銀のチョーカーとにぎやかな朝食
コズマから渡された魔術具は、細かい模様の入った銀のチョーカーだった。三か所に青い魔石も嵌まっている。
「こちらは本来、魔力枯れを起こした患者に装着し、それ以上の魔力の漏出による死を防ぐための魔術具です」
指示に従ってチョーカーを着けると、金時計をつけた時のようにぞわぞわした。
「これで無意識にも魔力を使うことはできなくなります。実習の授業以外ではつけておいてください。それで魔力の浪費が止まるはずです」
コズマの研究室を辞して、アーシェは予定通り食堂へと向かった。すれ違う男性たちに胸がざわりとする。いつも通りだった。
「アーシェさん、おはようございます」
ティアナが手をあげて呼んでいる。席を取っておいてくれたのだろう。
同じテーブルにルシアとマリーベルもいるが、キースはまだのようだ。
スープとチーズオムレツ、温野菜のサラダを乗せたトレイを置いて、アーシェは席に着いた。
「今日はよく眠れたみたいね。よかったわ」
「魔術具、貸してもらったー? どれ?」
「これです。着けた時は変でしたが、今はなにも感じません」
「へー。見たことない。どれどれ? うわ。ヤバい」
ルシアはチョーカーをつついて言った。
「これメンテしてくださーいって頼まれてもできないね。町の魔術師の仕事じゃないわ」
「先輩でもわかりませんか?」
ルシアは魔術具に詳しい。専門の講義も受けている。生活のさまざまな面で助けてくれる魔術具は、人々の毎日に不可欠の高価な日用品だ。
それらの修繕や保守点検、管理を行う町の魔術師は、地味だが尊敬される仕事である。
「全然レベルが違う。特Aのやつかも。壊さないように気をつけないとねー」
「は、はい。大事にいたします」
そんな話をしているうちに、キースがやってきた。なんと、ヘルムートも一緒だ。
「わ、竜騎兵のヘルムート様だー。こんな時間に、めずらしー」
どうやら有名人なのか、先輩にはおなじみのようだ。
「朝練で会ってな。手合わせをしてもらったんだ」
キースはそんな風に説明した。
「アーシェちゃん、久しぶり! 元気にやってる?」
「はい、なんとか……」
山あり谷ありではあるが。
「ヘルムート様……? なぜ、え、お知り合いですか?」
ティアナがささやくような声でアーシェに聞いてくる。
「知り合いというか、恩人というか……」
「ティアナか。ほんとに入って来たんだな」
ヘルムートは立ったままティアナを見おろして小さく言った。さきほどまでの陽気な感じはなく、声のトーンが落ちていた。意外なくらい冷たく響く。これが素なのだろうか?
「ご無沙汰しております」
ティアナは頭をさげた。それ以上、二人は話そうとしなかった。
(え、こっちの方がどういう関係?)
聞いてみたかったが、そういう雰囲気ではなかった。キースはいつも通りアーシェの向かいに座り、ヘルムートがその隣に腰掛けた。
「あの、兄さま」
アーシェはさっそくキースに声をかけた。どうしても確認しておかなければいけないことがある。
「ん?」
「ちょっと手を伸ばしてみてください」
「こうか?」
テーブルの上に差し出された左腕はたくましく、あの魔術師の細い手とはずいぶん違った。同じなのは金時計をつけていることくらいだ。
アーシェはそろりと手を出してみた。指が触れるまで、あと少し、ほんの少し……まだいける、かも、いや。
「んー!」
息をつめていたアーシェは音を上げて手を引っ込めた。歯の奥がカチカチする。やはり治っていない。キースは予想通り、という態度ですっと手を戻した。
「なに? なんの儀式?」
ヘルムートが手を抑えてぷるぷる震えるアーシェを面白そうに見ている。
「それが、その……さきほど、あの時ヘルムート様と一緒にいらした魔術師の方にお会いしたのですが。なんというか、ぶつかって、助け起こしていただきまして」
これが異常な話ということに、キースだけが気づいて眉間に皺を寄せた。
「ふんふん」
「あの方、実は女性とか、そういうことはありませんか?」
ヘルムートはかじっていたパンを詰まらせかけ、軽くむせた。
「なに? その発想。どっから出てきたの?」
「確かに、そういう魔術は芝居などで出てくるな……しかし変装は犯罪につながる故、実際には禁呪では?」
キースが額に手を当てながら言う。
「待て待て。あいつは正真正銘男だって。なんで?」
「えっ。男の人に助け起こされたってこと? それで無事だったの?」
それまで珍しく緊張したように押し黙っていたマリーベルが話に入ってきた。
「無事って、なにが?」
「この子、男性恐怖症なんですよー」
マリーベルの隣のルシアものほほんと加わる。
「正確には男体拒否症、ではないかと。イメルダ先生が」
「男体拒否。なにそのインパクトあるやつ」
アーシェの補足をヘルムートが復唱した。
「男の人に触られるとひっくり返るんだよねー」
「踏みとどまることもありますよ!」
「へー。聞かない症状だな……」
「生まれつきでな。おかげで、飛竜には乗りそびれたが」
「ああ! あれそういう?」
しかし、それなら原因はなんだろう。キースにも触れられないままなのに、ほとんど初対面の人が大丈夫だなんて。
「あの方にはなぜか、吐き気もなにも感じなくて……不思議なのですが……」
「今まで全部だめだったのに?」
「そうです。十二歳くらいまでの男の子以外は」
「じゃあ実はその魔術師、子どもなんじゃない? 背が高いだけで」
マリーベルがひらめいたとばかりに身を乗り出した。
「いやいやいや。確か、あいつは今年で……二十四かな」
「倍あるねー」
「その魔術師殿と話ができないか?」
キースが切り出した。
「ああ。まあ……うーん、聞いてみるわ。忙しいヤツだから、あんま期待すんなよ」
「よろしく頼む」
キースが頭を下げたので、アーシェも倣った。
「お願いします、ヘルムート様」




