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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第六章
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噂の種



「おはよう。え、もうこんな時間? すごい。一回も目が覚めなかったわ……」

 薬が効いてぐっすり眠れたらしい。「久しぶりに頭がすっきりしてる」と起き出したマリーベルは顔色もよかった。

 しかし、アーシェとティアナが早口に話すのを聞くうち、眉間に皺が寄り、蒼白になり、それから怒りだした。

「なにそれ! 絶対に許せないんだけど! ルシア先輩に何の恨みがあるっていうの?」

 すぐにでも寮監室に飛び込んでいきそうなマリーベルの腕にしがみつくようにして、二人は口々になだめた。

「まずは相手に悟られないように調べていこうという作戦なのですっ」

「ヘルムート様やイメルダ先生も協力してくれていますので……!」

 ヘルムートの名にマリーベルは表情を硬くし、冷静さを取り戻したように体の力を抜いてベッドに座り直した。



「――とりあえずわたし、お昼にでもフェルモ先生の研究室に行ってみる。最近ルシア先輩の周りでなにか変わったことがなかったかとか、魔術工房コースの四回生もあたってみるわ。先輩が自主退学したこと自体は疑ってない、っていうふりをすればいいんでしょう。任せて!」

 二人の説明を聞き終えたマリーベルは、俄然やる気をみなぎらせて、いそがしく瞬きを繰り返しながら言った。

「あとは昨日の朝、誰かが先輩を連れ出して荷物を持って行ったのを目撃した生徒がいないか……たぶん、授業中だから難しいけど。でも、体調を崩して寮で休んでる子とか、忘れ物を取りに帰る子とか、いないわけじゃないし。可能性はあるわよね」

 ぶつぶつと考え込んでいる彼女の隣で、アーシェは鞄の中のちょこっと魔術信が明滅していることに気づいた。


 ――さっきから食堂にいるのだが、まだ来ないのか? 無事か?


 キースからの連絡に、アーシェは慌てて立ち上がった。マリーベルが活力を取り戻したのはいいが、話に時間がかかりすぎて当初の「栄養をとらせる」という目標がおろそかになるところだった。

「たいへん! もうこんな時間だわ、急がないと」


 ――大丈夫、すぐに行くわ


 手早く返信して、授業の準備をする。食堂から直接教室へ向かわないと間に合わないと判断したからだ。





 朝の学生食堂は混みあうので、おかずをバイキング形式で選んでいくことになる。出遅れたためか、アーシェが最近いつも食べているヨーグルトのブルーベリーソースが品切れになっていた。果肉がごろごろしていてお気に入りなのだが。残念だ。仕方ないので、残っていたオレンジのソースをかける。


「先輩、おはようございます。わたし、今日は寝坊しちゃって」

 マリーベルの声が聞こえて、アーシェは顔をあげた。

「昨日の朝、見かけない人が女子寮のまわりをうろうろしてたって、友だちが噂してたのを聞いて。なんだか気味が悪くて眠れなくて。だって、昨日同室の先輩がいなくなっちゃったんですよ」

 デザートを取りに来ていたらしい女生徒が、マリーベルに話しかけられているのが見えた。耳をそばだてるまでもない。マリーベルは少し興奮したような様子でまくしたてていた。

「え、それどういうこと?」

「急に退学したらしいんですけど、変なんです。わたし、来週一緒に出掛けようねって誘われてたのに。ひょっとして先輩は怪しい人になにかされて、逃げ出したんじゃないかなんて、考えはじめたら怖くって」

 マリーベルはそのまま彼女と歩いていってしまった。アーシェはティアナと顔を見合わせる。


「マリーベル先輩、嘘が上手いですね……」

「ハムエッグしか取っていなかったわよ。先輩には野菜が足りないわ」



 マリーベル曰く。

 効率よく情報を集めるためには、噂を作ればいい。数人で聞いて回るのには限界があるし、知らない子に突然話しかけても不審に思われるだろう。その点、噂話なら勝手に広がっていってくれる。

 みんなが興味をもって話してくれれば、広がった噂の中に真実が混じっていくこともある。同時に、心当たりのある者にプレッシャーを与えることができる。警戒されるかもしれないが、相手がなにか動きを見せるなら、それが新しい手掛かりにもなる――とのこと。



 先に食べ始めていたキースと合流して、アーシェが小声で簡潔に状況を報告し終わったころ、マリーベルが戻ってきた。

「それぞれ別のグループの噂好きの子、三人に話しておいたから、そのうち広まるでしょ。一回生の方はよろしくね」

「はいっ。が、頑張ります!」

 ティアナがバターナイフを握りしめて返事をした。

「先輩、私サラダを取りすぎてしまったので、少しもらってくれませんか?」

「ええ……。時間ないんだから、ちゃんと調節しなさいよ」

「あっ、私のソーセージもどうですか」

 アーシェと便乗してきたティアナとを交互に見て、マリーベルはわざとらしくため息をついた。

「もう、しょうがないわね……。ちょっとだけよ」





「ルシアって、あのやっさしそーな先輩でしょ? なんで辞めちゃったの?」

 授業開始直前に滑り込んだため、アーシェとティアナが噂話の種をまく任務にあたれたのは休み時間になってからだった。ちょうどエルミニアに昨日のことを話す約束もしていたので、とっかかりは自然にやれたと思うが。

「それが、さっぱり……。次の週末、一緒に出掛けようと誘われていて、楽しみにしていたのに。約束を破るような人ではないので、急に気が変わるような何かがあったとしか考えられなくて」

 ルシアが辞めるはずがない――と考える理由を長々と説明しても、他人にはわかりづらい。具体的なエピソードを作って簡潔に伝えるのがよい。というマリーベルの教えにしたがい、真似をしてみたが、どうも彼女ほどスマートには口が回らない。

「関係があるかはわからないんですけど、ちょうど昨日の朝、女子寮の近くをうろついている怪しい人を見たという方がいるらしくて。心当たりはありませんか?」

「え、昨日?」

「あー、それなんか聞いたかも。不審者がいるって」

 ラトカの後ろからクラスメイトが話に入ってきた。

「本当ですか? どんな?」

「えーと、知らないけど、先輩が気をつけてって」

 マリーベルの作り話が伝わっただけだろうか。アーシェは話題を膨らまそうとしたが、エルミニアが混ぜ返してきた。

「ねえそれよりさぁ、それがどうなってヘルムート様と一緒にいたの?」

「えっ。なぜそれを……」

 もしかして、ヘルムートが教務課で注意されたことが、もう広まっているのだろうか。

「だって昨日の放課後、ヘルムート様がなんか言ってたもん」

 要領を得ないエルミニアの話を、ラトカが補足してくれた。

「えっと、たまたま研究棟の前で会ってさ。キースさんとヘルムート様が話してるのを聞いただけ。アーシェは来ないって」

「ああ……その、最後に先輩にお別れを言いたくて、門まで追いかけたのですが……ヘルムート様には少し手伝っていただいたので、伝言を」

「なんでー! あんたばっかりイケメンと関わりあってさ、一人くらいわけなさいって、ホントに!」

「わ、私だけではなくティアナとマリーベル先輩もいたので……!」

「おい」

 強めの声で割り込んできたのは、ブレーズだった。

「それで、その先輩には会えたのか?」

「えっ。あ、あの、それが、もう出国した後と言われて」

 勢いに圧されたティアナがたどたどしく答えると、ブレーズは表情をゆがめた。

「……そーかよ」


「なに? ルシア先輩と知り合いなの?」

 普段なら女子の話に加わることなどないブレーズの態度に、ラトカが首をかしげながら訊いた。

「――しらねー。あんま騒ぐなよ。うるせーから」

 それだけ言い捨ててふいと離れて行ってしまったブレーズに、エルミニアが口をとがらせた。

「はあー?! なにアレ。感じ悪ぅ」


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