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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第六章
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告白か決闘



 ペルラが「じゃあまた、実習でね」と笑顔で去ってから、アーシェとティアナは再び行き交う生徒たちに背を向け、真昼のささやかな木陰で身を寄せた。額が触れ合うほどに近づき、囁く。

「ごめんなさい。今日は体調が悪いとかなんとか、もう少し断りやすい方向に持っていけなくて……」

 アーシェは機転の利かなかった自身を責めた。

「いいの。こうなったら堂々と、何も知らないふりで話を聞いてくるわ。頑なに拒んでも怪しいものね」

「だけど……」

「私はたぶん、大丈夫よ。調べられて困ることもないし。ヘルムート様に近しい人間として、懐柔したいのかも……少なくとも、荒っぽいことをされるような心配はないと思うから」

 こうなると、ティアナの魔術信が彼女の手元にないのが痛手だ。邸宅内で連絡を取るのは難しいとしても、いざという時居場所を確認するのにも使えるのに。


「ともかく、そろそろ食堂に行かない? お腹も空いてきたわ」

 明るく切り替えたティアナの言葉に、アーシェもはっと気づいて金時計を開けた。

「そうね。早く行かないと、また人気メニューが売り切れに」


 街路樹の側を離れ、二人で食堂の方へ歩きかけると、クラスメイトのブレーズが正面からやってきた。なぜか急いでいた様子で、息を切らしている。


「な……、オマエら、なにやってんだ」

 それを聞きたいのはこちらの方である。アーシェは青藍の双眸を瞬いた。

 隣ではティアナも首を傾げている。

「何かありましたか?」

「――なんもねーよ! バーカ!!」


 顔を赤くしながら罵ると、ブレーズは元来た方向、つまり食堂の方へ戻っていってしまった。

 アーシェはティアナと顔を見合わせ、なんだかよくわからなくて少し笑った。

「今のは?」

 怒りの含まれた低い声が降ってきて、アーシェは顔をあげた。

「あっ、兄さま!」

 厳しい表情のキースがいつの間にかうしろに立っていたのだ。どうも、今のやりとりを見ていたらしい。

「彼は私たちと同じクラスで……悪い人ではないです」

「そう、喧嘩じゃないのよ。たぶん、なにか誤解が」

 ティアナと二人で口々に説明すると、キースは納得してくれたようだが、依然難しい顔のままだった。昨日からキースはずっとこんな調子だ。口数が少なく、常に周囲を警戒している。

「なら、いいが。変わりはないか?」

「それが――」

 アーシェは歩きながら、ルシアの魔術信が発見されたこと、ティアナが招待を受けたことを手短に話した。



 ようやく食堂に着くと、キースは一方的に告げた。

「おまえは友人と待ち合わせだろう。俺は少し離れている。不審な動きをしている者を察知するには、傍にいない方がやりやすいからな」

 ここまで来たら一緒に食べるものと思っていたのだが、引き止める間もなかった。


 アーシェが日替わりランチを購入し、トレイを手に目的の場所を探していると、こっち、という風にエルミニアが手招いてくれた。向かいに用意してくれたらしき席が二人分空いている。

 遅れたせいもあり、近くに他の空席はない。キースと別行動になったのは残念だったが、ちょうどよかったと思うべきなのだろう。


「だいたいなんで中退なんてするんだろ? たった四年、必要な分の単位をしっかり取れば卒業できて資格が取れるのに」

 ティアナと二人で近づくと、ラトカがそんな話をしていた。隣には彼女の対であるルカーシュが座っている。

「安くない授業料払ってこんな場所まで来といてさ――あ、やっと来たね」

「にひひ。さっきブレーズがさぁ」

「何があったんです?」

 ティアナがラトカの向かいにトレイを置いた。その左隣の席には見慣れぬ長髪の女生徒がいて、穏やかに口を開いた。

「彼、あなたたちを心配していたみたいよ」

「来るはずなのに遅いって話したら、血相変えて飛び出してって。もーおかしいったら」

 くっくっと肩を揺らしながら話すエルミニアの横で、ラトカが付け加える。

「まーすぐ戻ってきたけどね。あいつらはそこをボケっと歩いてた、人騒がせだ――とかなんとか言って」


 アーシェは今度は笑えずに、傍らのティアナと目配せした。


「いい子じゃない、わざわざ探しに行ってくれるなんて。ねぇ」

 長髪の女生徒が言う。最後のねぇ、は隣のレオンに言ったのだ。レオンはパンを頬張ったまま、同意のようなそうでないような「んー」という返事をした。

「ともあれ、何事もなくてよかった。こんにちは、二人とも。隣、お邪魔させてもらっているよ。彼女はシルフィア。ボクらと同じコースで、レオンの恋人なんだ」

 ルカーシュが手短に紹介してくれたので、アーシェとティアナは初対面の先輩に挨拶と自己紹介をした。遅れたことについてはありのまま、ペルラに声をかけられたためと説明する。


「へー! 内部生のお家にご招待かぁ。アタシ行ったことない。居住区って、商業街の反対側だよね?」

「そう。まあ、寮生にはあまり用のないところだよね。ボクは何度か親戚の家に呼ばれたりしたけど」

「ルカーシュさんの親戚ってことは、ラトカの親戚ってこと?」

「半分くらいはそうなんじゃない?」

「うちの一族はたいていが故郷に戻るけど、中にはこっちで研究を続けたり、ファルネーゼの魔術師と結婚したりする人間もいるからね。まあ大勢いる分、散らばってしまうんだよ」

「ふーん……居住区って住宅ばっかりなんですか?」

「いや。病院とか公園とか市場とか、色々あるよな」

「居住区にもおいしいレストランがあるわよ。商業街のより高めだけれど」


 先輩たちが居住区の話で盛り上がっている間、アーシェは視線をめぐらせて、ブレーズの姿を探した。先にキースの方が見つかった。窓際の、四人掛けの席の端にいる。目は合わなかった。

 ブレーズはクラスの友人たちといた。長テーブルの列でいうと三つ先で、会話の内容などうかがえるはずもない。昼の食堂は賑やかなのだ。


 ティアナも同じく、ブレーズを気にしているようだった。

 二人は、ブレーズとはたいして親しくない。特にティアナは、クラスで二人だけの天属性とあって、対立意識のようなものを向けられているほどだ。

 彼がルシアと知り合いだという話も聞かない。けれど今朝の彼は明確に、ルシアの退学に興味を示していた。

 理由もなく女子に絡んでくるような少年ではない。それがどうして。


「……話を聞く必要があると思わない?」

「話してくれるといいけど……いえ、なんとしても聞き出しましょう」


 彼はなにか知っている。二人は短いやり取りでそう結論づけた。


「そうと決まれば早い方がいいわね」

「どうすればいいかしら」

「それはもちろん、正攻法で!」

 アーシェはサンドイッチをミルクで流し込むようにして食べきると、立ち上がってブレーズの元へと向かった。ティアナも後ろからついてくる。


「ブレーズさん」

 なにやらふざけ合って笑っていた男子たちがしんと静まり、物珍しそうな視線を寄越してきた。ブレーズはスパゲティをちゅるんと口の中に招きつつ、アーシェを訝しげに見上げた。


「大切なお話があるのです。申し訳ありませんが食事が済み次第、第一講堂の裏にいらしてください。お待ちしています」


 アーシェは答えを聞かないまま踵を返した。

 ブレーズの性格上、友人諸氏の前でこうはっきりと言われれば、無視はできないだろうと計算してのことだった。




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