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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第六章
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結び直したリボン




「僕としてもこの件は許しがたい。学びたいと願っている学生を学院側の人間が排除するなんて、あってはならないことだ。ただ……どうにも雑だな。もっとうまいやり方がいくらでもありそうだが」

 クラウディオの台詞に、ヘルムートは首を振った。

「誰もがおまえみたいに頭が回るわけじゃない。うっかりすることだってあるだろ」

「いや、どう言えばいいかな。人に頼まれて急いでやったとか、そういうタイプの犯行じゃないかと思うんだ。執念を感じないというか」


「そうですよね。ロレッラさんがルシア先輩のことをまるで知らないというなら、個人的な恨みでもなさそうですし」

 ティアナが同意した。

「ああ。ロレッラとジャンナが共謀したのではなく、彼女らは別々に誰かから依頼されて駒として動いた――と考えた方が自然だ。事前に情報を共有できず、うまく連携が取れていないのも、そのせいだろう」


「裏から糸を引いてるやつがいるってことだよな? やっぱ大公派か」

「そこまではまだ言い切れないが。なにしろ僕は彼女らに会ったこともないし」

「せめて相手の目的がわかれば、と思うのですけど、これといって……」

 アーシェも考えあぐねた。ちょこっと魔術信の線はイメルダに否定されてしまったし、他にルシアならではというものが思いつかない。


「まあ、誰かと間違われているなんて話かもしれないしな。ともかくルシアが今どうしているかが気がかりだ。できるだけ早く居所を突き止めたい。部屋になにか手がかりはあったか?」

 クラウディオはアーシェを見て言った。

「あ、いえ。掃除しながら探したのですが、誰のものかわからないペンがベッドの下の隅の方に落ちていたくらいで……だいぶホコリをかぶっていましたし、関係はなさそうかと」

「そうか。それならあとは、寮周辺の目撃証言がないか調べるくらいだな。そちらは頼む。いざとなればロレッラかジャンナを捕まえて吐かせるしかないだろうが、強硬手段に出る前に、僕の方でもできることはやっておこう。具体的には――」

 クラウディオはデスクの上に広げられた紙に手を置いた。先週アーシェが持ち込んだ、ちょこっと魔術信の設計図だった。

「ルシアには悪いが屋上の中継機を少し改造させてもらう。組み込まれている安物の魔石ももっといいものに替える。これでファルネーゼ全体にまで交信範囲が広げられるだろう。中継機はそれぞれの端末の位置を検索サーチできるし、記録ログもある程度辿れる。それで少なくともルシアが持っていたはずの一号機が今どこにあるかわかる。移動経路もだ」

 中継機の図面は、ルシアが使っていなかったはずの緑のインクで細かく書き足されているようだった。

「そ、そんなことが……!」

 アーシェには思ってもみなかった方法だった。光明が差したようで、ティアナと見合わせた顔もゆるむ。


「範囲が広げられたら、先輩にメッセージを送ってみるのはどうでしょう?」

「いや。誘拐犯に見られる可能性を考えると、やめておいた方が無難だな。あれを一見しただけで何の魔術具か判別するのは難しいが、着信すれば用途の見当がつくだろうし。逆に、ルシアから連絡があったとしたらそれはすぐに知らせてくれ。まあ、自由に動ける可能性は低いと思うが」

 ティアナの提案を却下して、クラウディオは早口に言った。

「僕はもう軽く朝食も済ませておいたから、ディルクになったらすぐに出て取り掛かるつもりだ。今日の実習は午後からだが、事によっては行けないかもしれない。ルシアの救出が最優先だからな。その場合、アーシェは気分が悪いことにでもして見学していてくれ。どうあれ連絡はする」

「は、はいっ」

「それから、君はロレッラへの警戒を怠らないでくれ。自宅謹慎ということになっているが、ルールを守らない人間だということははっきりしてる」

 アーシェはごくりと唾を飲んだ。


「それで、私たちへの処分は? ヘルムート様がかわりに罰を受けたりすることは……」

 ロレッラの話で思い出したのだろう。ティアナが訊ねた。

「まーオレはね、なんとでも。ロレッラは危険行為だのなんだの言ってたが、オレができると判断して実際できた、なんか文句あるかってとこ。生徒に授業をサボらせたのは少々まずいが、教務課の主任もオレに処罰を与えるなんて立場上難しいだろうし。校長を引っ張り出してきてもどうかねぇ」

「ヘルムート様のお立場は実際、どのくらい知られているのですか?」

 アーシェは昨日マリーベルから聞いた話の気になっていたところを確かめようとした。

「ん? そりゃまあ居住区に家を持ってるようなファルネーゼ人なら誰でも知ってるだろうさ。ただ学院では自由にやりたいってオレが言ってるのと、オレの特別扱いを広めたくない大公派の思惑とがあって、ハッキリ知ってる生徒は少ないんじゃねーかな。なんたって、建前では身分の話はしませんってことになってるし」

 つまり、内部生ならわかるということか。

「オレがらみってことでティアナたちの処分も検討中ってなってるが、さすがに反省室行きなんてことにはさせないから安心しな。ロレッラの謹慎が一週間と長めに出たのは、まあ……普段から重要書類をなくしたり期限を間違えて伝えたりとミスが多かったようだから、その反省も兼ねてってとこかな」

「それでなぜクビにならないのですか……?」

 ティアナが胸をおさえながら怪訝そうに言ったが、ヘルムートは軽く肩をすくめた。

「さあ。縁故採用とかじゃねーか」

「脱走した生徒の通報を受けて、他の職員に相談せず一人で行動したこと。個人情報を持ち出したこと。生徒に向かって拘束術を使ったこと。一週間は妥当なところだろう。実際はそれどころではないし、すぐ明らかにして黒幕ともども牢に入れてやるが」

「おー。やる気だねぇ」

「当たり前だ。誰だか知らないが、ファルネーゼの理念を汚すような行いは看過できない。それに、ルシアは将来有望な魔術具師であり僕の友人だ。必ず取り戻す」

 クラウディオはきっぱりと言い放った。

 彼がそう言うと本当になんとかなりそうな気がして、アーシェは緊張がほどけるのを感じた。ルシアが聞いたなら「友人だなんてとんでもない」とまた慌てふためきそうだが。


「あの、クラウディオ様。それにヘルムート様も。これを」

 アーシェは肩にかけていた鞄からクッキーの包みをふたつ取り出した。

「ルシア先輩の手作りのクッキーです。魔術信の協力のお礼に渡してほしいと頼まれていて」

 ゆうべいったんリボンを解いて、割れてしまったものを取り除いてあらためて均等に分けたので、少し量が減っているのだが、そこは黙っていればわからないところである。

「一昨日、ティアナと私が手伝って、一緒に焼いたんです。楽しく、色々な話をしながら……それなのに」

「そうか。ありがとう。ルシアにも直接礼を言わないとな」

 クラウディオは受け取ったクッキーをデスクの上に置いた。


「クラウディオ様には昨日渡すつもりだったのですが――ああ、そうです。それで、大事なお話というのは」

「え? あー……。いや、後でいい。この件が落ち着いてから、ゆっくりと。急いでする話じゃないんだ」

「そうですか?」

 ヘルムートはさっそく包みを開けてクッキーをかじり、「うまっ」と呟いた。


 クラウディオが手を差し出してきたので、アーシェはうなずいてその手を握り返した。

「早くしないといけませんからね」

「そういうことだ」


 集中する間、ヘルムートとティアナの会話が耳に届いた。


「あの子、マリーベル、どうしてる?」

「よく眠っていました。イメルダ先生にいただいたお薬が効いたようで」

「ふーん……」

 そうだ、帰ったらマリーベルはもう起きているだろうか。体調が回復していればいいけれど、と、アーシェは頭の片隅で考えた。





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