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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第六章
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波紋の行方


 昼休みの学生食堂で、エルミニアはきょろきょろとあたりを見ていた。授業が終わるなり駆けつけて注文したニ十食限定の焼き立てレモンスフレはふわふわにふくらんでスプーンを入れるとしゅわしゅわ、中はとろりとして最高だったが儚くもあっという間に消えてしまい、紅茶だけが残って大変手持ち無沙汰だった――というのもあるが、すぐに追いかけるから、と言っていた友人を待っていたためでもある。


「アーシェたち、ちょっと遅くない?」

「いや、あんたが食べ終わるのが早すぎるだけだから。なんかもうちょっと別のものお代わりすればいいじゃん」

 エルミニアの右横に座っているラトカはランチセットのメインであるスモークサーモンのサンドイッチにはまだ手をつけておらず、サラダをつついていた。

「アタシはまだこのスフレの甘い余韻を楽しんでたいの~。はッ、緊急事態!」

 エルミニアが突然ハンカチで口元をぬぐい、ちょいちょいと前髪を整えはじめたので、ラトカは何事かと視線をあげて「なるほど」と納得した。

 亜麻色の長髪と、茶色のツンツン頭が並んで歩いてくる。ラトカのペアであるルカーシュとその友人のレオンだ。

 ラトカと目が合って、ルカーシュが笑みを浮かべる。

「やあ」

 ラトカは軽く頭をさげた。


「こんにちは、ルカーシュせ、んぱ、い」

 隣のエルミニアが声を弾ませて挨拶したが、途中で尻すぼみになった。エルミニアのテンションを著しく下げた原因は、ルカーシュの側にいた女生徒だった。連れはレオンだけではなかったのだ。

 特別、美女というわけではないが、ふわりとした印象の可愛らしい人だった。なんといっても目を引くのはルカーシュよりさらに長いロングヘアで、うねる毛先は太腿のあたりにあった。ショートカットにしているラトカから見れば「重そう」、腰まである髪を毎日手入れしているエルミニアから見れば「乾かすの大変そう」なボリュームだ。


「ちょっと、なに、誰?」

 エルミニアはラトカに耳打ち確認したが、ラトカはにやつきながら「四回生」と答えた。

「それはなんとなくわかる! じゃなくて!」


「ここ、空いてるかな?」

 ルカーシュはラトカの向かいの席に手を置いて言った。

「えっと、今からアーシェとティアナが来るから」

「ああ。じゃあこっちはシルフィアに座ってもらおうかな」

 シルフィア、と呼ばれた長い髪の女生徒がうなずいて、二席空けたラトカの斜め前にトレイを置いた。

「ボクはラトカの隣でいい?」

「どうぞ」

 ルカーシュはラトカの右、かつシルフィアの向かいになる席にトレイを置き、そしてレオンはシルフィアの左隣に腰を下ろした。

「うわ、レオン先輩すごい量ですね」

 ラトカはレオンの運んできた料理の量に目を丸くした。

 鹿肉のローストの大盛りと特大ミートローフ。メイン料理の皿が二つ並んではみ出しているトレイの真ん中には、スープボウルも載せられている。

「まだあるのよ」

 シルフィアが自分のトレイに載せていたフリカッセの皿をレオンの前に置いた。

「サンキュー」

「はっ。もしかして……!」

 口を閉ざして動かなくなっていたエルミニアがラトカの肩をばしばしと叩いた。

「そう。レオン先輩の彼女」

「わー! なんだ、えー、そうなんですね?! もー、へえーっ、お似合いですぅ!」

 一瞬で機嫌を良くしたエルミニアは、なーんだとかそっかーとか同じようなことを繰り返した。

 ラトカは対としてルカーシュの実習に参加するようになったので、攻撃魔術コースの四回生たちとはすでに顔見知りなのだ。


「ラトカちゃんのお友だちね?」

 シルフィアが微笑んで言った。砂糖を入れたミルクのようにまろやかで甘い声だった。

「はい! 同じクラスのエルミニアです! レオン先輩にこんな素敵な彼女さんがいるなんて知りませんでした」

「ふふ、ありがとう」

「まーもう四回生だし、普通はいるって。特にうちのコースはガチの魔術師家系しかいないから。相手いないのなんてこいつくらいだぜ」

「ボクはいいんだよ。もうツインが見つかったんだし、焦る必要もないから」

 レオンのからかいに、ルカーシュはおっとりと答えた。

「へーっ。そういうもんなんですね」

「いや、双にその気がないならどのみち探さなきゃだろ。こいつが呑気すぎるだけ」

「エルミニアちゃんは魔術師の家じゃないの?」

「あ、はい。うちは全然フツーで」

「そう。いいわね、自由で」

 シルフィアはそう言ったが、特に羨んでいるような響きもなかった。エルミニアはひそかに唇をすぼめた。

 普段はアーシェやティアナも側にいるから意識することは少ないが、ここ(ファルネーゼ)では魔術師の血を持たない者は少数派であり、部外者なのだと思わされて。


「アーシェたち、まだかなぁ?」

 エルミニアは隣のラトカに話しかけた。ラトカは「遅いね」と腕の金時計を開いた。

「え、大丈夫……? 女の子をさらっていく不審者が出るって聞いたわよ」

 シルフィアが白い頬に手をあてて不安そうに瞬く。

「女子みんな、今日はその話ばっかだよな」

「だって怖いじゃない! ちゃんと寮まで送ってよ」

「あー、はいはい」

 シルフィアに袖を引かれたレオンがおざなりに答えた。

「わたしのことが心配じゃないの?」

 不機嫌に睨みつける恋人に、レオンは肩をすくめる。

「送るのは全然いいけどさ、そんな過敏になることもないって。ただの噂だろ。んなことあったら先生たちが黙ってない」

「だって、ゆうべから寮監の先生も留守にしてて……今までそんなことなかったのに」

「あのー。それって、四回生の先輩がいなくなったって話? ですよね? なら、急に自主退学したってだけで別にさらわれたわけじゃないかと」

 話に割り込んだラトカに、シルフィアは身を乗り出して訊いた。

「そうなの? どういうこと?」


「そのいなくなった人って、アタシらの友だち……ってゆーか、そこの席に来るはずの子たちの、ルームメイトなんですよぉ」

 紅茶の最後の一口を飲み干してから言ったエルミニアに、ラトカも続けた。

「あたしもちょうど一週間前、部屋に行って話したことあって。のんびりしたおおらかな人って感じで、急にやめるなんて雰囲気なかったんですけど。だからその子たちも、ショック受けてる感じで」

「それ、なんて人?」

 ルカーシュの質問に、ラトカが「ルシアさん」と答える。


「ルシア、知ってるわ。確か……」

 シルフィアは記憶をたどるように視線をさまよわせた。

「二年前だったかしら? 彼女のルームメイトが突然退学して、少し騒ぎになったの。そう、ちょうど今くらいの時期で。あの子がいなくなるはずないって先生に訴えて、授業にも出ずに探し回ったりして……彼女、それで謹慎処分になったのよ」

「それって……」

 ラトカとエルミニアが顔を見合わせる。

「いやいや、話をデカくしようとすんなって……あ。おーい、ブレーズ!」

 レオンは対の少年を見つけて手を振った。

「アーシェとティアナを見なかったか?」


 トレイを持ったまま立ち止まったブレーズが首をかしげる。彼はいつものように大勢のクラスの男子たちと一緒だった。

「え。けっこう早く教室を出て行きましたけど。なんかあったんですか」

「来ないって、この子たちが心配してるんだ」

「……やっぱ遅すぎるよね? なんかヘンだって。どこ行っちゃったんだろ」

 アタシ探してこようかな、とエルミニアが立ち上がるより前に、ブレーズがアーシェのために空けてある席に勝手に自分のトレイを置いた。

「ちょっと見てくる」

 言うが早いか食堂の入り口に向かって駆けていった後ろ姿を見送って、エルミニアはぽかんと口を開けた。


「……やっぱブレーズってアーシェのこと好きなんじゃない?」

「なんでそーなる」

 ラトカの目は「ありえない」と語っていた。

「いや、だってさぁ。あの慌てよう」



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