第参話 清蓮潔白症
広めのアパートは生活感でいっぱいだ。
彼女は俺の「お見舞い」のために
弟が小遣いで買った、花瓶の水を替えにキッチンに移動している。
陽が入る窓ガラスは透明で、換気のために時々開ける習慣があるらしい。
そうなると音の聞こえかたが変わる。
無邪気な子供達の笑い声や小鳥のさえずりなんかがクリアに聞こえてくる。
黄抹茶色のカウチソファーには、読み差しの彼女の積読本。
発熱していた時に、ジョウが借りて俺に子守歌みたいに読み聞かせをしてくれた。
吸血するとその対象者の記憶が見える者がいるが、
その反対に、記憶を見せない術がある。
俺はその能力を持っている、と、それを俺から口に出したのだったか。
「『清い蓮』だなんて、まったく嫌味な言い方。こちとりゃハーフだっての」
世話になっている分際で申し訳ないのだが、どうも彼女の喋り方は少し変だ。
「血に触れると、記憶見えるってやつ?」
「そうよ」
「・・・うぅん・・・どう思う?」
弟の方は名前を「星」と書いて、「ジョウ」と言うらしい。
そのジョウがベッドに横になっている俺に、たずねてもいないのに事情を話す。
なので傷が癒えるまで退屈はしなかった。
なんせ、高熱が退いても苦しいし。
ジョウが言ふ、姉、とは、血の繋がっていない身内。
その姉の名前は、クレア。
呉れる雨と、書いて「呉雨」。
ジョウは人間であって、クレアに拾われた孤児。
孤児院に預けられなかったのは、特殊な拒絶体質で、姉には起らないかららしい。
ジョウは彼女に血液提供をしている。
両親と死に別れたばかりのクレアは、義理でも弟ができてよかったの、と言った。
どうもクレアはヴァンパイアと人間のハーフであることを気にしていない。
この世の中、奇病が原因で発症した吸血行為に対しての対策部隊までいる。
中でもその奇病に抗体を持った体質は、老けにくい、か、何かの天才。
一般人からしたら、だ。
彼女はその立場で協会には属していない。
その代り、ここらの治安を守ることを約束して、異常体力で非常事態に対応している。
その件で金まで動いているらしく、名実彼女は任侠か単体対策員にあたるんだろう。
夜や闇との、黒いつながりはどうやら持っていない。
生まれた時は母乳で育って、年齢を重ねるにつれ、清潔な血液が欲しくなっただけ。
協会員とヴァンパイアの恋愛。
彼女の存在は、教会側が隠蔽したがっているのかもしれない。
・・・まぁ、隠蔽と言うさわり、それは。当時こちらの推測だ。
なんてたって、黒羽根の堕天使の子供を宿したのだから。
協会の聖女候補のひとりである、クレアが。
この『闇王子』と称される俺。
ヴィリアンの子を。
俺も思うよ、クレア。
あの症状を、清蓮潔白症、と呼ぶのは・・・自然的嫌味だと。