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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第六章
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西門



 ヘルムートがプレヒトを労っている間に、アーシェたちは入国管理局の建物に向かった。

 赤いローブの係官は、突然の生徒たちの訪問に驚きながら答えた。


「今日は、そういう生徒は来ていませんが」


 三人は顔を見合わせた。


「追い越したということでしょうか?」

「え、誰か下見てた?」

「ええと……途中から見ていましたが、道を馬車が走っていたかまでは……」


 騒がせたことを謝罪して、とりあえずプレヒトの元へ戻る。報告を聞いて、ヘルムートは頭をかいた。

「まあ間に合ったならいいじゃん。付き合うから、少し待とうぜ」

「ありがとうございます、ヘルムート様」

 ティアナが頭を下げた。

「いいって。おまえの友だちのためだしな」


 アーシェはこのやりとりをマリーベルが不審に思わないかとはらはらしながら振り返ったが、彼女は飛竜に近づかないようにか、ずいぶん離れたところにぽつんと立っていたのでほっとした。

 そのまま、アーシェはマリーベルの方へ歩いた。マリーベルは皺になったスカートを引っ張ってのばしながら、道の真ん中に立ち、ルシアが来るはずのファルネーゼ中心部へ伸びる方向を見ていた。

「死ぬかと思ったわ……」

 マリーベルのこぼした呟きに、アーシェは思わず笑ってしまったが、彼女はとがめなかった。

「たぶん、間に合わないんだろうと思ってた。だけど少しでも可能性があるならって。なんだか、気が抜けちゃった」

「そうですね。のんびりなルシア先輩らしいです」

「忘れ物でもして戻ったかもね?」

「気が変わって引き返したならいいですが」

「それだったらさすがに怒るけど。これだけ驚かしといて」

 マリーベルは穏やかに言った。

「でも……そうだったらいいな」

 そうだ。ルシアなら「ごめんごめん」といつもの調子で戻ってくれる。会って話せばきっと。


 ティアナもそばにやってきた。道の向こうを眺めながら、「来ませんね」と呟く。

「ティアナ、ごめんね。わたしがヘルムート様を苦手だからって、男の人が怖いのに文句も言わずに前に行ってくれて。ありがとう」

「ああ、いえ! ヘルムート様のおっしゃる通り、体重から考えても、私が適任でしたから」

 ティアナは三つ編みを揺らしながら首を振った。



 入国管理局の建物は三階建てだ。三階が局員たちの住まい。二階は客室で、ここが入国した日にアーシェとキースが泊めてもらった場所になる。一階はもちろん、入国と出国の手続きをする事務所。そして食堂もある。

 道を挟んで向かいには馬の繋ぎ場があり、馬丁が数人、プレヒトを見ながら囁き合っている。その隣の大きな建物は、倉庫だろうか。

 近くにあるのは、そのくらいのものだった。新入生や卒業生の行き来する季節をのぞけば、こんな風に閑散としているのが普通なのだろう。


 ふと光を感じて振り向くと、巨大な門が姿を現すところだった。静かに開いたその扉の向こうから、荷馬車が三台、連なって入ってくる。すべてが通り過ぎると、扉は閉まり、門は消え去った。

 係官がやってきて御者と話しはじめる。

「道のわきに行った方がよさそうね」

 アーシェたちは管理局の側に寄った。いつの間にか、ヘルムートは馬丁たちに交じって談笑していた。


「ヘルムート様って、得体が知れないわよね」

 それを見ながら、マリーベルがぽつりと言った。

「助けてもらっといてなんだけど。お節介っていうか、悪い人ではないのはわかるけど、裏がありそう。そもそもなんで竜騎兵がファルネーゼにいるのって話だし」

 答えを知っているアーシェは、ティアナと目を合わせた。

「去年からけっこう噂を集めて回ったけど、これっていうのがないのよね。いざという時、一騎でもいれば大きな戦力になるから、いろいろ融通をきかせてもらってる。それはわかるけど。竜騎兵はすべてケルステン軍の所属のはずでしょ? 傭兵に出るのだって、ケルステンに富を持ち帰るため……決してケルステンに不利益をもたらすことはしないし許されない。そういうものだって聞いてるわ」

 飛竜とそれを操る竜騎兵はケルステンの財産だ。盗まれないよう、竜騎兵の育成に携わる者は身元の確かなケルステン人に限られるし、竜騎兵になる者も命を懸けてケルステンのために働くことを誓わされる。掟を破ることへの厳しい罰則も定められている。

「なのに……危なくないの? って思っちゃう。あの人柄だから、みんな不審に思わないのかしら。飛竜が一匹暴れるだけで、どんな被害が出るか……それとも、ファルネーゼの先生たちならすぐに抑えられるの? だから自由にさせてもらえるのかしら」

 マリーベルは指で目頭を軽く押しながら言った。その目の周りには隈ができている。きっと、まったく眠れていないのだろう。

 プレヒトは王族の飛竜だから、ケルステン軍には所属していない。ヘルムート個人のものだ。しかし、さすがにアーシェがそれを話すわけにもいかない。

「とにかくなにか特殊な事情があるのは間違いないけど、そのせいか変な噂ばっかりなのよ。星の魔術師様の従者だとか、あと次期大公だなんてとびきり馬鹿げた話もあったわ」

「ほ、本当にすごい噂ですね」

 前者はクラウディオのためにあれこれ使い走りのようなことをしている実情に沿っているし、後者に至っては「候補」をつければ事実だ。

「でしょ? ありえないのよ。彼は特別だ。詳しくは教えられないがファルネーゼのためにいる、って真剣に言った先生もいれば、その逆に、私が怖いっていうのに同調して、厄介者だ、早く出て行ってほしいって言った先生もいた。……アーシェ、なにか知っているんでしょ? 教えてよ」

「あ……。それは」

 マリーベルは充血した目でまっすぐにアーシェを見た。

「聞きたくなかったから今まで聞かなかったけど。もうこの際だから聞かせてもらうわ。ヘルムート様とどういう知り合いなの?」


 アーシェは消えた門の方向をまっすぐに指さした。

「あそこで会ったんです。ファルネーゼに来た日に、私とキース兄さまは荒地ではぐれ飛竜に襲われて。もうだめだと思った時に助けてくださったのが、プレヒトに乗ったヘルムート様だったんです」

「え。嘘でしょ」

「ほら、入学式の前にルシア先輩が直してくれた私のスカート、あれは飛竜から逃げようとした時に裂けたんですよ。だからヘルムート様は命の恩人なんです。それだけです。あまり口外しないようにと言われているので、内緒でお願いします」

 マリーベルは胸をおさえながらぷるぷると頭を振った。想像するだけでたまらないといった風に。

「――あなた、よくそれで平気な顔して飛竜に乗れたわね!」

「確かにあの飛竜はとても怖かったですしさすがに死を覚悟しましたが、プレヒトは助けてくれた方なので」

「信じられない……すごい度胸だわ。どうしたらそんなに鈍くなれるの……」

 ひどい言われようだが、感心されてはいるようだった。



 目の前を三台の荷馬車が通り過ぎ、ヘルムートがアーシェたちの方へ歩いてきた。

 マリーベルはわずかに顔をこわばらせた。

「けっこう遅いな。さすがにそろろそろ着いてもよさそうなもんだが」

「そうですね。なにかあったんでしょうか」

「馬車の車輪が壊れて立ち往生、とか……」


「――本当に西門か?」

 ヘルムートがふと門の方向を睨んで言った。

「あの子、典型的な魔術師の家系だろ。両親がファルネーゼで出会って。それなら、母親がアリンガムの生まれで、アリンガム文化の影響を受けて育ってるけど、家は別の方角ってなこともありえるよな」

「あ……!」

 アーシェは声をあげた。

 ファルネーゼでは国際結婚はありふれている。生まれ育ちの価値観よりも魔力波形の相性の方が重要視されるからだ。

 アリンガム出身の母が公用語を教え、母の手料理を食べて育った、けれどアリンガム方面から来たわけではない――とすれば、もう門を出てしまった可能性もある。


「オレひとりなら速い。他の門を見て回ってくる。ここで待ってな!」

 ヘルムートは素早く踵を返してプレヒトの元へ駆けていった。


「……ほんと、呆れるくらいのお節介だわ」

 マリーベルが呟いた。




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