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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第一章
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銀のチョーカーとにぎやかな朝食


 コズマから渡された魔術具は、細かい模様の入った銀のチョーカーだった。三か所に青い魔石も嵌まっている。

「こちらは本来、魔力枯れを起こした患者に装着し、それ以上の魔力の漏出による死を防ぐための魔術具です」

 指示に従ってチョーカーを着けると、金時計をつけた時のようにぞわぞわした。

「これで無意識にも魔力を使うことはできなくなります。実習の授業以外ではつけておいてください。それで魔力の浪費が止まるはずです」

 コズマの研究室を辞して、アーシェは予定通り食堂へと向かった。すれ違う男性たちに胸がざわりとする。いつも通りだった。





「アーシェさん、おはようございます」

 ティアナが手をあげて呼んでいる。席を取っておいてくれたのだろう。

 同じテーブルにルシアとマリーベルもいるが、キースはまだのようだ。

 スープとチーズオムレツ、温野菜のサラダを乗せたトレイを置いて、アーシェは席に着いた。

「今日はよく眠れたみたいね。よかったわ」

「魔術具、貸してもらったー? どれ?」

「これです。着けた時は変でしたが、今はなにも感じません」

「へー。見たことない。どれどれ? うわ。ヤバい」

 ルシアはチョーカーをつついて言った。

「これメンテしてくださーいって頼まれてもできないね。町の魔術師の仕事じゃないわ」

「先輩でもわかりませんか?」

 ルシアは魔術具に詳しい。専門の講義も受けている。生活のさまざまな面で助けてくれる魔術具は、人々の毎日に不可欠の高価な日用品だ。

 それらの修繕や保守点検、管理を行う町の魔術師は、地味だが尊敬される仕事である。

「全然レベルが違う。特Aのやつかも。壊さないように気をつけないとねー」

「は、はい。大事にいたします」


 そんな話をしているうちに、キースがやってきた。なんと、ヘルムートも一緒だ。

「わ、竜騎兵のヘルムート様だー。こんな時間に、めずらしー」

 どうやら有名人なのか、先輩にはおなじみのようだ。

「朝練で会ってな。手合わせをしてもらったんだ」

 キースはそんな風に説明した。


「アーシェちゃん、久しぶり! 元気にやってる?」

「はい、なんとか……」

 山あり谷ありではあるが。

「ヘルムート様……? なぜ、え、お知り合いですか?」

 ティアナがささやくような声でアーシェに聞いてくる。

「知り合いというか、恩人というか……」

「ティアナか。ほんとに入って来たんだな」

 ヘルムートは立ったままティアナを見おろして小さく言った。さきほどまでの陽気な感じはなく、声のトーンが落ちていた。意外なくらい冷たく響く。これが素なのだろうか?

「ご無沙汰しております」

 ティアナは頭をさげた。それ以上、二人は話そうとしなかった。

(え、こっちの方がどういう関係?) 

 聞いてみたかったが、そういう雰囲気ではなかった。キースはいつも通りアーシェの向かいに座り、ヘルムートがその隣に腰掛けた。


「あの、兄さま」

 アーシェはさっそくキースに声をかけた。どうしても確認しておかなければいけないことがある。

「ん?」

「ちょっと手を伸ばしてみてください」

「こうか?」

 テーブルの上に差し出された左腕はたくましく、あの魔術師の細い手とはずいぶん違った。同じなのは金時計をつけていることくらいだ。

 アーシェはそろりと手を出してみた。指が触れるまで、あと少し、ほんの少し……まだいける、かも、いや。

「んー!」

 息をつめていたアーシェは音を上げて手を引っ込めた。歯の奥がカチカチする。やはり治っていない。キースは予想通り、という態度ですっと手を戻した。

「なに? なんの儀式?」

 ヘルムートが手を抑えてぷるぷる震えるアーシェを面白そうに見ている。

「それが、その……さきほど、あの時ヘルムート様と一緒にいらした魔術師の方にお会いしたのですが。なんというか、ぶつかって、助け起こしていただきまして」

 これが異常な話ということに、キースだけが気づいて眉間に皺を寄せた。

「ふんふん」


「あの方、実は女性とか、そういうことはありませんか?」


 ヘルムートはかじっていたパンを詰まらせかけ、軽くむせた。

「なに? その発想。どっから出てきたの?」

「確かに、そういう魔術は芝居などで出てくるな……しかし変装は犯罪につながる故、実際には禁呪では?」

 キースが額に手を当てながら言う。

「待て待て。あいつは正真正銘男だって。なんで?」

「えっ。男の人に助け起こされたってこと? それで無事だったの?」

 それまで珍しく緊張したように押し黙っていたマリーベルが話に入ってきた。

「無事って、なにが?」

「この子、男性恐怖症なんですよー」

 マリーベルの隣のルシアものほほんと加わる。

「正確には男体拒否症、ではないかと。イメルダ先生が」

「男体拒否。なにそのインパクトあるやつ」

 アーシェの補足をヘルムートが復唱した。


「男の人に触られるとひっくり返るんだよねー」

「踏みとどまることもありますよ!」

「へー。聞かない症状だな……」

「生まれつきでな。おかげで、飛竜には乗りそびれたが」

「ああ! あれそういう?」


 しかし、それなら原因はなんだろう。キースにも触れられないままなのに、ほとんど初対面の人が大丈夫だなんて。

「あの方にはなぜか、吐き気もなにも感じなくて……不思議なのですが……」

「今まで全部だめだったのに?」

「そうです。十二歳くらいまでの男の子以外は」

「じゃあ実はその魔術師、子どもなんじゃない? 背が高いだけで」

 マリーベルがひらめいたとばかりに身を乗り出した。

「いやいやいや。確か、あいつは今年で……二十四かな」

「倍あるねー」


「その魔術師殿と話ができないか?」

 キースが切り出した。

「ああ。まあ……うーん、聞いてみるわ。忙しいヤツだから、あんま期待すんなよ」

「よろしく頼む」

 キースが頭を下げたので、アーシェも倣った。

「お願いします、ヘルムート様」



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