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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第七章
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濫觴の鐘



「そうと決まれば、誰かにここの留守を頼んできませんと。今日はカトリンさんもいませんし……。少し待っていてください」

 イメルダが足早に搬送室を出て行き、リリアーナはひらひらと手を振ってそれを見送った。

 アーシェはその隙にペンダントを服の下にしまった。

 大変気まずい。魔術適正使用監視委員会の三人と同じ部屋に残されるとは。それだけイメルダは彼らを信用しているのだろうが。


 しかし、イメルダから見て敵でなくとも、アーシェにとってそうかは別の問題だ。

 警戒はしつつも、距離を探っていかなければ。


「あの、申し訳ありません。皆さんに怪我をさせてしまって」

「ああー。大したことないでふひ、お互い様でふからねー」

 リリアーナは鷹揚に答え、飴玉をカリッと噛んだ。

「それよりー、あなたのボディガードさんすごい力でしたねー。属性付与の人ー? 普段なにやってるんでふかー? うちでも雇えまふかー?」

「駄目です。雇えません!」

 アーシェは慌てて否定した。リリアーナの取り巻きにキースが加わるなどとんでもない。

「……休職中だが、騎士団の所属だ」

「わ、私の従兄なのでっ。別にボディガードというわけでは」

「えー。タダ働きなんだー」

 アーシェは苛立ちを感じた。やはりこの人を好きになれない、と思い、それを表には出さないようぐっとこらえた。


 リリアーナは椅子に腰かけて足を組み、両手で片膝を抱えるようにする。

「ていうかー、なんでさっきは逃げ出したりしたんですかー? 普通にお話を聞いてくれればー、こっちも手荒なことせずにすんだんですけどー」

 アーシェが返答に詰まっていると、キースが加勢してくれた。

「昨日から不審な人物が学内をうろついていると噂になっていて、学生は皆怯えている」

「えーっ。そうなんですかー」

「ああそういえば、ぼくらが正門で受付してる時、執行隊もゾロゾロ来てたんだけど。それを調べに来てたのかな」

「サンデルくーん、それ話しちゃっていーのー?」

「うわ、ごめん。よくなかったかな。今のナシで!」

 サンデルが口をおさえた。

 アーシェは思わぬ情報に背中を寒くした。彼らではなく執行隊に遭遇していた可能性もあったのかもしれない。

 いや、あれだけの騒ぎを起こして現れなかったのだ。隠れて見ていたのか、それとも別のことをしにきたのか。


「それでー、不審人物ってなんなんですー?」

「あ、ええと。それは……女子寮のまわりで見た人がいると……しかも寮生が一人、前触れなく退学してしまって。彼女はなにか目撃したのではと、騒がれているみたいです」

「ふうーん」

 リリアーナがガリガリと飴をかみ砕き、飲み込んだ。

「突発的中退ってやつですかー。わたしの時もありましたよー」

「――それは、何年前ですか?」

「えっとー、たしか四回生の時だからー、七年くらい前ですかねー」

 それならブレーズの話していたのとは別件だ。

「その中退した人の魔力波形はわかりますか?」

 リリアーナは首をかしげた。ふわふわのツインテールが揺れる。

「えー。さあ、そんなの知りませんけどー」

「別に中退は珍しくもないよね。最近は魔術師の血を持たない一般人の入学が増えてるし。別に誰だって魔術は扱えるといえばそうなんだけど」

 キースがもの問いたげにアーシェを見ている。なぜそんなことを聞いたのかと思っているのだろう。


 と、ドアが開いた。サンデルのかわりにドアの前を塞ぐようにしていたユハが無言で動き、戻ってきたイメルダが部屋に入るとまた元の位置に立った。

「モニカ先生があと十分くらいで来てくださるそう。私は準備をいたします」

 イメルダはいそいそと黒い鞄を棚の上からおろした。クラウディオの研究室に診察に来た時にも持ってきていた大きめのものだ。いざという時に応急処置ができるような道具が入っているのだろう。机の引き出しからも次々と入れていく。

「アーシェさんはどうします? 動けそうなら、ご一緒しましょうか」

 イメルダの顔には、残していくのは心配と書いてあった。

「行きます。行きたいです」

 アーシェははっきりと答えた。クラウディオに何かあったかもしれないのに、じっと待つなんてできるはずがない。

「わかりました。それではキースさんは……聞くまでもありませんね」

 キースは黙って頷いてくれた。


 アーシェはベッドからおりて靴を履いた。ふらつきのないことを確かめながら、診察机のそばにいるイメルダの隣へ歩く。

「その前に……、ひとつだけ。ルシア先輩のことで」

「なにかわかったのですか」

「はい。私は、今ここで話してもいいですか?」

 アーシェはイメルダを見、リリアーナたちを見た。

「そうですね……」

 イメルダもアーシェの言葉の意味を理解してくれたようで、少し考えてから言った。

「魔術適正使用監視委員会は、小規模ですが、議会からも執行隊からも活動を制限されない独立した機関です。これは執行隊がその職務上、しばしば禁呪を使うことを許されていることに関係していて……。尾行に使う隠蔽の魔術ですとか、変装術とかね。委員会は、執行隊がそれを濫用していないかチェックして指導するのも役目なのです」

 うんうん、とリリアーナは腕を組み、イメルダの台詞に満足げだ。

「そういう組織と今接触できたことはむしろ好機と私は考えています。ここに訴え出たあの人の意図は、単純にアーシェさんへの拘束が弾かれたことに疑問を持ち正体を暴こうと考えた……というところでしょうが、彼女を後押しした人間や、彼女を監視している人間がいないとも限りません」

「つまり、後をつけられているかも……と」

「警戒は必要でしょうね」

「えええー、なんの相談なんですかー? ヤバい話ですかー?」

 リリアーナは立ち上がってイメルダに近づいてきた。


「ですが今ここにいる三名については、私は個人的に信頼しています。見ての通り、上手く隠し事のできる性格ではありませんし。リリアーナさんは、一回生の頃とても内向的でね。よくいじめられてはここに来てこっそり泣いていたものです」

 とてもそんな風には見えない。アーシェには意外に思いながら真っ赤になっているリリアーナを見た。

「ちょちょちょっと! そんな昔の話やめてくださいー」

「あら、私にとってはつい最近なのですが……。そういうあなたに自信をつけさせてくれたサンデルさんたちのことも、私は好きですよ。ですので巻き込みたくない気持ちももちろんあります」


 先ほど鞄の中に入れたばかりの遠耳の鐘を取り出して、イメルダは言った。

「今からとても危ない橋を渡る話を……するかもしれませんし、そうでもないかもしれません。たとえ卒業していても、あなたがたは私のかわいい生徒であることに違いはありませんが、もう立派な大人でもあります。ですから個人の判断にゆだねます。この中に入るかどうか決めてください」


「えっとー、よくわかりませんけどー。先生が危ない橋の上にいるならー、わたしがその橋を補強してみせますー」

 リリアーナはあっさりとそう答えて、一歩前へ出た。

「あ、リリちゃんが聞くならぼくも」

 サンデルが早足でリリアーナの後ろにつく。キースは静かにアーシェの隣に立った。


「自分はいい。リリアーナが判断して、必要なら後で聞かせてくれ」

 ユハは厳しい表情でドアの前に残った。鐘の効果範囲からして、この人数にユハの巨体が加わるとかなり寄り集まる必要が出てしまうし、なにより鐘の外で周囲を警戒する人間もいた方が安心だ。



 イメルダが鐘を鳴らした。



 わかりやすく説明したい気持ちもあるが、あまり時間がない。アーシェは端的に切り出した。

「昼休みにクラスメイトが教えてくれたんです。四年前、同じように突然いなくなった男子生徒がいたと。その生徒は故郷に帰ってこず、両親がファルネーゼまで迎えにきて、その後消息を絶ったと。しかも、彼の両親と連絡を取り、彼を見つけようとしていた友人が、飛翔魔術の事故で亡くなっているそうです」

「四年前の事故……。アルベールさんのことですか? 誰がそんな……」

 イメルダは死んだ生徒に心当たりがあるようだが、ブレーズの説明は後だ。

「こんな風にいなくなったのはルシア先輩だけじゃないんだ、他にもいるんだって……そうしたら思い出したんです。ルシア先輩が以前話していたことを。仲のよかった友だちが突然辞めてショックだったことがあると」

 ルシアだけがいなくなったなら、ルシアでなければならない理由があるはずだが。

 何人もいなくなっているなら、そこに共通しているなにかがあるはずなのだ。

「その子とは、いつも共同魔術で一緒だった。波長が近かったと言っていました。だから私は、魔力波形が関係しているんじゃないかって、考えてみたんです」



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