第九話 彩路
彩路には色んな人種を認める代わりに、ヴァンパイアもいる。
もちろんヴァンパイアに偏見を持っている者もいる。
ヴァンパイア全員がクレアやジョウのように陽でいられるわけではない。
それを承知で、土地や家賃が安いこの街で暮らす者は案外といて。
迷路みたいに入り組んだ道、パイプやメーターがむき出しの通り道にある一室。
医療施設と言ってもこじんまりとした場所で、彼女は出産をした。
男児。
彼女は臨月まで通院しなかった。
そして生まれた男児には、新時代を願って「新」の字で「サラ」と名前を付けた。
女性が子供に名前を付けるなんて、と、世の中はまだそんな折り。
もしくは彩路がそう言う風潮なんだろうか。
生まれてきた俺の息子は、出産したあと、産声をあげなかった。
ただ、羊水が口の中に入っていたらしく、少し咳き込んだらしい。
彼女の腕の中で安心すると、ほほえんだそうだ。
彼女はしばらく、母乳が出ないことをひどく気にしていた、と言う。
協会側が逃亡した聖女を探している。
そしてヴァンパイア狩りが重なった。
サラの命が狙われている。
そんな時、ジョウとユリエルは彼女の生活を補助してくれていた。
母乳が出ない代わりに、彩路にある市場でフルーツを買うのが習慣になったクレア。
その時はあまり表情の出ないサラも、機嫌がいいらしい。
なんせ売り子婆たちが、「可愛いねぇ」と声をかけてくれるから。
堕天使の赤子でも、可愛い、は、分かりやすい言葉かもしれない。
闇討ちの可能性を秘めたこの街では、腹をくくって明るく生きている人間もいる。
クレアはそんな婆たちの言葉に、時々、感動したと言う。
・・・そしてある日。
ヴァンパイア狩りと協会の一部が結託し、捜索をした。
ヴァンパイアと共に生きる街、彩路。
混乱を防ぐために、秘密裏に行われる狩り。
その気配を感じとったクレアは、長い布でサラを自分に巻き付けて・・・
アパートに押し寄せる協会の差し金から逃げるため、窓から飛び降りた。
出産をしたクレアは、一時的なのか運動能力が下がっていた。
それでも綺麗に着地して、そして・・・
目の前に、複数の人影。
スーツ姿の男達に拘束されたジョウ。
彼は「逃げて」と言った。
クレアは咄嗟に、持っていたナイフを投げて、逃げた。
「ジョウも逃げてっ」
投げられたナイフは、ジョウを拘束していたスーツの男の眉間に刺さっていた。
ジョウは別のルートを行くらしい。
そして少し戸惑い、スーツの男たちの方に振り向く。
「どうしてなの?」
「ははは。どうして、だろうねぇ?」
スーツの男達を率いて笑っているのは、いつもとは違う服を着たユリエルの姿だった。