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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第一章
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属性の判明



 その日の授業は、天地の属性についての話だった。

「皆さんお待ちかね。それでは天地を確認いたします」

 ざっと属性についての説明がなされた後、コズマは生徒たちに金時計の円い蓋を開くよう指示した。

「時計盤を軽く押し込んでください。カチッと。これは皆さんの登録情報に対応していますので、他人には開けられませんよ」

 言われたとおりに指で押すと、時計盤が持ち上がり、さらに奥が現れた。蓋は縦に、時計盤は横に開いている。

「この魔力波計はファルネーゼの秘法ですから、卒業した後ファルネーゼの外でやたらにこれを開くことは許されていません。一般人には時計だけを見せるように。魔力波は個室で、魔術師以外誰もいないところでチェックすること。いいですね」

 ただの時計ではないだろうと思っていたが、これは予想以上に高機能だ。

「時計盤の底に隠された魔力波計は、これがこの金時計の一番大事な機能ですが、皆さんはまだ着けたばかりなので記録がほとんどない状態です。今見るのはその隣。時計盤の裏返った部分です」

 少しばかりドキドキする。また異常があったらどうしよう。天でも地でもない、どちらか判別できない状態とか。そんな風に出たらどうしよう。

「色々な紋様が浮かび上がっているかと思います。私がこれから見て回ります」

 アーシェは自分の金時計をじっと見た。確かに何か図のようなものがある。花のような、雪の結晶のような。

 コズマは一人一人の時計をのぞき込み、手元の紙になにか書きつけていく。

「それでは発表いたします」

 教室中がしんと静まった。

「ブレーズさん、ティアナさん。おふたりが天属性。その他が地属性です」

 えっ、と横にいるティアナが両手で口元を抑えている。ブレーズというのはやたら偉そうな態度の男子生徒で、腕を組んでニヤニヤしていた。もしかしたらすでになにかで調べて知っていたのかもしれない。

 天属性は、その珍しさと有用性から、魔術師たちに常に求められている。ゆえに、素質のありそうな者には検査を行い、天属性であった場合はスカウトされ学院の入学試験を免除されるという噂があった。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 無事に、自分がなんの変哲もない地属性だとわかっただけで充分だ。アーシェは胸をなでおろした。





「ティアナさん、どんな紋様なの? 見せて!」

「あなたがクラスにいてくれてよかったわ。ブレーズ、あいつが天属性なんて! なにか言ってくるかもしれないけど安心して。私はあなたの味方よ」

「ブレーズには頭を下げたくないよね、わかる! ティアナさん、仲良くしようね!」

「あたしとも組んでくれるわよね? お願いよ。これでもけっこう学んできたの」

 授業が終わったとたん、ティアナは一斉に女子たちに囲まれていた。ブレーズの周りにも人だかりができている。これが天属性というものか。特別というのも大変だ。

 これは助け舟を出した方がいいだろうか? アーシェはティアナに視線を送ってみた。

 目が合うと、見つめ返される。これは、助けて、だ。

 アーシェは小さくうなずき、荷物をまとめると教室の出口に移動した。

「ティアナさん。朝のお話の続きをする約束よ。先輩が待っていますから行きましょう」

 息を吸い、大きめに声をかける。約束なんてしていないが、先輩が、と強調することで引き止めにくい雰囲気にする作戦だ。

「ああ、そうでした! 皆さん、ありがとうございます。よろしくお願いしますね。それではごきげんよう」

 ティアナはぺこりと頭をさげて教材を鞄にしまい、教室を脱出することに成功した。


 アーシェは皆の注目を集めながらティアナと並んで歩けることが少し誇らしかった。いけない、友人にこんな感情を抱いては。きっと重荷になるだろう。

「ティアナさん。私たち、いつもどおりでいいわよね?」

「もちろんです! アーシェさんがいてくださって、同じクラスで本当によかったわ」

「ふふふ、私も。あ! でも、紋様はあとで見せてほしいわ。ちょっと興味があるの」

「いいですよ。でも、アーシェさんのも見せてくださいね。それから……ア、アーシェと呼んでもいいですか?」

 ティアナが顔を真っ赤にしながら言った。

 アーシェは感激した。なんということだろう。これはもう友人というより、夢にまでみたあの、親友というやつなのでは?

「ええ。ええ、よくってよ! 嬉しいわ。私もティアナと呼ぶわね」

「はい!」


 二人で手をつないで、実習棟を出る。

「そうだ、ティアナに聞きたいことがあったのよ。少し、立ち入ったことかもしれないけど」

「はい。なんでしょう?」

 今朝のあの様子が気になって仕方ないのだ。

「その、ヘルムート様とはどういう関係なの? 言いたくなかったらいいんだけど」

「あ……はい。その。私も知りたいと思っていたんです。アーシェは、ヘルムート様とは、どうして」


 あの日のことは、ここに来てからまだ誰にも話していなかった。

 あまりに危険極まる体験だったし、どうやって切り抜けたのかとか、色々細かく聞かれても困るので。

 しかしここは、親友との仲を深めるためだ。アーシェは「秘密よ」と前置いて、荒地でヘルムートに会った経緯を話した。はぐれ飛竜に襲われたと聞いて、ティアナは真っ青になっていた。

「そ、そんな危険な……! キースさんはすごい騎士なのですね。槍だけで飛竜に立ち向かうなんて、どんな勇者でもそんな、恐ろしくてできませんよ!」

 もちろんアーシェが飛竜の特性を利用してあれこれしようとしたことなどは省略した。

「それで、ヘルムート様が魔術でこう、どーん! と」

「ヘルムート様がそんな魔術を……?」

 ティアナはルビー色の瞳を瞬かせた。

「そうなの。私も意外だった。てっきりうしろの魔術師がやったと思っていたから。それで? ティアナは?」


「私は……ヘルムート様は、身分などはお話になっていらっしゃらない?」

「ええ。偉い方なの? だって、ここでは身分の話とか、禁止なんでしょう」

 そういえば、それをはじめに教えてくれたのはヘルムートだったな、とアーシェは思い出す。

「完全に禁止、ということではないのです。この人は貴族なんだな、とか、話していればなんとなくわかってしまうものでしょう。たとえば、アーシェも貴族、よね」

「まあ、ええ、そうね」

 そしておそらくティアナもそうだろう。それはアーシェも感じていた。

「隠している人には聞かない。詮索しない。明かしている人にも、そのことで頓着しない。たとえ相手が王族でも、平民と同列に扱い接する。ここでの平等とは、そういうことなのだそうです」

「なるほど……」


「あの方、ヘルムート様は、私の親族にあたる方で。だから、少し、知っているのです。親しいわけではないのです。このことは……秘密にしておいてください。特に、マリーベル先輩には」

「先輩に?」


 すぐにはつながらなかったが、少し考えてわかった。ヘルムートは、竜騎兵だ。つまり、ケルステンの軍人ということで。

 ケルステンは三年前、小国バチクに侵攻し、全土を支配下に置いた。

 ティアナはマリーベルの国を併合したケルステンの出身だということになる。

「そう……そういうこと」

 ティアナのやってきたはじめの日、マリーベルの自己紹介を聞いた彼女の顔が青ざめていたのは。

「ごめんなさい。先輩には言えなくて。もう知っているのかもしれないけれど、知っていて、優しくしてくださっているのかもしれないけれど」

「わかったわ。わざわざ言う必要はないものね」

「ほんとうに、ごめんなさい」

「ティアナが悪いわけではないわ。そうでしょう?」

 そう励ましたが、ティアナはうつむいたままだった。




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