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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第七章
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偏倚する波形


「先月、はじめて対魔術の実習をした日、ペアのいる者同士で親睦会をしたんです。その時私の隣に座った天属性の先輩がいて――三回生のリューディアさんという方ですけど。彼女が言っていたんです。自分と相性のいい地属性が統計上の数値よりずいぶん少ない。対に選べる候補が限られていて苦労している、と……。だから今年は相性のいい一回生を見つけて組んでみることにしたと」

 未熟な一回生と組みたがる天属性は滅多にいない。ラトカのような例は珍しいのだ。

「それを聞いて、周りの人たちは……その波形には落ちこぼれが多いんだなんて笑っていたのですが……」

 キースが思い出してくれたようで、額に手をあてた。

「Bの2の話か」

「そう。Bの2の地属性がなぜか不足しているというの。Bはそこそこ多い波形のはずなのに。だからもし彼女とルシア先輩の魔力波形が近いなら……それはつまり……」

 その波形の生徒ばかりが退学しているという証拠にならないか。


「学院の図書館には過去五十年分の新入生の波形が保管されているんですよね? それを調べればはっきりすると思うんです」

 こめかみをトントンと指先で突きながら聞いていたイメルダは、机の脇にある棚に向き直った。

「在校生の分のファイルなら写しがこちらにもありますよ」

 手早く二冊抜き取って、片方をアーシェに手渡す。四回生のファイルだ。イメルダ自身は三回生のファイルをめくりはじめた。


「ついて行けてないんだけど、どういうこと?」

 サンデルが首をひねりつつリリアーナを見た。

「突発的中退の子たちの中に家に戻ってない子がいる。Bの2が集中的に狙われてるかもしれない。って話、たぶんー」

「ええー。大ごとじゃないか」


 アーシェが見つけたルシアの資料と、イメルダが差し出したリューディアの資料を突き合わせる。

「ルシアさんはBの2、周期は四十日。リューディアさんもBの2、四十日ですね。カーブの一致率は八割を超えています」

 アーシェはさらに四回生のファイルを調べようとした。

「中退した生徒のものは抜いてありますか?」

「いいえ、私はいつも一番後ろに」


 二年前に中退した女生徒。ルシアと同室で、同じクラス。すぐに見つかった。

 他にも中退は十三人いた。うち一人がBの2だった。


「ルシア先輩を入れて、十五人中、三人がBの2……」

 イメルダが三回生のファイルを同様に確認して数え上げた。

「こちらは十人中、一人がBの2ですね」

 察して二回生のファイルを棚から出して広げていたキースが最後に言った。

「九人のうち二人だ」

 一回生では今のところ、退学者が出たという話は聞かない。実習も始まったばかりだし、挫折するには早いだろう。


「三十四名の退学者のうち、六名が同じ波形ですかー。確かにちょっと偏っていますねー」

「それも揃って周期の幅が短めの子です。これは……」


「で、でも特定の波形の人間を間引いてなんの得が」

 サンデルが疑問を呈したその時、診察机の上に何かが飛んできた。来校者証だ。ユハが投げこんだのだ。

 キースがすぐさま三冊のファイルをまとめて元の場所に突っ込み、イメルダはひっくり返した鐘の底を手のひらで蓋をするようにポンと叩いた。

 リリアーナはユハの来校者証を取って彼に歩み寄り、アーシェは机のそばを離れてベッドのふちに腰掛けた。そのタイミングでドアがノックされた。


「お待たせしました! もぉーばたばたしちゃって。入りますっ」


 現れたのは、活発そうな赤いローブの女性だった。アーシェにも見覚えがある。昨日ここでイメルダの留守を預かっていた救護師だ。

「モニカ先生。急にお願いしてすみません」

 イメルダは鐘を鞄に突っ込んだ手をあげながらにこやかに言った。

「いえいえ、いつもお世話になってますから。あれ? ずいぶん人が多いですね」

 モニカが室内を見渡した。不自然に映っていないかと冷や冷やしながら、アーシェは小さく頭を下げた。

「あ! あなたはもしかして! 移動要塞のユハ?!」

 が、モニカは緊張した雰囲気を察するでもなく、別のことに気を取られたようだった。来校者証をかけ直していたユハにいそいそと近づく。

「そうだが……」

「うわー! すごい! ホントにおっきい! え、今日はなぜこちらに? 握手していただいても?」

「まあ」

「わーい! ありがとうございます!」

 移動要塞とはまた大仰な二つ名だ。要塞と言えるほどの規模の結界を展開できるということだろうか。アーシェは自分の鞄を肩にかけて、すぐに出られるよう準備しながらキースと頷きあった。


「ユハ、人気だねー」

 リリアーナがからかうようにユハの腕をツンツンとつついた。

「あ、そうだ魔監委に入られたんですよね。じゃあ今日はなにかの調査で?」

 モニカの疑問に、イメルダが横から答えた。

「そういうことです。少し協力を依頼されまして」


「では失礼しまーす……」

 アーシェは小声で断りながら、話がはずんでいる後ろをキースと二人でそっと通り過ぎ、ドアを開けた。授業に戻るはずの生徒がイメルダと一緒に出掛ける姿というのも変だろう。ここは印象に残らないよう一足早く退場あるのみだ。


「ええっ、大変じゃないですか! 何があったんです?」

 アーシェたちを気に留めることなく、モニカは話を続けている。リリアーナが両の人差し指でバツを作るのが見えた。

「そこは極秘ですのでー」

「あ、ですよねごめんなさいっ」



 首尾よく廊下に出られた、と安心したその時、なぜかサンデルもついてきてドアを閉めた。

「え、あの」

「いや、きみたちから目を離さない方がいいかなーと」

 サンデルは頭の後ろをかきつつそう言った。人好きのしそうな笑みを浮かべているが、なかなか油断ならない。

 アーシェは一歩さがりながら「逃げたりしませんよ」と小さく答えた。

「まあでも、危ないかも。でしょ?」

 サンデルは廊下を見回した。アーシェたちの他に人影はない。

「といっても、ぼくよりそっちの騎士くんの方が頼れるだろうけど。あらためて、ぼくはサンデル。魔術適正使用監視委員会の……、ヒラの職員だよ」

 手を差し出されたが、アーシェは応じられない。かわりにキースが握手した。

「キースだ。彼女との距離には気をつけてほしい」

「あ、うん。そうだった……ゴメンね」

 アーシェは救護院の入り口に向かって歩き始めた。といっても、搬送室はその性質上、入り口から最も近い部屋なので、すぐに扉にたどり着くのだが。


 まずキースが扉を押し開け、周囲に視線を巡らせた。

「きみたちはさ」

 サンデルがなにか言いかけたが、アーシェはさりげなくそれを遮った。情報は与えるよりもらった方がいい。

「ユハさんは有名人なのですか」

「え、ああ。そうだね」

 キースが扉をおさえたまま目で合図してくれたので、アーシェは外に出た。曇り空が広がっていた。

 商業街に行くとなると裏門に向かうことになる。できるだけ早くと考えると、アーシェの足の遅さからして先に進んでいた方がよいだろうが――執行隊が来ているという話が気になる。別行動はできるだけ避けたい。

「あの図体だから目を引くし、よく声かけられるんだよ。でも最近は新しいのが出たんでしょ」

「なにがですか?」

 アーシェは外壁に手を添え、靴を直すそぶりをした。イメルダはすぐに出てくるだろう。目立たないようにして待つほかない。

「攻撃魔術の権威、ククリーク一族から生まれた新世代のツイン! 知らないの? 学院にいるのに」

「ああ、ラトカとルカーシュ先輩のことですか……」

 片足で立ち、靴をひっくり返しながらアーシェは言った。

「そうそれ、ルカーシュ・ククリーク。すごいよね、天なのに名前が知れ渡って」

「ということは、ユハさんもツイン?」

「そうだよ。やっぱり話題をさらわれてるなぁ。もうあいつも過去の人だな」

 サンデルは肩をすくめた。言葉とは裏腹に、嫌味のないさっぱりした口調だった。

「他人事のようだが。一緒に仕事をしている天属性ということは、貴殿が彼の相方ツインなのでは?」

 アーシェを背に隠すようにして立つキースの指摘に、サンデルは笑った。

「うんまあ。だけど握手は求められないし有名でもないよ。いいんだけどね。ぼくは持て囃されたいわけじゃないし、ユハのおかげでなんとか卒業できたようなものだから」

「……私はてっきり、サンデルさんはリリアーナさんの対なのかと」

 後ろを見る余裕などなかったから気付かなかったが、つまりあの時、ユハはサンデルと魔術を発動させていたのか。道理で、ラトカの説明に当てはまらない規格外の結界術だったわけだ。

「リリちゃんとも使うよ。一致率は九割そこそこだけど」

 サンデルはなんでもなさそうに言った。



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