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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第一章
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星の魔術師


 魔術具のチョーカーを貸与されるに至った検査のあと、再び搬送室に運ばれたこともあり、定期的な問診が必要と判断されたアーシェは週一で救護院のイメルダの部屋を訪問することになった。

 カトリンに搬送室を任せ、二人だけで向かい合っての問診だ。チョーカーの動作に問題がないか確認されてから、アーシェは最近あった出来事を話しはじめた。


 たった一人だけ問題なく触れられる男性が現れたということには、イメルダも驚きを隠さなかったが、その名を聞くともっと驚いていた。

「クラウディオ……? あなた、クラウディオさんに会ったのですか?」

「はい。ちょうどこのチョーカーを受け取るときに、コズマ先生の研究室に行って。その時ぶつかったんです」

「ああ……、そうですね、同じフロアでしたね」

 腰を浮かせていたイメルダは座り直しながら言った。

「クラウディオ先生によれば、ただ男性というだけでなく、他にも条件があるのだろうと……。それにたまたま自分があてはまらなかったのだろうとおっしゃって。それで今、他にも触れられる男性がいないか、探しているんです」

 なるほど、とうなずいてから、イメルダは訂正した。

「クラウディオさんは教師ではありませんよ」

「えっ? そうなのですか?」

 ヘルムートも教官だし、てっきりそうだと思い込んでいたが。

「でも、立派な研究室を持っていらっしゃるのに」

 研究棟の部屋は、教師がそれぞれに使っているのではなかったのか。

「――クラウディオさんの研究室に入ったのですか?」

「はい」

 イメルダは難しい顔をしていた。なにか問題があっただろうか。

「ヘルムート様が案内してくださいまして」

「まあ。ヘルムート様ともお知り合い?」

「ええと……、はい」

 はぐれ飛竜の話は、やはり避けたいところだ。あの日、入国管理局にはヘルムートから話が行っていたようだが――学院側には伝わっているのだろうか? そのあたりのこと、ヘルムートに確認しておけばよかったかもしれない。

「従兄が私と同時に入学しているのですが、彼が属性付与コースで。よく手合わせをしていただいているようです」

 無難に説明すると、イメルダは納得してくれたようだった。


「クラウディオさんは、あの方はねぇ。留学生で、研究生。誰かを教えているわけではないの」

 研究生というのは、卒業後も学院に残り勉強を続けている者の総称だ。

「ただ、その功績が大きいから、特例として研究室を与えられているわけ。けれど口外しないように。ここだけの話ですよ」

「功績……魔力枯れに関する、ですか?」

 確か専門と言っていたはずだ。

 イメルダはため息をついた。

「あの方たちはもう少し……いえ、あなたなら大丈夫と思われたのかしら。でもいけませんよ。今後あまり関わらないように」

「でも」

 アーシェは迷って、結局素直に話した。

「ヘルムート様に今度またクラウディオ先……クラウディオ様の研究室に行ってほしいと頼まれているのですが」

「…………それはまた、どうして?」

「ヘルムート様がクラウディオ様を心配して。ええと、根をつめすぎているので息抜きさせてほしいとか……私が患者なので言うことを聞くだろうと……そうは思えないのですが。でも私も、あの方のことをもう少し知らねばと。他に触れられる男の人が、まだ見つからないので」

 イメルダは額を指先でトントンと叩いた。

「……わかりました。どうやらあなたはヘルムート様に信用されているようね」

 そうだろうか。アーシェ自身は、ヘルムートのことを捉えどころのない人物だと思っているのだが。

「事情が事情ですし、そうですね。研究室に出入りするのはよいですが、失礼のないように。あの方が星の魔術師です」





 星の魔術師。

 授業で習いたてのアーシェの知識では、ファルネーゼでそう呼ばれるのはたった一人だ。

 それは抜きん出て優れた研究者で、魔術具師。

 長年実現されなかった魔力容量の可視化を十年前に実現させ、四年前にはそれを表示する機能を金時計に組み込むことに成功したという。

 他に類のないその功績をたたえて、星の魔術師と呼称される。


(つまり、クラウディオ様がいなければ、私は自分の魔力が擦り減っていることにいつまでも気づかなかったというわけだわ)

 アーシェは、気軽にヘルムートの頼みを引き受けてしまったことを後悔した。とんでもなくすごい人ではないか。



 とはいえ引き受けてしまったものは仕方ない。まったく上手くやれる気はしないが、他ならぬヘルムートの頼みである。お礼をするという約束もまだ果たせていない。

 アーシェは予定通りの月曜の放課後、クラウディオの部屋を訪問した。

「……帰ってくれ」

 クラウディオは冷たい声で言ったが、引き下がるわけにはいかない。ヘルムートと作戦も練ってきた。

「だって、他のサンプルがいっこうに見つからないのです。この上は、唯一のサンプルであるあなたのことをもっとよく知らねばなりません。条件をはっきりさせるためにです! これは、私の研究課題です!」

 有無を言わさず部屋にあがりこみ、勝手にお湯を沸かす。

「ほら、忙しいところにお邪魔するお詫びとして、お茶菓子もお持ちしました! ご一緒しましょう」

 ローテーブルの上に広げられた、細かく書き込まれた図面の紙を横によけて、アーシェは熱いお茶を淹れた。


「さあ、あなたのことを教えてください。なんでも!」

「ヘルムートの差し金だな?」

「なぜわかったのです?」

「……僕の好きなものばかりだ」

 そう言って、クラウディオはソファに腰を下ろし、素直にアーシェの持ってきたビスケットをかじった。

 ヘルムートの企み通りに進んだことにひっそり胸をなでおろしながら、アーシェはクラウディオの隣に座った。これで少しは恩を返せたならいいのだが。


 アーシェは自分の動かした図面に目を落とした。なにか話題を探さなければと思ったのだ。

 美しい円の連鎖。いくつもの重なり合う歯車やその中の細かな仕掛け。

「その図面……ひょっとして金時計ですか?」

「そうだが」

「イメルダ先生にお聞きしたのですが、クラウディオ様は星の魔術師なのですよね」

「そう呼ばれることもあるな。……イメルダにも診てもらっているのか?」

「はい、お世話になっています。それから、ありがとうございます」

 アーシェは頭を下げた。

「私の魔力が減っていることに気づけたのは、クラウディオ様のおかげです」


「ああ……、まあ。うん。見えているからといって油断せず、無駄遣いしないことだな」

「はい」

 アーシェは首につけたチョーカーをさすった。

 魔力容量が可視化されたのは十年前、ということはつまり、驚くべきことに当時クラウディオは弱冠十四歳。まさに不世出の天才だ。

「なぜまだ金時計の図面を書いているのですか?」

制限装置リミッターを付けようと思ってる。一度に長針ひとつ分以上消費するような魔力を引き出せないように……。制限装置は、すでにあるが、魔術師はたいてい付けたがらない。だが時計にはじめから組み込まれていれば、そういうものだと思うだろう。戦争で使いつぶされる魔法兵も減らせるはずだ」

 アーシェも子どもの頃、周囲の大人に天才だと絶賛されたことがある。

 だがアーシェのは見せかけの頭の良さだ。単に以前の「自分ではない誰か」が生きた間の知識が残っているだけ。己自身のひらめきや工夫があるわけでもない。

 クラウディオは違う。本当の天才で、そして人のためになにかしようと努力を続けている人だ。


(私は、自分のことでせいいっぱいなのに)


「今これを完成させれば、来年の新入生の金時計に間に合うんだ。だが小型化が……あと少しなんだが……スペースが……」

 クラウディオは金時計の図面のほうに顔を向けてぶつぶつと呟く。

 なるほど、根をつめているわけである。

 しかし話題の方向をあやまった。気分転換させなければいけないのに、仕事のことに思考を戻させてしまうとは。

 アーシェは熱いお茶をふーっと吹きながら考えて、自分の話をすることにした。

「本当に不思議です。クラウディオ様は男性なのに、こうして傍にいてもコリンといる時のような落ち着いた気持ちです」

「コリン?」

「私の弟です」

 クラウディオは深いため息をついた。

「僕がいくつ年上だと思っているんだ」


「私、昨日十五歳になりました」


「嘘だろう?」

 クラウディオが驚いた声を出す。よし、興味を引けたようだ。誰もが唖然とするご自慢の持ちネタである。

「うっかり誕生日を忘れていたんですけど、キース兄さまが木彫りのウサギさんをプレゼントしてくれて、思い出しました。友達にはもっと早く言っておけと叱られて……同室の先輩が、急いでケーキを焼いてくれたんですよ」

 昨日は本当に楽しいパーティだった。


「ちょっと立ってみろ」

 アーシェは言われたとおりに立ち上がり、クラウディオと背比べした。アーシェの頭はクラウディオの胸のあたりにある。見上げたクラウディオの顔の位置は、キースより低いが、アーシェにとっては遠いことに変わりはなかった。

「幼い頃は問題なくすくすく成長したとのことですが、八歳くらいで伸び悩み、そのまま……」

 十一で完全に成長が止まってしまった。

「他にも問題を抱えていたとはな。……それ以外は?」

「あとは、夢が……夢見が悪くて。すぐにうなされて。でも、ここに来てからはヴィエーロ先生にお薬を作っていただいて、よく眠っています」

「ふうん」

 それだけ言ってクラウディオはソファに座り直した。

 長い間立っているのがつらいのかもしれない。彼はいつも杖をついている。

 アーシェももう一度隣に座った。


「そのローブは他の天属性の方とは少し違う色ですよね。どうしてなのですか?」

 先生方の青いローブより暗めの藍色のローブは、他に着ている人を見かけない。

「これは、南大陸の魔術院のものだ。僕はこの学院を卒業してない」

「そうだったのですか!」

 そういえば、留学生とかイメルダが言っていた。

「南大陸の魔術院とは? どんな場所でしたか? ここより広いですか?」

「おしゃべりだな……」

「あら、黙っていてどうやってあなたのことを知るんです?」

 それに、純粋に興味もある。

「南大陸には確かロージャー・ロアリングの出生地もありますよね? やはり魔術研究が盛んなのですか?」

 クラウディオは黙ってお茶を飲んだ。

「かの国にはこちらにはない珍しい果物があると本で読んだことがあります。不思議な耳の大きな動物も! 見たことがありますか?」

 はあー、と長い重いため息。


「ヘルムート以外に話すなよ」

 クラウディオは面倒くさそうに言った。

「このローブは借りているだけだ。僕は南大陸には行ってない」

「そうなのですか? ではなぜ」

「そこまで話す気はない」


 南大陸の魔術院に通っていたわけではなくて、でもファルネーゼも卒業していない?

 どういうことだろう。北大陸にも魔術院はあるが――西大陸のことはよく知らない。海を隔てて遠く、中央島の向こうで、情報が少ない。

「……僕は身元不詳の怪しい人間だ。あまり関わらない方がいいとわかっただろう」

「でも、ヘルムート様には話しているのですね。おふたりはお友達?」

「別に。君とキースのように……いや」

「?」

 お茶を飲み干して、クラウディオはティーカップを置いた。

「余計なことを言いふらすなよ。さあ、もう帰ってくれ。時間がないんだ」



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