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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第五章
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竜と勇者と魔法使い



 竜というのは、魔物だ。つまり夜の世界の生き物だ。かつては光の中では生きられなかったはずのもの。

 大賢者が世界を覆った結界がほころびはじめた頃、辺境ではよく魔物が昼の世界に迷い込んだという。

 かつてケルステン地方を脅かした巨竜もそんな風にして現れた。竜は魔族には及ばぬものの強い力を持つ。魔獣と呼ばれる類の魔物だ。

 ケルステンの民の生活を支えていた鉱山のあたりに居座ってしまった巨竜に、人々は困り果てた。村々の長が集まって、優秀な冒険者を雇おうと金を出しあったが、退治することはかなわず、ついに大賢者府に救いを求めたが返答はなかった。使者が中央島までたどり着けなかったか――あるいは、この時期各地に大型の魔物が出現していたため、手が回らなかったのだろう。そこに、勇者が現れた。

 勇者は山奥で暮らしていた若者だった。幼くして親を亡くし、一人で生きてきたという。不思議なことに、飛竜と心を交わし、空を飛ぶことのできる男だった。

 飛竜は、竜と名は付くものの、魔物とは違う生き物と考えられていた。ケルステン地方に古くから生息していたし、結界に守られた昼界にいたからには、通常の生物であろう、と。ただ伝承にある竜のように大きな翼を持っていたので、飛竜、といつからか呼ぶようになったとか。

 研究者によっては、元はやはり魔物であるとする説もあるが、ケルステンはこれを否定している。

 さておき、飛竜に乗った若者の話だ。彼は厄介な巨竜を飛竜に乗って翻弄し、鉱山から追い立てることに成功した。そして、待ち構えていた魔法使いと力を合わせて巨竜を岩山に封印したのだ。この魔法使いは山間に伝えられた独自の秘術を使う一族の女だった。まだ魔術革命による規制が大陸中に広がる前のことで、ファルネーゼのように魔術を系統立てて教える場もなかった時代だ。土地に根付いて細々と親から子へ、師から弟子へと教えを受け継いでいく形の魔術は各地に散らばっており、この女性もそんな魔法使いの一人だったという。

 こうしてケルステンに平和が訪れ、勇者と魔法使いは人々の尊敬を集めた。勇者は王となって国を建てることになり、魔法使いは子孫に封印を守り続けるようにと言い残して岩山の前に祭壇を作った。王を継ぐ者は必ず飛竜を従えることが義務付けられ、魔法使いの娘たちは祭壇を囲む祭殿を建てた。彼女らはいつしか巫女と呼ばれるようになった。



 というのが、現在に至るケルステン建国の簡単なあらましである。ケルステン人なら子どもでも知っている話だ。

「ケルステンの巫女の笛ということは奏曲魔術に使われたものだろう。世界でも例が少ないし貴重だ。正直僕も見てみたいが」

「そんなとこに食いつくなよ……まあファルネーゼのどっかにはあるだろ。奏曲魔術? の専門家とかが持ってんじゃねーの」

「残念ながらそんなマイナーな分野の専門家は研究棟にいない」

「あっそう……」


「私はそれほどケルステンの歴史に詳しくありませんが、巫女と王族は別々の血統では? なぜ王室から巫女を出す必要が?」

「この話もうよくない? アーシェちゃんの前世はわかったわけだし必要ないよね」

 ヘルムートは言い渋ったが、イメルダは引き下がらなかった。

「イヴェッタ様の嫁ぎ先がすでに正妃のいらっしゃるケルステンになったこと、私も当時から奇妙に思っていましたからね。せっかくですのでお聞かせください」

「こんなところで切り上げられたら気になるだろう」

 クラウディオがイメルダの加勢に回ったので、ヘルムートは芝居がかったため息をついてみせた。


「まァよくある話だけど、先々代の頃、地方の豪族の力が増して王家の支配力が落ちるっていうの? そんな感じでもっと国民の支持を上げたかった時期があったらしくて。建国期と変わらぬ求心力のあった巫女たちを利用しようってことになったみたいなんだよな。で、手っ取り早く当時一番力のあった巫女を王妃にしたわけだ」

 その話を聞いた途端、アーシェの中でもするすると記憶がつながった。

「初代の巫女と勇者は実は恋人同士だったけれど結ばれなかった、という後付けの話を流布させて民衆の祝福ムードを作ったりもしましたね」

「よくご存じで……もうアーシェちゃんが解説する? オレこの前からずーっと身内の恥を晒し続けてて辛いんだけど」

「いえいえ、やはりヘルムート様の方が詳しいでしょうから」

 アーシェは謹んで辞退した。

「君自身の恥でもあるまいし、そう気に病むことはないぞ」

「いや……はぁ……しょうがねーな」

 クラウディオのフォローに対し、心底嫌そうにヘルムートは言った。


「そんで生まれた王女を、新たな巫女の代表にしようと祭殿に送り込んだはいいが、この姫が早死にした。妹姫も五年と持たなかった。なぜか王族の血の混じった巫女の子孫は巫女の適性が低かったんだな。つまり……」

「ケルステンの王族の魔力容量がきわめて低い、という問題が明らかになったわけか」

「そういうこと。いずれは巫女のすべてを王族出身にし、祭殿の持つ権威を王家のものとしようとしていた目論見が外れたわけだ。じゃあ諦めて……ってわけにもいかなかったのが、巫女の不足でね。巫女を王妃にした時、それに反対していた巫女たちの中の若いのがごっそり抜けたらしくて。穴を埋めるために巫女の血を引いた王子に魔術師の素養のありそうな女性を幾人もあてがって子を産ませ、ともかく巫女を増やそうとしたわけだ」

 実際には、自分からやめた巫女だけではなかった。姫巫女がやりやすいようにと王家が手を回して反対派の巫女を他国へ嫁がせたりもしていたのだ。いざ巫女が足りないとなって、呼び戻そうとしても、外の世界を知った巫女たちは厳しい祭殿での生活に戻ろうとはしなかったとか。

 アーシェは自分の中に浮かんだそれらのことをあえて補足はしなかった。ヘルムートは知らないのか、知っていて省略したのか、どちらにしても余分な話だ。

「そういう状況だったので、イヴェッタ様が必要とされたと?」

「笛との交換条件はむしろ、国宝の引き渡しを断るための方便だったみたいだけどな。ファルネーゼからの要求がしつこいんで、大賢者の血を引く娘をもらえるならと言ってみたところ、通ったんだと」


「封印を守るのにそれほど魔力を使うというのがよくわからないが……。具体的にはなにを?」

 それまで黙っていたキースが額をおさえながら訊いた。

「封印の維持というのは結界と同じで、定期的に魔力を供給する必要があるものだ。抑えている力が大きければ大きいほど、魔力も必要になる。まあ、通常の魔術であればだが」

 クラウディオが言った。

「夜ごと明かりを絶やさずに歌を捧げるらしいけど……。巫女の術は巫女にだけ伝えられるものだから、詳しいことは彼女たちにしかわからないの」

 そう答えて、アーシェははっと顔をあげた。

「もしかして、ティアナのお姉さんは」

 姉が家を出た理由は仕事のようなもの、とティアナは話していたが。

「お姉さん? ああ、ジゼラか。あの子も二年前に巫女になったよ」


「待て」

 クラウディオがヘルムートに厳しい目を向けた。

「それはつまり今も続いているのか。その姫たちは使い潰されるために生まれるわけか。適性の低いことがわかっていながら送り込まれ、次々に魔力枯れを発症していると――そんな状況ならなぜ今まで僕に黙っていた。ファルネーゼに頼れば他にやりようがあるだろう。魔術の構成要素を明らかにして効率を上げ、ペアを探していけば」

 クラウディオはらしくなく感情的になっていた。対するヘルムートは、態度は冷静に見えた。

「そう言うと思ったから言いたくなかったんだよ」

「犠牲になっているのは君の姉や妹、姪たちだろう。せめて金時計をつければ、魔力の尽きる前に辞めさせられる」

「あのな。祭殿の伝統はケルステンが守るべきものなんだよ。簡単に変えるわけにはいかないんだ。呼び方を巫女と改めたのも、ファルネーゼの影響下から逃れて独自の魔術理論を保持するためだ。そもそも巫女が皆ファルネーゼに入学して金時計を着けたら、祭殿が今後ファルネーゼの意向に逆らえなくなっちまうだろ」

「金時計の制約はファルネーゼを守るためのものだ。他国の組織に無茶を押し付けたりはしない」

「それはまともなやつがファルネーゼのトップだったらの話だろ。ずっとそうだという保証があるか? そもそも笛も取り上げたまんまじゃねーか」

 クラウディオは押し黙った。

「代替わりがあってごたごたしましたからね……。大公派がどこかに保管しているのか、それとも……」

 イメルダが腕を組みながら言った。


 クラウディオは立ち上がり、少し歩いて、口を開いた。

「……金時計から独立した魔力量計ならいいだろう。誰でも扱えるものを近日中に用意する。使うかどうかは祭殿に任せる。対価も必要ない。持って行ってくれ」


「そりゃ……いいけど、いいのかよ」

「責任は僕がとる」

「おまえ……まあいいや。ありがたくもらうけど」

「私は聞かなかったことにいたします。アーシェさんたちも、いいですね」

 アーシェはこくりとうなずいた。本当は、軽々しく持ち出してはいけないものなのだろうけど。

(やっぱり、優しいな)

 厳しい表情のままのクラウディオを、アーシェはそっと見つめていた。




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