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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第七章
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 何年か前に卒業したツインがいたという話は、確かに聞いたことがあったが。

「つまりサンデルさんは、ペアが二人いる状態ということですか? 大変なのでは」

「そうでもないよ。二人ともちゃんと加減してくれるから」

 アーシェは壁から手を離してサンデルに向き直った。こうして話してみても気弱そうという初めの印象は変わらないが、どこか人を安心させるような不思議な魅力のある若者だ。頼りなげにさがった眉を寄せて、彼は声を低めた。

「さっきの話だけど。波長にこだわるってことはやっぱり、対としての魔力を求めて……って可能性が一番高いんじゃないかな。というより他には考えにくいっていうか」


 サンデルが突然核心に触れたので、アーシェは周囲に人影のないことをもう一度確認した。


「だけど無理矢理連れてこられて魔力を使わせてくださいって言われても普通は拒否するよね。寿命を削るようなもんだし。ぼくも何かにつけて波長の近い人に頼まれたりすることがあるんだけど……毎回引き受けていたらきりがないから、基本的には断ることにしてるんだ。リリちゃんとユハのためならいいんだけどさ、よく知らない人のために自分を差し出すことはしないよ。申し訳ないけどね」

 天属性の学生は、不特定多数の地属性の求めに応じて試験での対魔術の発動に力を貸すことが半ば義務づけられている。しかし卒業後は、契約したペア以外との魔術行使は当人の自由意志に任せられる。魔力が有限であることを考えれば当然のことといえるだろう。

「本人にその気がないと魔術は使えないのに、どうするのかな。脅すとか……?」

「私も同じことを考えていました。魔力が狙われているとして、それをどう使うのかと。暗示をかけるとか、なにかやりようはあるのだと思うのですが」

 額に当てていた手を離して、キースが口を開いた。

「先週俺が執行隊から尋問を受けた時、金時計によって自白を強制されたが」

「騎士くん、何やらかしたの?」

「単なる人違いですよ。無実ですぐに釈放されています」

「……されたが、あれは逆らいがたい力だった。意思とは別のところで従わされるような。確か第一種の権限がどうとか言っていたが」


 第一種というのは、イメルダが昨日話していた特権のことだろうか。ヘルムートが持っているという。

「ファルネーゼに従わせる金時計の縛りかぁ。確かにそれが使えれば……でも、それだと魔力の使い道はファルネーゼのためになるってことに」

 扉の開く音がし、サンデルは言葉を切った。


「いた! サンデルくーん!」

 リリアーナが駆け寄ってサンデルに腕を絡めた。ユハとイメルダも足早に近づいてくる。


 イメルダの緊迫した表情に、アーシェは悪い報せを感じ取った。

「急ぎましょう。モニカさんの話では、さきほど執行隊が研究棟に来たそうです」

「研究棟? どうして」

「ヴィエーロ先生の研究室に捜索が入ったと。先生自身は見つからず、教務課や薬草園など、今あちこちに隊員が向かっているということです」





 長くはもたないだろうと思っていた。アーシェ自身になにかあるかもしれないと疑いを持たれた時点で、その対であるディルクの存在の不自然さにも気づく者が出るだろうと。

 だが、考えていたよりも早かった。

 アーシェとの繋がりとは別のところからボロが出るとは。まったく甘かったと言わざるを得ない。


 だが、どちらにせよ同じ。つまり、すべては潮時だということだ。


 クラウディオは深い溜息をついた。白く曇った空気が流れていく。

「さあ、話してもらうぞ。ヘルムートは何を調べている。建国祭の時期でもないのに帰国していたのはなぜだ? オマエを学院に潜り込ませて何をさせようとしてる?」

 なるほど、ヘルムートを起点として考えれば、それに連なるディルクの存在もなにかしらの企みのうちということになるか。

 ヘルムートがファルネーゼで力を持とうと思っているなら魔術を学べば済む。それをしないのは、彼に意欲がないからだ。単純なことなのだが、大公派は理解しようとしない。猜疑心に囚われたまま、彼らに納得のいく理由を勝手に見つけようとしている。

「徒労だな……。もっと他にやるべきことがあるだろうに」

「何?」

「お前たちは一体なにをやっているんだ? こんな犯罪まがいのことをするとは。大公派はもっと賢く立ち回る連中だと思っていたが、買い被りだったかな」

「抜け抜けと。犯罪者はオマエの方だ。我々は不審人物を拘束したに過ぎない」

「その権限を持っているということは君は執行隊の一員ということだな」

 ツンツン頭のハリネズミは少しひるんで隣の細目を見た。

 執行隊を示す太陽と歯車の意匠のバッジを彼らはつけていない。尾行中など、捜査上の必要があれば外してよいことになっているが、基本的には職務中は着用すべきものだ。

「ああ、そうだ。でもそっちの持っている情報の中身によっては本部への移送は見逃してやってもいい。経歴に傷をつけたくないなら、素直にここで全部話すことだな」

 答えた細目は香炉のそばを離れ、部屋の隅のテーブルに向かう。その背には束ねられた赤茶の髪が尻尾のように揺れていた。こちらはキツネといったところか。


 執行隊の本部は行政区にある。護送中の被疑者といえども行政区に入る際は検問を受ける。

 金時計に刻まれた名は、とうに削ったが――検問所で識別すれば即座に明らかになるだろう。ここにいる、フリッツと名乗る男が本当は何者なのかということが。


「別に、それでも良いが」


 ディルクという立場がもう使えないなら、隠し続ける意味もない。予定が少し早まっただけだ。

 こうなる前にアーシェと話をできなかったことだけが気がかりだった。筋は通しておきたかったが。


「お、ようやくその気が出たか」

 言葉を逆に受け取ったキツネが、薬瓶の蓋を閉めつつにやついた。

「よし、ならまずはそうだな、先週の大公邸の件だ。ヘルムートの目的は?」

「あの方のお考えまではわからん。俺は同行したまでだ。大公邸に行って……」

「他にはどこにも行っていないな? 邸に入ったのか」

「いや、門のところで結界に阻まれた。中から不気味な女の人形が出てきて、なにを喋ったか、そう、確か」

「待て。おいメモを取れよ」

 キツネに小突かれたハリネズミが舌打ちをした。

「住人登録には、正統な次代の大公が必要……とか。そういったことを人形が言ったんだ」


 会話をしながら、クラウディオは考え続けた。

 ディルクをヘルムートの手先であると断じて調査したなら、その対であるアーシェのことも当然、大公派は把握したはずだ。彼女は今どうしているだろうか。時間的にはまだ実習中で、コズマが傍にいるはずだが。

 アーシェの安全だけは確保しなければいけない。最優先事項だ。


「他には」

「あとは、中には誰もいない、と。会話は成立していないようなものだった」

「ヘルムートは大公邸からなにかを持ち出そうとしているのか」

「そんなことは知らない」


 しかし昨日の時点で、大公派がアーシェに目をつけていた様子はなかった。となるとディルクについての情報が入ったのはそれ以降ということになる。

 あの日の実験棟で、確かに五人の研究生の姿を目にした。うち目が合ったのは女性二人。最上階への階段を上がるところは見られていないはずだが、見慣れぬ青ローブがいれば記憶に残ってもおかしくない。一緒にプレヒトに乗ってきたと考えれば研究生たちに聞き込みをするのは的確なやり方だ。待ち合わせを別の場所にして人目につかぬよう対策を講じた上でプレヒトのところへ向かうべきだったのだ。つくづく侮りが過ぎた。


「ンな言い訳が通用するとでも?」

「まあまあ。ゆっくり思い出してみて。人形の言ったことではなく、ヘルムートがなにを聞こうとしていたか」


 ディルクの身柄をおさえられたのだから、次はその関係者に手を伸ばすだろう。

 アーシェの小さなてのひらが頬を撫でていったことを思い出す。その優しい言葉も。

 今度こそ彼女を守り抜かなければならない。

 こうなってはこの非生産的な問答も早く終わらせて戻った方がいいだろう。ルシアのことも気がかりだ。


「なぜ初めから正規の手続きを踏んで俺を行政区に移送しなかった? 尋問は本部でもできたはずだ」

 記録を残したくなかったのか、事を急いだからか。

「なんだと?」

「サイモンの許可を得ていない独断の行動といったところか。エドガルドの指示だろう? 執行隊を私兵のように使うとは、あいつも権力の座について分というものを弁えられなくなったらしい」

 正規の仕事でないからあえてバッジも外していたと考えるのが自然だ。言質は取られたくなかっただろう。

「お前、議長閣下に対して――」

 間髪入れずに強い衝撃がきた。椅子ごと横倒しになって倒れ、左肩をしたたかに床に打ちつけたのだ。

「ふっざけんな。身の程を弁えるのはテメーの方だ」

 椅子を蹴り倒したハリネズミがわめいた。

「おい、落ち着け」

「もういいじゃねーか、さっさと吐かせようぜ。甘く見られてんだよ」

 右肩を踏みつけられ、椅子の背と床に挟まれた左腕がひどく痛んだ。歯を食いしばって喉から出そうになる呻きを飲み込む。


「今日のヘルムート様が何を調べていたかはもうわかっているだろう。昨日連れ去られた生徒のことだ」

 見上げながら二人の表情を観察する。

「ずいぶん始末が雑じゃないか。姫様のご友人でなくともそのうち尻尾を掴まれていたろうな」

 冷静でなくなればなくなるほど、口は軽くなる。香炉のそばで魔法薬を嗅ぎ続けていればなおのこと。

「減らず口を!」

「待て、乗るな。様子が変だ……こいつは正気だぞ」

 あと少しというところで、キツネがハリネズミを制した。



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