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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第六章
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都合のいい来訪



 さすがに魔術を使ってくるとまでは思っていなかった。アーシェはぞっとしながらひっくり返っているロレッラを見た。

 反省室行きだなんて脅しているだけだろうと思っていたが、もしかするとはじめから本気だったのかもしれない。


「あ、あの、ありがとうございます」

 ティアナが門番たちの方を見ながら言った。

「え、おれは別に」

「いやいやいやなんもしてないよ?」

 緊張の面持ちでいたアルミロとテオはそれぞれに否定した。

「え、でもそれじゃ」


 ロレッラがアーシェに向かって魔術を放とうとしたので誰かが咄嗟に止めた。そういう風に見えたのだろうが。

 おそらく、水晶のペンダントが魔術を弾いて、それがロレッラに返ったのだ。


 一応ティアナにはペンダントのことを話してあるが、どうにも結びついていないようだ。ここまでの効果があるとは思っていないのか、忘れているのか。

 ここで魔術具をお披露目、というわけにもいかないので、アーシェは自分もよく分かっていないふりをした。


「……頭に血がのぼって気を失った、とか?」

「まさかそんな」

「えっと、おれ今度は救護師を呼んでくるね」


「これ……」

 マリーベルが少し険しい顔になり、ロレッラのそばに膝をついた。

「拘束術だと思う。補助魔術の一種だから、授業で習ったの」

「拘束、ですか?」

 ティアナの声に、マリーベルがうなずく。

「まぶたが痙攣しているし、口が少し動いてる。意識はあるけど、体が動かせない。そういう状態になってる」


「拘束術の解除……って救護師でいいっけ。それか補助魔術の専門家かな?」

 小屋を出て行こうとしていたアルミロがノブに手をかけたまま首を傾げた。

「ていうかマジで誰がかけたのこれ。やばくない?」

 テオが不審そうにアーシェたちを見てくる。


「いえ、この子たちは一回生ですし、わたしも拘束なんて、まだとても」

 マリーベルが顔をあげてそう言った時、ドアがノックされた。アルミロがびくっとしたようにノブから手を離し、一歩さがる。


「救護院のイメルダです。ちょっとよろしい?」

「……どーなってんの今日。おれが呼びに行く人全員向こうから来るんだけど」

 アルミロは肩をすくめてぼやいてから、どうぞとドアを開けた。


「どうも。ここに病人がいると……ま! 一体どうしたのです?」

 姿を現したイメルダは、部屋に入りかかってぎょっと足を止めた。イメルダの後ろにはカトリンもついていて、急に立ち止まったイメルダにぶつかりそうになっていた。

「いやーちょうどよかった。この人が急に倒れて。どうも拘束されてるみたいで」

「拘束? 物騒ですね」

「この子たち、外出記録がなかったんでここで待ってもらって、教務課の人を呼んだんだけど、なんかモメちゃって」


 イメルダが転がっているロレッラに近づいたので、アーシェはやや早口に声をあげた。

「あの、彼女は私に術をかけようとしたのです」

「――なんですって?」

 イメルダは振り向いてくれた。ロレッラが自由に動き出す前に、イメルダには少しでも状況を飲み込んでおいてもらいたい。

「教務課のロレッラと名乗られました。私たちは反省室行きだと言われて、抗議したのですが、聞き入れてもらえず……この杖を向けられました。そうしたら、なぜか、急に倒れたのです」

 アーシェは床に転がっていた細い杖を拾い、イメルダに渡した。なぜか、という言葉を使う時にはまっすぐイメルダの目を見て。

「……なるほど。不思議なこともあるものですね」

 イメルダはこくりと頷いた。アーシェを護るペンダントのことはイメルダも承知している。あやうく拘束されるところだった、というのが伝わったはずだ。


 アーシェから受け取ったロレッラの杖を、イメルダはテーブルの上に置いた。わざわざ、ロレッラが倒れている床から距離を取ったのだ。

 ロレッラは杖を握ることを魔力の発動キーにしているのだろう。先の細い杖は、魔力の放つ方向をイメージしやすく見栄えもいいので、これをキーに選ぶ魔術師は多い。

 もちろん、自分に制限を課しているだけなので、いざという時は杖がなくとも魔術を使うことは可能だが、身につけたパターンから外れるためにコントロールは難しくなる。


 イメルダはロレッラの傍に戻って膝をつき、カトリンと手をつないで彼女を診察した。

「確かに拘束術ですね。倒れた時に頭を打っているようですが、大したことはありません。一時間もすれば少しずつ動けるようになるでしょう」

「ここに寝かせとくってことですか?」

「彼女を門の内側まで運びますか?」

 アルミロとテオが顔を見合わせて苦笑いした。

「いやー、そこまでは……」

 ロレッラが小柄で細身の女性ならまだしも、なかなかに骨の折れそうな仕事だ。


「おそらく発動が上手くいかず、術が反転したのではないかと。生徒に術をかけようとするなんて少し行きすぎていますが、彼女自身も発動直前にためらってしまったのでは。そのため、誤ってこんな風になったのでしょう。拘束を強制的に解除することも可能ですが、私も専門外なので魔力を使いすぎてしまいそうですし……。そこのクッションをお貸しいただける?」

 イメルダはアルミロが差し出した薄いクッションをロレッラの頭の下に差し込んだ。

「とりあえずこれでいいでしょう。さて、マリーベルさんというのは」

 イメルダが立ち上がり、マリーベルはさっとテーブルから離れた。

「なんですか?」

「あなたを早めに診てあげてほしいと言われてここに来たのですが。確かに顔色が悪いですね」

「え。それは」


 アーシェはマリーベルのいた場所に近づいた。マリーベルが注視していたテーブルの上には、ロレッラの置いた書類があった。


「唇も荒れていますし。睡眠不足とうかがいましたが、食事はとれていますか?」

「あ、はい。なんとか、少しは……」


 イメルダが問診を進めている間に、アーシェはお茶を飲みながら横目で書類を盗み見た。一枚目にはティアナの名前、年齢、外見的特徴をはじめ、個人情報がずらりと記されており、細かい書きこみがされている。

 ――天属性、対はトラダーティ議員の次女。叔父であるヘルムートがファルネーゼ入りしてから生まれており親交は浅いはずだが、食堂で同じテーブルを囲んでいたという目撃証言あり。母親は第三側妃、すでに死亡。


「アーシェさん」


 うっかり集中していて、肩を叩かれたアーシェははっと振り返った。いつの間にかカトリンが背後に立っていたのだ。

「なんだか大変だったようですけど、どうして先生と揉めたりしたんですの?」

「それは……」


 拘束術は動けなくするだけ。今もロレッラはここでの会話を聞いている。


「反省室行きと言われて驚いてしまって。少し反抗的な態度を取ってしまったかも……大好きだった先輩が辞めてしまって、もう会えないと思ったら本当に悲しくて、やりきれなくて……苛立っていたんだと思います」

「まあ。中退ということ? なぜ?」

「それは、わからないのですが……なにか悩んでいたのだと思います。何の力にもなれなくて、せめて最後に一目会いたかったのに」

「あらあら! 泣かないで、アーシェさん」

 両手で顔を覆うと、カトリンは慌てた様子でアーシェの頭を優しく撫でてくれた。


 これでロレッラも少しは安心しただろうか。アーシェはうつむいたまま指の隙間から倒れているロレッラの姿を見た。





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