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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第六章
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暴露



 反省室行きといえば、学院の生徒に課される中では一番重い懲罰である。管理棟の地下にある狭く薄暗い部屋に閉じ込められ、孤独に過ごすことを強いられるという。

 滅多なことでは使われない部屋らしいが、去年、白の祭典で売店の売上金をくすねた男子生徒が二人、三日間の反省室行きを命じられたという話は有名で、アーシェも何度か耳にしたことがある。


「そんな。あの、彼女だけでも許していただけませんか? 具合がよくないのです」

 ティアナが慌てたようにマリーベルの腕をとって言った。反省室行きになったその男子生徒が、しばらく風邪をこじらせて大変だったというのもセットで語られているのだ。白の祭典は冬にあるので、地下はさぞかし冷え込んだことだろう。

 今はまだ十月なのでそこまで厳しくはないとしても、体調の万全でないマリーベルにはさせられないとティアナが考えたのもわかる。

「お願いします。かわりに私が倍の期間入りますから」

「ちょっと、いいわよ、そんな」


 小太りの女性が手に持った書類を一瞥して言った。

「あなたがケルステンの姫君ですね? 調べはついていますよ。身内だからといってヘルムート教官に飛竜を使わせるなんて、身勝手が過ぎるのではありませんか?」

 冷たく放たれた言葉に、ティアナは色を失い、唇をわななかせた。門番たちの「ううっそ」「へーっ」という小さな声が重なった。


「は? なにを……」

 マリーベルがティアナを見、腕を引いて距離をあけた。

「お国での身分がなんであろうと、今のあなたは生徒の一人。特別扱いはされませんよ」

「そ、んな。違います。私は」


 アーシェは椅子を降り、震えているティアナの前に立った。


「あなたは私たちがどこでなにをしてきたのか知っているのですか? それはなぜですか?」

 アーシェなど目に入っていなかった様子の女性は、眉をひそめて見おろしてきた。

「なんですか、あなたは。ルール違反をすれば咎められるのは当たり前でしょう。しっかり頭を冷やしなさい」


 プレヒトに乗って塀を越えたことは、まだ誰にも話していない。

 しかしジャンナはアーシェたちが女子寮を出て行くのを見ていた。ルシアが連れ去られたのだとすれば寮監の彼女は確実に犯行に加わった一人だ。そのジャンナがアーシェたちの行動を放置するとは考えにくい。ひそかに跡をつけられていたなら、ヘルムートと共に実験棟に向かったのを見られていたことになる。そして、プレヒトが飛び去った方角も。


 ルシアが門を出ていないことがばれると都合が悪いから、慌てて仲間を西門に向かわせた。

 そうして、アーシェたちが戻ってくるのを待っていた。そうとしか考えられない。


 間違いない。妄想などではない。

 ルシアはまだファルネーゼにいるのだ。



「門番さんに呼ばれて来たのではなく、私たちが戻るのを待ちかまえていたのですか? あなたのお名前は? どこの所属なのです?」

 女性が手にした書類をめくって目をしばたいた。

「アーシェ・ライトノア。十五歳。本当に?」

「ええそうです。それであなたは?」

 彼女は小さく舌打ちした。

「教務課のロレッラです。あなたがたが脱走したという通報がありましたので、調査しておりました」

「その通報というのは、どなたが」

「なぜそれをあなたに話す必要が?」

 おそらく彼女は、ジャンナから話を聞いて、アーシェたちを待ち伏せていた。プレヒトが戻ったのに、実験棟から出てきたのがヘルムートひとりだったのだから。

 アーシェたちがちゃんとルシアの出国を告げられ、諦めているかどうか。変な疑いを抱いていないかどうか、確認したいのだろう。

 ここはおとなしく、がっかりしている風に見せるのが得策だろうか? いや、今は少しでも情報がほしい。


 静かに睨み合っていると、ティアナが青い顔でアーシェの袖をひいた。

「あ、アーシェ。どうしたの?」

「私は大丈夫よ、ティアナ」

 アーシェはティアナの指をゆるく握り返して答えた。

 そう、大丈夫だ。頭は冷えている。


「あのー、お茶、はいったけど……」

 テオが控えめに声をかけてきた。

「ありがとうございます」

 アーシェはテーブルに向かい、カップをひとつ取ってふーっと息を吹きかけた。

 熱いお茶が、乾いた喉に甘く感じられる。


「美味しいです!」

「はは、ありがと」


「なにを呑気な。さあ、三人ともついてきなさい」

「テオさん、塀を越えた生徒は謹慎させられるのが普通なのですよね?」

 アーシェはロレッラを無視して問いかけた。

「まーね。危ないしね」

「なるほど。許可なく郊外に出ることだけでなく、飛翔を使っていることが問題視されるわけですか」

「だと思うけど。飛翔は遊び半分で使うもんじゃないし」

 カップに手を伸ばしながらのテオの台詞に、アルミロが付け足した。

「そそ、前に骨折した子とかいたもんね」


「アーシェさん。聞いているのですか!」

 怒気をはらんだロレッラの声に、アーシェは振り向いた。

「では私たちが今回外に出たことの、なにがそこまで問題視されているのでしょうか」

「んまあ、こんな騒動を起こしておいて、開き直るなんて」

 ティアナははらはらと両手を胸元で握りしめ、マリーベルはうつむいたままだ。

 アーシェは毅然とロレッラを見上げて口を開いた。

「前例はあるのですか?」


 塀を越えた生徒は謹慎。おそらく一日二日のことだろう。時には気さくな門番に目をつぶってもらえる程度のいたずら。


「飛竜に乗って塀を越えた生徒が過去にいたのでしょうか」

「教官の飛竜で脱走なんて前例、あるわけがないでしょう」


「では反省室行きという私たちへの罰はあなたが独断で決めたということですか?」

「んま……」

 ロレッラは口を開けたまま胸をおさえた。


 彼女は事を大きく見せかけ、アーシェたちを委縮させようとしている。話を聞く前から処分が決まっているというのはいかにもおかしい。

 大変なことをしてしまったと後悔させ、謝らせて、反省室行きを撤回する。アーシェたちは彼女に借りができる。そんな筋書きだったのではないだろうか。


「キミたち飛竜に乗ってったの? マジ? すごいね」

「急いでいたもので……」

 アーシェはお茶をもう一口飲んだ。無事にここを切り抜けられる保証もないし、今のうちにとれる水分はとっておきたい。

「いい加減になさい! なんという態度ですか。甘く見ていると痛い目に合いますよ」

 ちゃんと先生たちで話し合って決められたことなのならそう言えばいい。けれどロレッラは苛立ちをぶつけてくるだけだった。

 アーシェの予想通り、まだそこまで事態は進んでいないのだろう。もう少し怒らせればもっとボロを出すかもしれない――と、考えていたその時、マリーベルが口を開いた。


「わたしは反省室でもいいわ。ひとりでゆっくり考えたかったし」

「まあ、殊勝なこと。マリーベルさん、ですね」

「そんな、だめです!」

 ティアナが声をあげ、テオがティーカップを置いてとりなした。

「まあまあ、ちゃんとこうして自分たちで戻って来たんだし、話くらいは聞いてあげてからでもいいじゃないっすか」

「なぜ不良生徒の肩を持つのですか! そちらには関係ないでしょう」


「いったい私たちがなにをしたというのですか? 外出届を出しそびれたくらいで」

「授業を休んで国境に行く許可などそもそも下りるはずがないでしょう。それを無断で、飛竜に乗って行くなんて、非常識にもほどがあります」

 アーシェは首をかしげてみせた。

「私たちが国境に? どうしてそんなところに行ったと思うのですか?」

「は? だってあなたがたは……」

 ロレッラは一瞬口をつぐみ、小さく首を振った。

「――調べはついていると言ったでしょう。これ以上の問答は不要です」

 彼女はテーブルをたたくようにして書類をそこに置いた。

「いいえ、私は反省室行きには納得できません。あなたではなく、他の先生方にも話を聞いていただいてから総合的に判断を」

「そんなことを要求できる立場だと思っているのですか!」

 ロレッラが懐からすばやく杖を取り出した。

 あっと思ったその瞬間、魔術が発動した。アーシェに向けられた杖が、カランと床に落ち――そしてロレッラの丸い体はゆっくりとのけぞり、あおむけに倒れた。


「えっ?」


 少し遅れてアーシェにとびついたティアナが目を丸くしている。アーシェは胸元をそっとおさえた。

 そこには、服の下にかけていた水晶のペンダント。クラウディオの作った魔術具があった。




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