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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第七章
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ちぐはぐな三人の来校者


 ティアナが遠耳の鐘をアーシェの鞄にすべりこませながら囁いた。

「ディルクさんから連絡は?」

 ブレーズのくれたヒントから浮かんだ推論で頭がいっぱいになっていたアーシェは、それで現実に引き戻された。

 実習の行われる広場は講堂の陰から出ればすぐだ。とはいえ、もう鐘が鳴った後なので猶予はない。アーシェは慌てて鞄の中のちょこっと魔術信をのぞいた。

「来てる……!」

 遠ざかるエルミニアの背中を目視してから引っぱり出し、内容を確認する。


 ――どうやら今日は間に合いそうにない。よろしく


「簡潔ね」

「仕方ないわ。見学……がやっぱり一番いいかしら」


 今日の実習は先週の浮遊魔術の続きだ。もう合格はもらっているが、クラウディオに教えてもらったやり方を試したいと思っていたので残念ではある。

 うまく理由をつけて単独ソロで練習してもよいかもしれないが、しかし。どうせなら、一刻も早くイメルダに伝えて裏付けを取れないだろうか。



 広場の整列にギリギリ間に合ったが、アーシェはさっそくヌンツィオに申し出た。

「先生。今日は私、体調が思わしくなくて。対のディルクさんにはもう伝えたのですが、午後の授業を休みたいのです」

「あん?」

 ヌンツィオが近づいてアーシェの顔を覗き込もうとしたので、アーシェは後ずさって距離を取った。

「ああ、そうだったな、すまんすまん。ええと……前回合格はしていたな。それならまぁ、そっちの端にでも座って後でレポートを」

「私も見学のつもりでここまで来ましたが、そのう、どうにもめまいが。なので、今から救護院へ行こうかと」

「そんなにか?」

「はい……」

 アーシェはうつむきがちに答えた。演技力はともかく、普段からひっくり返りがちなので説得力はあってほしい。

「まあ、そういうことなら」

「はいはい! アタシ! アタシが付き添います!」


 なぜか、エルミニアが駆けつけてきてアーシェの腕をとった。

「えっ。あの、ひとりでも大丈夫で」

「めちゃくちゃ顔色悪いじゃーん。心配だもん。それじゃ行ってきます」

「おい、お前はまだ合格してないだろう」

「すぐ戻ってきますからー!」

 言いながらエルミニアはアーシェをぐいぐいと引っ張っていく。ずいぶん強引だ。



「あの……どうしたの?」

 アーシェは困惑していた。

 振りほどくわけにもいかず、一緒に広場を離れてしまったが。早くイメルダと話したいのに。


「だってさぁ。キース様が、アンタを一人にするなって」

 エルミニアが小声で言った。

「え」

「食堂を出る時に頼まれたの。目を離さないでほしいって。だから、さっきも見守っててあげたでしょ」

 てっきり興味本位でのぞいているのだと思い呆れていたが、そうだったのか。エルミニアのすることだから、という先入観からの思い込み。アーシェは申し訳ない気持ちになった。

「キース様も昼休みは反対側から見張ってたんじゃない? 食堂からこっち、一緒に来てそれで、ここで別れたから」

 エルミニアは右と左の人差し指を立ててぴょこぴょこと動かしながら説明した。第一講堂の前まで来て、エルミニアは広場の方へ、キースは男子寮の方へ向かった。それで両者は別方向から講堂の横手にまわった――という感じのようだ。


「そんでブレーズとはなんだったの? ティアナは授業の話とか言ってたけど絶対違うよね?」

 目をキラキラと輝かせながらせまってくる彼女は好奇心を隠そうともしていない。やはり、エルミニアはエルミニアだ。

「それは教えられません。少なくとも、今はまだ」

 ブレーズの言ったように、真相に近づいた人間が消されているとすれば。話せば彼女をも巻き込むことになる。

 まだ早い。決定的な証拠をつかんでから一気に話を広めるべきだ。口封じなんてできないくらい大勢に知らせる必要がある。


「キース様もワケは話せないとか言ってたけどぉ。いやー、秘密任務……こーいうのもワクワクするね! アタシ探偵とか向いてるかな? どう思う?」

 絶対に向いていない。

「冒険者の方がいいと思うわ」

「やっぱり? 簡単に夢を諦めちゃいけないよね!」

「前から気になっていたんだけど、エルミニアはどうして冒険者になりたいの?」

「それ聞いてくれる? 実はアタシ、シャレス様が好きなの。激推しなの」

 エルミニアは予想以上の勢いで食いついてきた。無事に話をそらせたようだ。

「シャレスって、勇者ウィルの親友の?」

 勇者ウィルにまつわる物語は、魔物との戦いが繰り広げられる冒険者ものの源流。定番中の定番だ。

「そそそ! アーシェならわかってくれると思った! みんな誰それって言うんだもん」

「まあ、古典ですし、勇者様ならともかく脇役の名前までは……」

「シャレス様は脇役じゃないんだけど。旅立ちから終盤までずっとウィルを支え続けた超メインキャラなんだけど」

 エルミニアは見たこともないほど真剣な表情をしていた。完全に目が据わっている。

「も、もちろん知ってます! 第四魔公との戦いとか大活躍だったものね」

「それー! 最高のやつー!」



 そんな話をしながら救護院に向かっていると、前方から三人の大人が並んで歩いてきた。赤いローブが二人、青が一人。中でも目を引くのは、赤ローブがまるでケープのように見える巨漢だった。魔術師には珍しい体つきだ。

 真ん中にいる赤ローブの小柄な女性が立ち止まり、片手を口元に添えた。両隣の男性もそれにつられて歩みを止める。

「あなたがたー、今は授業中では? ズル休みですかー? ズルはいけませんー」

 妙に間延びした話し方をする女性だった。

 アーシェはエルミニアと目を合わせた。

「あの、えっと、サボってないです。今この子を連れて救護院に行くとこで」

「まあー。おケガですかー?」

 女性がフードをおろすと、青いリボンでまとめられた短めのツインテールがあらわれる。ゆるいウェーブのかかったアッシュブロンドがふわふわと揺れると、毛並みのいい小型犬を思わせた。

 近づいてくることで見て取れたのは首にさげた来校証。どうやら教師ではなさそうだ。

 女性を押しとどめるように手をあげて、アーシェは言った。

「いいえ、ちょっとした立ち眩みのようなものです」


 しかし彼女はそのまま至近まで来て、赤いフレームの眼鏡ごしにじっとアーシェを見おろした。

 胸がざわりとした。キースが執行隊に取り囲まれた時のことを思い出した。あの時はもっと大勢いたが。

「サンデルくーん、お手」

 アーシェから目を離さないまま、女性が左手を肩越しに背後へ向ける。呼ばれて青いローブの男性が駆け寄ってきた。同様に来校証をさげた、気弱そうなひょろりとした体躯の若者だ。

 この二人は対なのだろうか。

 アーシェは逃げ出したい衝動にかられ、しかし怪しまれるかもしれないと思いとどまり、エルミニアの袖を握った。


「あ、あの、この子はダメなんです。近づかないで!」

 小さく震えるアーシェを背中に隠すようにして、エルミニアが声を張ってくれた。

「えーっ。ちょっと診てあげようと思っただけですよー」

 女性は天属性の男と手をつないだまま小首をかしげた。

「アナタじゃなくてその、そっちの人が。男の人が近づくとこの子、具合が悪くなるので」

「えええー。ユハはともかくー、サンデルくんは怖くないのにー」

 察するに後方で黙ったままの大男がユハだろうか。いや、名前はどうでもいい。早く離れよう。


「救護院はすぐそこですから、お気遣いなく」

 アーシェは頭をさげて、身をひるがえした。仮にこの三人がただの通りすがりだったとしても、アーシェは後ろ暗い。実際には体調は悪くないのだから。

「あ、待ってよアーシェ」

 エルミニアが追ってくる。


「やっぱりー、あなたがアーシェ・ライトノアなんですねー」

 のんびりした声がアーシェの背筋をなであげるように響いた。

「かわいいおチビちゃん。わたしー、あなたに用があって来たんですよー」


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