告白か決闘
ペルラが「じゃあまた、実習でね」と笑顔で去ってから、アーシェとティアナは再び行き交う生徒たちに背を向け、真昼のささやかな木陰で身を寄せた。額が触れ合うほどに近づき、囁く。
「ごめんなさい。今日は体調が悪いとかなんとか、もう少し断りやすい方向に持っていけなくて……」
アーシェは機転の利かなかった自身を責めた。
「いいの。こうなったら堂々と、何も知らないふりで話を聞いてくるわ。頑なに拒んでも怪しいものね」
「だけど……」
「私はたぶん、大丈夫よ。調べられて困ることもないし。ヘルムート様に近しい人間として、懐柔したいのかも……少なくとも、荒っぽいことをされるような心配はないと思うから」
こうなると、ティアナの魔術信が彼女の手元にないのが痛手だ。邸宅内で連絡を取るのは難しいとしても、いざという時居場所を確認するのにも使えるのに。
「ともかく、そろそろ食堂に行かない? お腹も空いてきたわ」
明るく切り替えたティアナの言葉に、アーシェもはっと気づいて金時計を開けた。
「そうね。早く行かないと、また人気メニューが売り切れに」
街路樹の側を離れ、二人で食堂の方へ歩きかけると、クラスメイトのブレーズが正面からやってきた。なぜか急いでいた様子で、息を切らしている。
「な……、オマエら、なにやってんだ」
それを聞きたいのはこちらの方である。アーシェは青藍の双眸を瞬いた。
隣ではティアナも首を傾げている。
「何かありましたか?」
「――なんもねーよ! バーカ!!」
顔を赤くしながら罵ると、ブレーズは元来た方向、つまり食堂の方へ戻っていってしまった。
アーシェはティアナと顔を見合わせ、なんだかよくわからなくて少し笑った。
「今のは?」
怒りの含まれた低い声が降ってきて、アーシェは顔をあげた。
「あっ、兄さま!」
厳しい表情のキースがいつの間にかうしろに立っていたのだ。どうも、今のやりとりを見ていたらしい。
「彼は私たちと同じクラスで……悪い人ではないです」
「そう、喧嘩じゃないのよ。たぶん、なにか誤解が」
ティアナと二人で口々に説明すると、キースは納得してくれたようだが、依然難しい顔のままだった。昨日からキースはずっとこんな調子だ。口数が少なく、常に周囲を警戒している。
「なら、いいが。変わりはないか?」
「それが――」
アーシェは歩きながら、ルシアの魔術信が発見されたこと、ティアナが招待を受けたことを手短に話した。
ようやく食堂に着くと、キースは一方的に告げた。
「おまえは友人と待ち合わせだろう。俺は少し離れている。不審な動きをしている者を察知するには、傍にいない方がやりやすいからな」
ここまで来たら一緒に食べるものと思っていたのだが、引き止める間もなかった。
アーシェが日替わりランチを購入し、トレイを手に目的の場所を探していると、こっち、という風にエルミニアが手招いてくれた。向かいに用意してくれたらしき席が二人分空いている。
遅れたせいもあり、近くに他の空席はない。キースと別行動になったのは残念だったが、ちょうどよかったと思うべきなのだろう。
「だいたいなんで中退なんてするんだろ? たった四年、必要な分の単位をしっかり取れば卒業できて資格が取れるのに」
ティアナと二人で近づくと、ラトカがそんな話をしていた。隣には彼女の対であるルカーシュが座っている。
「安くない授業料払ってこんな場所まで来といてさ――あ、やっと来たね」
「にひひ。さっきブレーズがさぁ」
「何があったんです?」
ティアナがラトカの向かいにトレイを置いた。その左隣の席には見慣れぬ長髪の女生徒がいて、穏やかに口を開いた。
「彼、あなたたちを心配していたみたいよ」
「来るはずなのに遅いって話したら、血相変えて飛び出してって。もーおかしいったら」
くっくっと肩を揺らしながら話すエルミニアの横で、ラトカが付け加える。
「まーすぐ戻ってきたけどね。あいつらはそこをボケっと歩いてた、人騒がせだ――とかなんとか言って」
アーシェは今度は笑えずに、傍らのティアナと目配せした。
「いい子じゃない、わざわざ探しに行ってくれるなんて。ねぇ」
長髪の女生徒が言う。最後のねぇ、は隣のレオンに言ったのだ。レオンはパンを頬張ったまま、同意のようなそうでないような「んー」という返事をした。
「ともあれ、何事もなくてよかった。こんにちは、二人とも。隣、お邪魔させてもらっているよ。彼女はシルフィア。ボクらと同じコースで、レオンの恋人なんだ」
ルカーシュが手短に紹介してくれたので、アーシェとティアナは初対面の先輩に挨拶と自己紹介をした。遅れたことについてはありのまま、ペルラに声をかけられたためと説明する。
「へー! 内部生のお家にご招待かぁ。アタシ行ったことない。居住区って、商業街の反対側だよね?」
「そう。まあ、寮生にはあまり用のないところだよね。ボクは何度か親戚の家に呼ばれたりしたけど」
「ルカーシュさんの親戚ってことは、ラトカの親戚ってこと?」
「半分くらいはそうなんじゃない?」
「うちの一族はたいていが故郷に戻るけど、中にはこっちで研究を続けたり、ファルネーゼの魔術師と結婚したりする人間もいるからね。まあ大勢いる分、散らばってしまうんだよ」
「ふーん……居住区って住宅ばっかりなんですか?」
「いや。病院とか公園とか市場とか、色々あるよな」
「居住区にもおいしいレストランがあるわよ。商業街のより高めだけれど」
先輩たちが居住区の話で盛り上がっている間、アーシェは視線をめぐらせて、ブレーズの姿を探した。先にキースの方が見つかった。窓際の、四人掛けの席の端にいる。目は合わなかった。
ブレーズはクラスの友人たちといた。長テーブルの列でいうと三つ先で、会話の内容などうかがえるはずもない。昼の食堂は賑やかなのだ。
ティアナも同じく、ブレーズを気にしているようだった。
二人は、ブレーズとはたいして親しくない。特にティアナは、クラスで二人だけの天属性とあって、対立意識のようなものを向けられているほどだ。
彼がルシアと知り合いだという話も聞かない。けれど今朝の彼は明確に、ルシアの退学に興味を示していた。
理由もなく女子に絡んでくるような少年ではない。それがどうして。
「……話を聞く必要があると思わない?」
「話してくれるといいけど……いえ、なんとしても聞き出しましょう」
彼はなにか知っている。二人は短いやり取りでそう結論づけた。
「そうと決まれば早い方がいいわね」
「どうすればいいかしら」
「それはもちろん、正攻法で!」
アーシェはサンドイッチをミルクで流し込むようにして食べきると、立ち上がってブレーズの元へと向かった。ティアナも後ろからついてくる。
「ブレーズさん」
なにやらふざけ合って笑っていた男子たちがしんと静まり、物珍しそうな視線を寄越してきた。ブレーズはスパゲティをちゅるんと口の中に招きつつ、アーシェを訝しげに見上げた。
「大切なお話があるのです。申し訳ありませんが食事が済み次第、第一講堂の裏にいらしてください。お待ちしています」
アーシェは答えを聞かないまま踵を返した。
ブレーズの性格上、友人諸氏の前でこうはっきりと言われれば、無視はできないだろうと計算してのことだった。