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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第一章
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古い本とウサギさんとリンゴと


 なんだか心にひっかかって、アーシェはずっとクラウディオとのやりとりを思い返している。

 あれでよかったのだろうか。ちゃんと気分転換になっただろうか?

 邪魔をしただけになっていたらどうしよう。とても疲れている様子だったけど。


 なにが気になっているのだろう、と、考える。彼が言いかけていたことだろうか?

 ヘルムートとの関係が、アーシェとキースのようだ――とか。


 アーシェとキースの関係といえばもちろん、従兄妹である。

 それをクラウディオが知っていたかと記憶をさらえば、確かにヘルムートと自己紹介したあの場にいたのだから、聞こえていただろう。覚えているかまではわからないが。

(ヘルムート様とクラウディオ様が従兄弟、か。外見は似ていないけれど、まあ私と兄さまもそうだし。瞳の色くらいよね、同じなのは)

 それとも深い信頼関係にあるとかそういうことを言いたかったのだろうか? 兄弟のように親しいとか?

 しかしそんな細かいことまで伝わるほどアーシェとキースのことを彼が知っているわけではないし、やはり血縁関係の話だと考えるのが自然だろう。


(ん? でも、そういえば、ティアナもヘルムート様と親類だと……!)

 どうしてすぐに気づかなかったのか。

 言いふらすなとは釘を刺されたが、親友にちょっと聞いてみるくらいは許されるのでは。アーシェはティアナとふたりきりでゆっくり話せる機会を待った。





 第一講堂の横手にある広場は、屋外演習場と同じくらい広かったが、違うのは演習場の地面が土を敷き詰められ整地されているのに対して、こちらは丈の低い草が生えたり石ころも普通に転がっていたりするところだった。広場というより、ただの空き地である。

 魔術を放つ練習をするスポットといえばここ! と、クラスメイトのラトカに聞いてやってきたのだが、予想と違ってあまり人もいない。

「本当にここで合ってるのかしら。草を摘んでる人しかいないけど……」

「でも確かに、大きい魔術を放って、建物を壊したりしたら大変ですものね。なにもない場所も必要ということでしょうか」

 ティアナはそう言って、鞄から初級本を取りだした。

 アーシェとティアナの二人はもちろん、この初級の到達目標である「魔力を体の外に出す」練習をするためにやってきたのだ。


 先輩がたにも色々とコツを聞いたのだが、結局二人はまだ成功していない。

 ルシアは「うごけー、って思ってると動く感じー。最初にやったの、昔すぎて覚えてない、ごめんねー」と魔術師の子らしい余裕の発言。

 マリーベルは「大変よねわかる。わたしも去年苦戦したわ。一回できるとその後はできるようになるから。何十回も失敗して……えっとね、こう、にらんで、バカー! って思いながら気持ちをぶつけたらできたわ」とのこと。

 そして、なんとキースもとっくに会得しているとのことだった。練習に誘おうと思ったのだが。

「本を読んで、書いてある通りに手近なもので試したらできたぞ。なんとなく」

「すごいわ。兄さま、素質があるのでは!」

「いや、たまたまだろう。おまえがまだだったとは。難しく考えすぎない方がいいのではないか?」

 そんな簡単にできていれば考える必要もなかったのだが。



『魔力は、体の中をめぐっています。

 それを表出させるために必要なのは意志です。魔法とはイメージをエネルギーとして現出するものなのです。

 あなたの体の、どこでもよいです、イメージしやすい場所から外側へ』


 と、本にはそんな風に書いてあるが、挿絵にはリンゴを指さして目を閉じている子どもの姿が描かれている。イメージしやすい箇所がつまり指先、ということと受け取って、アーシェも指を使っていた。

 ティアナは開いた本に拾った小石をのせて重しにし、立ち上がった。

「とりあえずはじめてみましょう。私は基本に忠実にと思って、リンゴを持ってきましたが、アーシェは?」

 ティアナの自信のなさを表したかのような小ぶりのリンゴは、つやつやと赤い。

「私はウサギを」

 アーシェは取りだした木彫りのウサギを草の上に置かれた本の隣に並べた。手のひらサイズの木彫りのウサギは、キースからもらった宝物だ。これを見ていればやる気も出るだろうと思ったのだ。

 ティアナはウサギから少し離してリンゴを置いた。

「では! 今日こそは成功させましょう!」

「ええ!」

 入学式前に何度も二人で練習したのだが成功せず、入学してからは忙しくてそれどころではなく先延ばしになっていた。ティアナはひとりで練習を続けていたようだが、まだできるようにならないという。

 来月なかばには実習がはじまるので、それまでになんとかしなければいけない。二人は追い詰められていた。


 夏の屋外だが、幸いなことに今日は陽が陰っていて涼しい。曇りというよりも薄暗い。たぶん、結界の外の荒地は雨だ。

 ファルネーゼの結界内では、雨の日は水曜の夜と日曜の昼に決まっていた。

 内部の植物を維持するために、魔術で雨を降らせているらしい。大がかりなことだ。

 明るいのに降る日曜の雨は、きれいなのでアーシェはひそかに気に入っている。



 三十分後。

「ち……ちょっと休憩しませんか……?」

「そうね……少し座りましょうか……」

 お互いターゲットをぴくりとも動かすことができず、アーシェとティアナは疲れた顔を見合わせた。

 草の上に腰を下ろして、アーシェはウサギの頭をつつく。指の力でならあっさりと転ばせられるのに。

「やはり難しいですね……もう一月近く魔術を勉強して、魔力のこと、以前よりは理解しているつもりなのですが」

「そうよね。みんなどれくらいできてるものなのかしら」

「クラスの皆さんには聞けなくて……私、期待されているのに……天なのにできないと知られたら……恥ずかしくってもう……!」

 ティアナは顔を両手で覆ってしまった。

「で、でもこれは、才能とか関係なく誰でもできるはずですから!」

「ですよね……。昔は子どもがみんな、でしたよね。……がんばります……!」


 涙目のティアナをはげましていたアーシェは、そういえば、と思い出す。

「ねえ、ティアナ。この前から言わなきゃと思っていたんだけど。入学式の時、救護院まで付き添ってくれたんですって? ありがとう」

「えっ? ああ……あの時の。別に、大したことはしていないわ」

「カトリン先輩に聞いたの。搬送室の」

 ティアナはまばたきを多くして、鞄からハンカチを出して目元にあてていた。

「彼女、ティアナのお姉さんの友達だって言っていたけれど」

「カトリンさん。そう、あの時いらっしゃったわね……ほかになにか聞きましたか?」

「あなたが元気にやっているか知りたいって。ちゃんと話しかけないようにするっておっしゃってましたよ」

「そう……」

 他にあの時なにを話したかしら、とアーシェは考えをめぐらせる。


「これは私がちょっと気になっているだけで、答えたくなかったらいいんだけど。お姉さんが家を出たというのは、結婚で?」

「いえ。……仕事、のようなもので」

「そうなのね。じゃあ、ずっと帰っていらっしゃらないわけではない?」

「それは……まだわかりません」

「ふうん……」

 ティアナが国に帰ったあと、怖いお父様にびくびくせずに過ごせるならと思ったのだが。

「じゃあ、立派な救護師になって、ティアナも仕事に出るしかないわね! さあ、もう一息がんばりましょう」

「は、はい。そうですね。ありがとう、アーシェ」

 アーシェが立ち上がると、ティアナもハンカチをしまって隣に立った。別に、座ったままでも魔力を放つことはできるだろうが、こういうものは気合いである。



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