研究室への訪問
「ティアナ、天属性だったの? え、ほんとに? ちょっと待って。波形を……ああ、まだ全然出てないはずよね! あと少し経ったら見せて。もし少しでもわたしと一致したら……! そうしたら実習をサポートして。お願い! お願いします!」
マリーベルは慌てふためいた様子でティアナの手を握りしめている。
「は、はい。私でお役に立てるなら……」
「へえー。天なんて大変じゃん。がんばってねー」
「天属性、大変なのですか……」
「当たり前だよー。実習の時引っ張りだこになって、何回も付き合わされるし、上級生からも狙われるよー。振り回されて休む暇もないかもー」
ぞっとした様子のティアナの肩をはげますようにルシアがぽんぽんと叩いた。
「まあ、その分お得だよー。自分の試験は絶対相性のいい優秀な地属性が付き合ってくれることになるんだし。成績抜群間違いなし! 救護師も安泰だね。みんな大歓迎してくれるからさ」
「やはりすごいんですね、天属性は。私は普通の地属性でした」
マリーベルはアーシェを振り返って言った。
「別にすごくはないわよ、天属性って」
「まああんまり優秀な子いないよねー」
「えっ。でも今、成績抜群と」
「うん。だからそれは、優秀な地属性が対になってくれるから」
きょとんとしている二人の一回生に、先輩方は説明をはじめた。
「だからー、絶対数で天属性は地属性に勝てないわけだよね。いくら必死になって天の魔術師を増やそうとしてたって、限度があるし。取り合いなんだよ。だから地属性の中のめちゃくちゃ勉強して才能もある子だけが、相性のいい天属性の対になれる。天属性にももちろん才能あるのとないの、混ざってるけど、天と組める地の魔術師はずば抜けて優秀な生徒だけだから……」
「相対的に、できあがる天と地の対って、ほぼ地の方が主導権を握ってるのよね。天属性はぶっちゃけオマケっていうか、増幅器? みたいな」
「そういうものなのですね……」
現実を教えられたティアナはうなだれている。
「まあでも、天の方でも力を高めとくに越したことはないし、がんばって!」
「そーそー、結局悲惨なのは組む相手が見つからない、下の方の地属性ってことだから」
「……私、そうならないように頑張りますね」
正直なところアーシェはすっかり自信をなくしていた。魔術の体系的な知識がいくらか頭の中にあったため、なんとかなるだろうと楽観していたところがあったが、実践は険しき道だ。ともかく初級くらいできるようにならなければ。
「あの、地属性はたくさん余ると思うのですが、どうするのですか?」
ティアナが授業中のように手をあげて質問した。
「んー、まあこれから授業で教わるけど。試験では選べる中で一番相性のいい天を指名できるし、実習は波長の合う地同士で五人くらいのグループ作って、共同魔術をメインにやるかなー。これがけっこう魔力を食うんだよね」
「ちょっとでもズレると持っていかれるのよね! あれの同調が本当に難しくて。やっぱり天と二人でやるのが一番効率がいいの!」
「天はもったいないから共同魔術やらないんだよね。天だけで組むなんて意味ないもん。だからティアナはかなり魔力節約できるよー。アーシェは……」
先輩二人が同情した顔でアーシェを見つめる。
「あなたが一番魔力を節約しなきゃなのよね……」
「共同魔術がしんどかったら先生に言って休んだ方がいいよー。出だしから九時なら、特例認めてもらえるかもー」
「わたしだって、魔術師の家系じゃないから容量少ないのに! 休んでいいなんて言われたことないわ。……まあ、言うだけ言ってみたら。たぶん、半年で八時とか、そうなったら対処はしてもらえるでしょ」
「あれだよね。しかも男子と組めないんだよね」
「うわ……。選択肢が……」
「きつそーだよねー」
しーん、と部屋の中は重い空気で固まってしまった。
魔術を複数で放つときは互いの体のどこかを触れている必要がある。大抵は手をつなぐ。そうすることでお互いの魔力を干渉させるのだ。
必然、アーシェは女子とだけ組むことになる。
「まあ、あれよ。まれに、めちゃくちゃ相性のいい天が見つかるってこともあるし。天にも相手の優秀さより波長のピッタリさを優先する人がいるから」
「それ、双ってやつでしょ。すごい魔力効率いいらしいね。そんなのいたらいいよねー」
「今回の新入生の中にわたしの双がいないかしら! いや……そんな贅沢は……対でじゅうぶん……ねえ、ティアナ、一番に波形を見せてね。期待してるから。相性よさそうじゃない? わたしたち。無理?」
マリーベルに微笑みかけられたティアナは、ほろりと涙をこぼした。
「なんで?! え、うそうそ、ごめんね! もちろん優秀な相手を選ぶ権利が天にはあるのよ! 気にしないで!」
相変わらず涙には弱いマリーベル先輩であった。
「いえ……相性がいいと、私も嬉しいです……か、必ずお見せします、ね」
結局ヘルムートは何をしている人なのかというと、属性付与コースの教官をやっているそうだ。キースたち新入生の実習は実践科と同じくまだ先で、ヘルムートの出てくる授業は受けられていないらしいが。
座学、座学で体のなまっているキースははやく実習をはじめたくてうずうずしている様子だ。
「ヘルムート殿は本当に強い。俺はまだ修行が足りない……」
そう言いながらも、手ごわい相手が見つかってやる気が出ているのがアーシェにはわかった。目がイキイキしているのだ。子どもの頃、こういう顔をして毎回父に立ち向かっていっていたのを思い出す。
そんなこんなでヘルムートを見つけては演習場に誘っているらしいキースが、ある朝アーシェに告げた。
「今日の放課後、空けておいてくれ。三時に研究棟の前で会おう」
ついにあの魔術師に会えるというのだ。
ヘルムートに先導され、アーシェとキースは研究棟の螺旋階段をのぼった。
最上階である五階の一番端に、その部屋はあった。扉の金のプレートには「クラウディオ」とある。
そういえばあの時ぶつかったのもこの廊下だったな、とアーシェは思った。なんだか今でも信じられないような出来事だったが、はたして今日も彼には問題なく近づけるのだろうか?
ヘルムートがノックすると「誰だ?」と低い声が返った。
「オレ」
「ああ……、今開ける」
顔を見せたのは藍色のローブの魔術師だ。フードをまくると、肩までかかる黒髪があらわれた。あの日と同じように、長い前髪が目を隠していて表情が読めない。
ヘルムートに先導され、アーシェはキースと一礼して部屋に入った。扉を閉めた魔術師――クラウディオが振り返る。
「僕に会わせたい患者というのはこの子どもか? 先日の」
言いかけて、アーシェに詰め寄ってくる。彼の持っていた杖が絨毯の敷かれた床に転がった。
「これは……、どういうことだ? 着けていなかったはずだ。たった数日でこうも悪化するか? どうして」
クラウディオは荒っぽくアーシェの肩を掴み、瞳をひらいてのぞき込み、抗議する間もなく額や首筋に触れた。
「時計を開け。できるか?」
剣幕に押されて、アーシェは言われたとおりに蓋を開く。
「は、はい」
キースがうしろで殺気立っていたが、アーシェは気づかなかった。
クラウディオは床に膝をついてアーシェの金時計をのぞきこみ、魔力容量の残りを確認した。
はあ、と深いため息。
「……まだ残っているじゃないか」
「あの?」
「そのチョーカーをどうした?」
左手を掴まれたまま見上げられ、アーシェはようやく事態を把握した。一度着けたら、その後はなじむので、すっかり慣れて着けていること自体忘れていた。
「これは、コズマ先生から。私が無意識に魔力を浪費していると……その制御のために」
「ん……。確かに、新入生にしては減っているな」
「なに? そのチョーカー。魔術具?」
ヘルムートが訊いた。
「これは魔力枯れの患者が付けるものだ。末期のしるしだ」
「あー」
「……もう彼女を離してもらっても?」
キースが硬い声で割り込んできた。
「悪い悪い。びっくりしたろ? こいつ専門なんだよ、魔力枯れの研究が」
ヘルムートのとりなしに、クラウディオは冷たく返した。
「余計なことは言うな」
「へーへー」
クラウディオは杖を拾い、カツカツと音を立てて部屋の真ん中に置かれたデスクへ歩いた。ヴィエーロの部屋にあったのと同じものだ。ヴィエーロのデスクの上は本でいっぱいだったが、クラウディオのそれには大きな紙が広げられたり丸まったりしていくつも重なっていた。
椅子を引いて腰掛け、クラウディオは言った。
「それで? 僕を驚かせるために来たわけじゃないんだろう。その魔力の浪費が相談事か? コズマがもう診ているなら僕に言えることはほとんどないぞ」
「おまえが女と疑われてる、って話を最初にしたら怒るだろ」
「は?」
ヘルムートが手短にアーシェのことを説明する。その間、キースが小声でアーシェに話しかけてきた。
「聞いていない」
「なに?」
「魔力が減っているとは?」
キースは怖い顔をしていた。確かにあの朝、色々あって、チョーカーのことを伝えるのを忘れていた。
「ああ……話そうと思っていたのだけど。うっかりして」




