第十弐話 接吻
ジョウが生きているのは意外だった。
視線が合う。
ジョウが、「あの時も助けてくれてありがとう」と言う。
無言でうなずく。
こんな時に、どんな言葉を紡げばいいのか少し、悩んだ。
「クレアの血を吸ったのか?」
「ううん、ユリエルの」
「・・・そうか。少し、クレアと話したい」
「・・・分かったよ、ユリエルの側にいるから、クレアに変なことしないでよっ」
ジョウが張ったバリアが解かれる。
受け渡されるように、彼女を抱く。
ジョウに気をつかって、少し離れるまで沈黙しながら彼女を観察。
長い布で巻き付けられている赤子が、俺を見て笑い声をあげた。
そして目を覚ましたクレアは、俺を見て少し驚いた様子だった。
「夢・・・?」
「現実、だ」
「あなた・・・」
「ん?」
「わたし、あなたの子供を・・・産みました」
「名前はつけたの?」
「サラ。新しい、って字で、サラ」
「良い名前だ。そのままにしよう」
「これは夢?」
彼女の言葉を奪い、眠気を溶かすような接吻。
彼女はだんだんと自分を取り戻して、そして少し目を開いて驚いていた。
「今、これ以上のことを我慢しているから、接吻は許してくれ」
「え・・・え、はい・・・」
「なに、喋りかた?」
「分からないよ」
「俺がいなくてさびしかった?」
吐息混じりに、熱っぽい俺の接吻に涙を溜める彼女。
このまま本能にまかせたいが、どうも気になるのが赤子。
「そうか、この子の前ではもう・・・『母』なのか」
「っ――・・・」
彼女の顔に涙が伝って、綺麗だと思ったから舐めとった。
ほほ、あご、首筋。
鳴きそうになるのを我慢している彼女は、まだ俺の『女』なんだと思った。
なので俺もこのへんで、『父』を気取ってみようかと思った。
彼女の少し荒くなった息が整ってくる頃、赤子と視線が合う。
「お前は俺の子供か?」
「うん」
「そうか、俺の子供らしい」
「・・・え、喋った?」
「・・・ん?」とサラが不思議そう。
「え?」とクレア。
「ん?」とサラ。
「え?」とクレアが俺を見る。
「ん?」と俺。
「早くないですか?」
「よく分からない。俺はこのくらいの時・・・夕飯は何かなぁ、くらいしか」
「・・・ん??」
「ん?」
少し動揺して笑ってしまう。
あれ、なにか通常じゃないんだ?と。
父としてとか男としてとかって言うより、自分的にびっくりして動揺した。
彼女が呆けている。
「・・・これから、どうしたらいいの?」
「ユリエルいわく、『グリーンキャット』と契約するらしい」
「伝説のハンター同盟っ?実在するのっ?」
「する、らしい。代表が会ってくれる、って」
「ええっ?ユリアンっ、ジョウ、こうしちゃいられないわっ。すぐにっ・・・」
声を透した彼女の唇を自分の唇でふさいだ。
「まだ、熱がとれない・・・」
「安全確保が先です」
「そうなのか?」
「そうなんです」
サラが「うん」と言う。
「ひっくりしのべりなぁ」
クレアがぱちくりとしている。
こちらを見ている。
「前にも言っていた。堕天使に詳しい闇医者が、「俺の闇を光が揺るがしてる」って」
「ああ、そういう意味のなまりだよ」
「・・・その光って?」
「君だよ」
「わたしは、あなたの木漏れ日になれたの?」
今度は意外すぎてこちらが瞬く。
にっこりと笑えた。
心から。
「あなたは僕の、木漏れ日です」
何かが、変わった。
自分なのか環境なのか、分からないけど、それを認めた。




