしわしとアーシェの頭を撫でた。

「参考になった。ありがとう」

 そのままバタン! と扉が閉まる。

 髪がぐしゃぐしゃだ。

(もう! 十五歳だって言ってるのに!)

 頭を押さえながら、アーシェは扉のむこうを睨んだ。





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